心から…… 3 【解答編】
解答編です。よくお考えになって、この先へ進んでください。
「探偵モードだ! こっち見てー。ふろま~じゅ」
杉本がスマホを構え、写真撮影を始めた。パシャリ。探偵のやつ、ノリノリでポーズをとってやがる。
岡森の誘いは、ブラフだったのだ。俺に放課後の予定を空けさせておくため。まんまと嵌められた。
「電話してお願いしたんだよ。神亀庵の店主とはちょっとした知り合いでね。届けてもらうように頼んだんだ」
神亀庵は、高校近くのケーキ屋だ。学校にデリバリーを頼むなんて、そんなことしていいのかよ。
「教頭先生の呼び出しは、そのためですね」
「そ。平城先生の口添えもあって、お許しは出してもらえたけどね」
岡森よ、舌を出しても全く可愛くないからな。
しかし、なんだか申し訳なくなってきた。すみません、先生……。
「というわけで、早く食べようよ。後片付けもしなくちゃね」
俺を囲んで、誕生日の歌の合唱が始まった。なぜか探偵も、俺の身体で歌い出すし。ふっ、もう滅茶苦茶だ。俺は諦めに近い、すがすがしい気持ちで歌を聴いていた。
探偵が心の中で話しかけてきた。
『カモさんは今日の一連の出来事、特に杉本さんと岡森さんの会話は、仕組まれたものであったことを理解するべきです』
(仕組まれた? 何気ない会話だったぞ)
『いいえ。これは放課後のサプライズへの布石だったのですよ』
歌が終わる。さすがにローソクはないが、探偵は火を吹き消す真似をした。三人は拍手で俺を祝福してくれる。
「みなさん、ありがとうございます。ここで、お返しと言ってはなんですが、この事件――失礼。サプライズ計画について、一つ推理を披露させてもらえないでしょうか」
「お、いいね」
「やってみろよ」
「素敵ね!」
三人は口々に賛成の意を表した。杉本などは切れ長の瞳を輝かせ、今にもステップを踏み出さんばかりだ。
「さて、この件に関して生じる疑問が、いくつかあります。
フーダニット――誰が最初に気付いたのか?
ハウダニット――どうやって誕生日を突き止めたのか?
そして、ホワイダニット――動機は?」
それは、俺がさっき思い浮かべた疑問だった。この探偵には、全てお見通しらしい。杉本たちは、取り分けたケーキを食べながら、静かに探偵の言葉に耳を傾けている。
「まず、誰が最初に気付いたか。これは、今朝のことだったのではありませんか? 春山さん」
探偵に人差し指を向けられても、春山は不敵な笑みを浮かべただけだった。俺は驚きのあまり、探偵に口出しをしてしまう。
(今朝? そんなにギリギリだったのか)
ケーキまで用意して、てっきり前から計画されていたのかと思った。
『みなさんは急いで準備をしてくださったのです。カモさんのために』
探偵はケーキを一口頬張ると、心の中で俺にだけささやいた。実を言うと、いまだに信じられない。探偵と交代をしていることも相まって、なんだか夢の中にいるような気がしている。しかしそれでも、目の前の三人が、俺の誕生日を祝うためにこの場に存在していることは、紛れもない事実なのだった。
挑戦的な微笑みを湛えたまま、春山は口を開いた。
「今朝、か。それまでに知っていた可能性はないのか?」
「いいえ、このサプライズ誕生会は、当日になって初めて立案されたものでした。だからこそ岡森さんは、今日の昼休みになって、私に放課後の誘いをしたのです。予定を空けさせておくために」
「なるほどね。だけどカモちゃん、それだけじゃ弱いよ。カモちゃんの予定がいつも空いていることなんて、確認するまでもなく自明なんだから」
岡森の野郎、ひどいことを平気で言いやがる。
「一理ありますね。当たり前すぎるため、当日まで失念していた可能性は十分あります」
(おい)
探偵は俺の心の声を無視して推理を続ける。
「ですが、今日以前に計画はなかったことは、もっと明らかに否定できるのですよ。ある人物の発言がそれを証明しています。
杉本さん、あなたのことです」
「え、私?」
矛先を向けられた杉本は不安そうな表情になった。自分の言動を顧みるように、黒目が揺らいだ。嘘の色は見えない。
杉本の言動に不審なところがなかった、とは言えない。むしろどこをとっても挙動不審なのが彼女の平常運転だが、今朝の会話で、なにかヒントのようなものは隠れていたのか?
「杉本さんはおっしゃいましたよ。今日の放課後、映画を観にいく予定だと」
あ、そうか。前から準備をしていたのなら、そんな話にはならない。岡森が放課後の用事を偽ったのと違って、わざわざ俺に嘘の予定を聞かせるメリットもないしな。
「サプライズ計画が、杉本さん抜きで進んだとも思えません。ですから、発端となったのは今朝、最初にカモさんと会話を交わした春山さんということになるのです」
「ちょっと待ってよ」
岡森が抗議するように、プラスチックのフォークを立てた。
「杉本さんが最初に気付いた可能性もあるんじゃないかな。僕は昼休みに話したから省けるとしても」
これは当然の疑問だった。春山と話したのは登校中だ。その後、朝のホームルームが始まる前に、杉本との会話があった。この二つの時間差は小さい。探偵はどう説明を付けるのだろう?
「そうですね、岡森さん。2人のうち、どちらが先に気付いたか。その点を語るためには、この言葉をさらに細かく定義する必要があります。
つまり、『気付いた』というのは、『誕生日に気付いた』という意味ではありません」
「?」
杉本はスプーンをくわえながら、小首をかしげた。俺も探偵の話が読めなくなってきた。
「春山さんは誕生日を知ったわけではありません。私との会話の中で、誕生日が近いらしいということを知ったのです」
え? どういうことだ。そんな状況があり得るのか。それに、俺は誕生日の話題は出さなかったはずだ。
俺は今朝の春山との会話を思い出す。うわついた表情を指摘される。探偵のモノマネ。寝癖からの春山の推理。そして、ごまかすために俺が答えた事実――。
そうか! 俺は探偵の言いたいことが分かった。
「春山さんは、星座占いの結果……私がさそり座であることから、誕生日が近いことを知ったのです」
「お見事」
春山は、目をキュッと細めた。
星座占いが好きな春山。今日の1位の星座も知っていたのだろう。だから、俺がさそり座であることが分かったのだ。
「さそり座は10月14日から11月21日までです。今日は11日ですから、誕生日に備えるとすると、最長でも1週間ほどしか猶予がありません。春山さんも焦ったことでしょう」
「ほんとだぞ、賀茂。知らないうちに過ぎていたんじゃないかと、ヒヤッとしたんだぜ」
責めるような口調と裏腹に、その顔は甘いケーキを頬張って、今にも蕩けそうになっている。あの時に驚いていたのは、1位という事実を受けてじゃなかったのか。
「さすがに誰かは祝っているはずだと思ったけどな。まさか今日だとは」
春山がその時に誕生日を問いたださなかった理由も、分かる気がする。もし過ぎていたら、さすがに気まずいよな……。もしかしたら、俺自身、聞きにくい雰囲気というか、オーラを出しているのかもしれない。
「春山さんは、その時にサプライズ計画を思いついたかもしれません。できればそこで誕生日を聞き出したかったでしょう。しかし朝練のため、時間がなかった。その役目は、杉本さんへ引き継がれることになります」
「それに比べて紗妃には、そもそも誕生日が近いことに気付ける要因がなかったから、私が最初に気付いた、と言えるんだな」
「その通りです、春山さん」
俺の頭の中で蘇る発言があった。杉本はこう言ったのだ。
『星座占いも1位だったんでしょ?』
杉本は俺と話をする前に、春山から星座占いのことを聞いていた。実はそこで、俺の誕生日を探るように頼まれたのではないか。
「なるほど、理解したよ。ということは、2番目の疑問の答えは杉本さんが鍵というわけだね」
岡森がウンウンとうなずいた。二つ目は、どうやって誕生日を突き止めたか、だったか。
「私の番ね!」
食べていたケーキをゴクリと飲み込むと、なぜか杉本はとても得意げな表情をした。ん。この態度、もしかして……。
いや、それはいい。探偵が言いたいのは、あのおかしな会話のことだな。学校の住所を聞くという。
さすがにここまでの推理を聞けば、俺にもあの行動の意図は理解できた。
「杉本さんが聞きたかったのは学校の住所ではありません。本当に知りたかった情報は、この中にありました」
探偵は、ポケットを探ると、なにかを取り出した。俺が無造作に入れた、ある意味、今日のラッキーアイテム。
「生徒手帳です」
「その通り! 私にしては、よく考えた方でしょ!」
……やっぱりそうだ。あの頭のおかしい計画に、杉本は絶大な自信を持っているらしい。
「蛍に言われた時は面白そうと思ったんだけどね。カモちゃんに悟られずに、誕生日を聞き出す方法。でも、考え出すと難しくて……手帳に台本まで用意したの」
それで話をする時、手帳を見ていたのか。
「杉本さんはそのために、生徒手帳を見ればいいと思いついたのですね」
「そう。それだとさすがに怪しいから、上手い理由を考えたのよ」
杉本は誇らしげだが、あれも十分怪しかったぞ……。春山と岡森は話がよく飲み込めてないようだが、そこはあえて突っ込まず、黙ってケーキを食べていた。うん、それが賢明な態度だ。
とはいえ、生徒手帳を見るという発想はなかなか冴えているとは思う。個人の情報を書き込む欄の下には、住所を含め、学校の情報も書いてある。杉本は自分の生徒手帳を見てそれを確かめ、俺に聞いたのだろう。
わざとらしく自分のシステム手帳を見せびらかしてきたのも、俺を誘導するためと考えれば納得だ。もっとも、俺は今朝のラッキーアイテムからたどり着いたわけだが。
「で、首尾良く誕生日を見るところまでは良かったけど、まさか今日だとはね。驚いたわ」
写真のことで俺をからかったのも、真意を隠す意図があったのだろう。そう考えると、杉本の行動も、突飛さを差し引けば、一応、理にかなってはいたのか? 論理的な破綻はないように思える、
「この私の完璧な計画は、さすがに『探偵さん』でも見破れなかったんじゃない?」
「いえ……杉本さんには悪いのですが、ちゃんと推理できます。矛盾が生じていたのですよ」
「え、そうなの?」
眉をハの字にする杉本。それに対して探偵は、
「矛盾――」
フォークでメッセージプレートを貫いた。おいきさま。
「計画の代償に、杉本さんは嘘をつかなくてはならなかったのです」
嘘をついた。そのフレーズを聞いて、思い当たることがあった。杉本と会話した時。そして、昼休みに、髪を結ぶ杉本たちを見た時、俺はなにか違和感を覚えたのだった。それが、探偵の言う「嘘」ではないか。
「その嘘は、スマホを忘れたということです」
ああ、そうだ。杉本はそんなことを言っていた。こいつならあり得ると思って、その場では納得したが、いつの間にか探偵の写真を撮ったり、「きれい~」と言って、ケーキを撮影したりしていた。
「どうして嘘だと見抜いたんだい? もちろん、証拠はあるんだよね」
「はい、岡森さん。それはあなたも目撃していたのですよ」
「え、そうなの?」
おいおい、探偵よ。どうしてお前は、当人たちも知らないようなことをホイホイ言い当てられるんだ?
「それは、杉本さんの髪型です。アニメのキャラクターを模した」
今度は髪型? 俺は杉本の頭部に目をやった。朝見た時と違って髪はまとめられている。昼休みに春山が完成させていたからな。低い位置に三つ編みの塊もできていた。まるで花のような模様を浮かび上がらせていた。
「順を追って説明します。先程、杉本さんはカモさんの誕生日が近いことを、春山さんから聞いた、とおっしゃいましたね」
「うん」
『蛍に言われた時は面白そうと思ったんだけどね。カモちゃんに悟られずに、誕生日を聞き出す方法』
杉本はこう言ったばかりだ。
「紗妃の言った通りだ。私は賀茂の誕生日が近いことを知って、まずは紗妃に聞いてみようと思ったんだ。賀茂と話した直後は時間がなかったから、朝練が終わってすぐに相談した」
「そうよ。結局、私も知らなかったんだけどね」
「その時、」
探偵は、短く息継ぎをした。次の一言に、アクセントを置くために。
「スマホでやりとりをしましたね?」
「ああ、分かったよ」
岡森は腕を組みながら、うなずいた。
「明らかに矛盾だね。朝練が終わる頃には、杉本さんも登校してきている。だから、家にスマホを忘れたというのは嘘だ」
「待って、桜くん。私と蛍が直接会ったというのはどう?」
目を輝かせながら、杉本は嬉しそうに叫んだ。今思いついたというのが見え見えだ。しかし、それも一理ある。朝練の終わった春山と、登校してきた杉本が合流した可能性だ。杉本は一人で俺に話しかけてきたが、その時、春山が教室にいたかは覚えていない。
「それもあり得ません」
「え? どうして」
「そこで鍵となるのが髪型なのです。
杉本さんはこうおっしゃいましたね。春山さんなら、複雑な髪型でもすぐに作ってくれると」
「そうか分かったよ! 今度こそ!」
岡森が興奮したように手を叩いた。
「もし二人が会っていたなら、その時に髪型を直してもらえたということだね」
「その通りです、岡森さん」
なるほど。そんなところからも推理できるのか。杉本は未完成の髪型に不満を残していた。もし朝に春山と会っていたのなら、その時点で直してもらえる。その場合は教室に着いてからということになるだろうけど。
事実、昼休みに春山がすぐに完成させていた。
「はあー、そこまで見ていたのか。敵わないな」
「うう、悔しいけど、認めるしかないようね」
こうして、杉本の手帳作戦は完全攻略された。
「二人はカモさんの誕生日を知りました。そのあと、岡森さんも計画に加わったのでしょう」
「そう。ケーキを頼むなんてイカれた発想、こいつじゃないと、出てこないよ」
「へへ、嬉しいよ」
「褒めてないと思うわ」
杉本は苦笑いをした。
「しかし、そのおかげで絶品を味わうことができました。感激です」
そこで、俺は気付いた。ケーキ、あと少ししか残っていない……。
(おいこら、この野郎)
『お、怒らないでください。味は口の中に、満足感は胃の中に、確かに残るはずですから』
こいつ、残りも食い尽くす気かよ!
「さ、さて。これで疑問は二つ目まで解消されました。
残された最後の謎。ホワイダニット」
そう言って、最後に残った一欠片を口に放り込んだ。ああ、そんな……。
「すなわち動機ですが――」
その時、再び世界が反転した。交代が終わる時間だ。休み時間探偵の名の通り、こいつとの人格交代は10分ほどしか保たないのだ。強制的に入れ替わりが起こる。
(お前、この恨みは忘れないぞ……)
『私だって、たまには美味しいものを味わいたいのです!』
開き直った探偵が意識の奥で眠りにつき、代わりに俺が覚醒する。身体の支配権が戻った。
「か、カモちゃん……どうしたの?」
「え?」
なにかが頬を伝った。俺、もしかして。
「おれ なんで 泣いているんだろう」
「ケーキがよっぽど嬉しかったんだね」
岡森がしみじみとうなずく。はは。あはは。そうだな。口の中、とっても甘いぜ。
まあ、そういうことにしておく。涙のわけは、美味しいケーキだということに。胸の中に、確かな温もりが残っているのを感じながら、俺は口を開いた。
「3つ目の謎は――そんなの、説明する方が野暮だよな」
「そうだぜ、賀茂」
「そうよ」
「そうだね」
三人を順番に見つめる。残された謎。動機。なぜサプライズをしたか。探偵なんかいなくても、この笑顔で、十分説明がつくじゃないか。
「なあ、杉本。『愛してるを知りたい』って言ったよな。アニメの台詞なんだっけ」
「うん、そうよ」
不思議そうに首をかしげる。しかし、言葉に出してみたものの、ここから先はさすがに言えないな。気恥ずかしい。
――思うに「愛してる」とは。
『誕生日、おめでとう』
今朝の母さんの顔が浮かぶ。大切な家族に贈る言葉。
――「心から、愛してる」とは。
『誕生日、おめでとう!』
三人の顔が、目の前にある。親愛なる友人へ贈る言葉。
それは、こうとも言い換えられるんじゃなかろうか?
――生まれてきてくれて、ありがとう
『心から……』 了
原因はだいたい杉本。
みなさん、お久しぶりです。みのり ナッシングです。お読みいただき、ありがとうございます。
今日(11月11日)は賀茂の誕生日。彼は本文中で、誕生日について屈折したような思いを述べていますが、まあ照れ隠しでしょう笑 おめでとう!
ちなみに、杉本が2回観にいったという作品、あれは今年発表のあるアニメーション映画をモチーフにしています(作中時間は2020年ではないので、あり得ないのですが笑)。本話のタイトルもその連想で付けました。
私も観ましたが、号泣してしまいました。今回の話でも、彼女の口を借りて感想を綴ろうかと思ったのですが、長くなりすぎたので断念しました。いつか違う形で発表したいですね。




