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D or A 1


登場人物紹介 ~DEAD OR ALIVE~


賀茂かも 京介きょうすけ

栄藍高校の1年生。「休み時間探偵」


杉本すぎもと 紗妃さき

賀茂のクラスメート。「兼部の鬼」


春山はるやま ほたる

賀茂のクラスメート。「剣道部のエース」


岡森おかもり 桜一おういち

賀茂のクラスメート。「ゴッホ」


嘉屋兄弟

賀茂のクラスメートの双子。「かやーず」


謎の少女

栄藍高校の生徒。「ニトロ」




「なあ杉本、どうして手配書ふうなんだ? それに二つ名ってお前……」

「だってカッコいいじゃない!」

「……」


 

 Side A


 6時くらい……かな?


 私は・・寝ぼけ眼のまま枕元の目覚まし時計に目をやった。暗がりでぼんやりと光る文字盤に、デジタル表示の「6」を確認。うん、やっぱり6時過ぎみたいだ。私は「相棒」の頭を撫でて、アラームのスイッチを切る。


 耳を澄ましてみると、1階からお母さんが朝ごはんを作る気配が感じられた。こんなに早くから起きていて、本当に凄いと思う。お父さんも既に身支度を終えて、新聞でも読んでいる頃だろう。


 杉本家の朝は早いのだ。ま、例外が一人、ここにいるんだけどね……。一人娘で、これでも一応長女の杉本紗妃さき


 まだ眠気が抜けなくて、大あくびが出た。涙で視界がにじむ。それにしても、アラーム無しで起きられたのは、気分がいい。私は布団に寝ころんだまま愛用の時計に目をやった。昔からずっと使っているもので、これがないと落ち着かない。中学の修学旅行でも持って行ったほどの、まさに相棒。


 いつもなら慌ただしく身支度をしなければならないところだけど、今日は余裕がありそうだ。ストレッチでもしようかしら。私は体を起こして布団の上で座ってから、


「うーん」


 思い切り伸びをした。だけど、まだ頭が働かないせいだろう、私はぼんやりと、さっきまで見ていた夢のことを思い出そうとしていた。確か、誰かと眼鏡屋で……。


 そう言えば数日前、私は現実で同じようなことを体験していた。親友と人生初の眼鏡を買いに行ったのだ。


『紗妃は、これなんか似合うんじゃないか?』


『どれどれ……あ、良いわね! ほたるが付いて来てくれて良かった!』


 彼女とは定期的にお互いの家でお泊り会をするほどの仲だ。あの時も楽しかったなあ。


『似合ってるよ』


 ……わ! 思い出した! さっきの夢では現実と違って、相手はあの男だったのだ。


 彼は最近、私の頭の中によく現れる。朝起きた時、学校の廊下を歩いている時、授業中。彼も同じクラスだから、もちろん学校では実際に目の前に現れるわけだけど、それとは別にふとした瞬間、私の思考に侵入してくる。挙句の果てに、今朝は夢にまで出てくる始末だ。


 あの時私が目を覚まさなければ、彼はあのまま、優しい手つきで私がかけていた眼鏡を外し、そして――。


「……!」


 な、何てことを考えているの! 私は声にならない悲鳴を上げた。エッチなのはいけないと思います!


 あのむすっとした表情が、滑稽なほどに私の心をかき乱すのだ。こればかりはいくら抵抗しても、どうにもならない。


 私は、恋をしているようだった。


 こんな自分は初めてだ。そりゃあ私だって、甘い恋に胸をときめかせたりもするわよ。だけど、それはいつも小説の中のお話に対してだった。現実では誰かを意識することなんて無かったし、もちろん好意を寄せられることも無かった。


 だから、私には分からない。どうすればいいんだろう。……大げさかもしれないけど、私にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際だった。デッド・オア・アライブ。いや、それだと「生死を問わず」なんて意味になるんだっけ?


 でもまあ、どっちでもいいや。今日の私は、早起きのおかげで機嫌が良いの。彼が夢に出て来てくれたことだし……いやいや、とんだ浮かれ具合ね、私ったら。悪い気分じゃないけど。


 浮かれついでに、私は、


「カモちゃん」


 彼のあだ名を小さく口に出してみた。静かな部屋で、その声は思ったよりも大きく聞こえた。うう、今のは予想以上に効いた。めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない! 普段呼ぶ時は自然な振りをできるのに。


 気を良くしたからって、こんなことするもんじゃないわね。たまらず膝に顔をうずめた。


 ……私、かなり重症みたい。さっさとストレッチでもしよう。




  Side D


「杉本、紗妃さき


 信号を待ちながら、そう呟いてみた。当然、なにか特別なことが起きるわけもない。ただ頬が熱を帯びただけだった。


 ……うわ、思ったより恥ずかしいぞ、これ。ふとした時に好きな人の名前を口にしてみるとは、とんだ浮かれ具合ではないか。


 いつから、この気持ちは始まったのだろう。知らないうちに彼女を目で追っていた瞬間か。たびたび彼女が思考に現れるようになった頃か。もしくは四月のあの日。初対面の俺にいきなり呼びかけてきた、その時からか。


 誰かを意識したのはこれが初めてだ。何事にも消極的な人間だった。なのに今さら、どうしたんだ。こんな浮ついた気持ちは持て余してしまう。俺には似合わない――。


「紗妃がどうしたって?」


 うわ! いつの間にか、横に人がいた。


 聞きなれた声の主は、クラスメートの春山蛍。1年生ながら剣道部のエースで、180を超える高身長に加え男言葉を操ったりするという、なんとも個性的な女子だ。これから朝練でもあるらしく、竹刀袋を肩から下げた姿はかなり迫力がある。こんな感じでバリバリの体育会系だが、なぜか筋金入りの運動音痴である杉本と仲がいい。


 あれ、どうしてこいつが……。俺の頭の中で、一瞬なにかが引っかかった。だが、今はそれどころではない。


 さっきのアレ。まさか、春山に聞かれたか。こいつにバレたりした日には、恥ずかしさで死んでしまうほどからかわれるのは目に見えている。さっさと誤魔化さねば。


 だが俺の内心をよそに、春山は予想外の反応を示した。「あちゃー」と、困ったような顔をしながら頭をかいている。ふむ、何かやらかしでもしたようだが、これは好機だ。話題を変えてしまおう。


「そ、そういえば杉本とお前って妙に仲がいいよな……」


 俺のバカ! 誤魔化すのへたくそかよ。


 しかし幸運なことに、春山は俺の不自然な態度にもさほど違和感を抱かなかったらしい。話に乗ってくれた。


「中学からの仲だからな」


「へえ……。ん? でも杉本と校区が違うんじゃないか? お前は電車通学だろ」


「紗妃と私は附中に行ってたから」


 附中とはN大学の附属中学校の略称だ。なるほど、中学受験していたのか。校区とか関係ないわけだ。


「もともと親同士も仲が良くて、私たちもよくお互いの家に泊まるくらいなんだぜ?」


 なにそれ超うらやましいんですけど。


「お母さんに料理教えてもらったり、すごく楽しかったよ。あは、紗妃はからっきしだけどな」


 呵々(かか)と、春山は楽しそうに笑った。俺はと言えば、さっきの独り言に気付かれずに済んでほっとした反面、思わぬ事実を聞いて、少し複雑な気持ちになった。蚊帳の外というか、やっぱり俺はまだまだ杉本の事を知れていないんだ、とか。


 ああ、こんなことを考えるなんて、やはり俺らしくない。まるで春山に嫉妬しているみたいだ。どうしてだろう。隣に人が居るせいでいつもと歩くスピードが変わって、調子が狂うから? 春山は高身長の割に歩くのがゆっくりだ。


 ……いや、違うな。それは人のせいにしているだけだ。本当は分かっている。


 恋なんてものを、してしまったせいだろう。


 それから学校までは、あっという間だった。春山はやはり朝練があるとかで、武道場の方向へ歩いていった。俺はまた一人になって、教室へ向かった。




 Side A


 折角いつもより早く起きられたのに、これじゃあ一緒ね。


 つい忘れ物をしてしまって、通学路の途中から引き返したのだ。まだ間に合うだろうか。うん、大丈夫――。


 急いで玄関に入ると、廊下にいたお母さんとちょうど目が合った。


「あら、どうしたの?」


「忘れ物しちゃって――」


 お母さんは私を一目見て納得したようだった。取ってくると申し出てくれた。


「え、いいの?」


「いいわよ、ちょうど今から二階に行くところだったし。そこで待っていて」


 それではお言葉に甘えて。言われて待つこと1分弱、お母さんが降りてきた。私は手渡しで受け取って、小さく頭を下げた。


「ありがとう!」


「いいのよ。それにしても、まったく紗妃ったら……」


 話が長くなりそうだったので、私は曖昧な笑みを浮かべてもう一度頭を下げると、受け取ったものを肩から下げて家を出た。


 さあ、今からでも多分間に合う。歩き出そうとしたところで、また出鼻を挫かれた。


「ねえ、杉本さん?」


「え」


 振り返ると、自転車に乗った少女がこちらを見ていた。呼びかけてきたのは彼女らしい。どうして名前――あ、表札を見たのか。


 髪の長い、眼鏡をかけた女の子だ。制服は、私と同じ栄藍高校のもの。自転車通学ということは、彼女もこの辺りに住んでいるのだろうか。


 女の子は、私の顔を見て少し驚いたような顔をした後、すぐにニタリと笑った。何て言うんだろう。嗜虐的というか、おもちゃを見つけた時のような嬉しそうな表情だった。


「ええと――」


 どちら様ですか、という私の言葉を遮るように、


「賀茂京介について」


「ええ!?」


「君でもいいや。F10の賀茂君って、どんな人?」


 もろに、驚きが顔に現れてしまったと思う。今まさに私の頭の中を占めていたのが彼、賀茂京介のことだったからだ。この人はエスパーだろうか……いや、偶然のはず。


「賀茂君、は――」


 普段なら絶対にしない、妙に改まった言い方をしてしまった。そんな私に対して、相変わらず彼女は面白いものを見るように目を細めている。


 なんだろう。おちゃらけた雰囲気なのに、有無を言わせぬ迫力を感じる。得体のしれない人だ。


 言葉を詰まらせた私に、女の子は気を悪くした様子もなく、饒舌に語り始めた。


「困ったことに彼、この間の部活動集会をサボったの。先生方の評判も良くないみたいだし、不良だったらどうしようかなー、って」


「そ、そんなことありません!」


 思わず強い語調で否定した私に、彼女は顔をずいと近づけて「へえ、かってるんだ」


 私は慌てて視線を逸らし、曖昧な笑みで誤魔化した。ううん、誤魔化せただろうか……。


 ていうか、まだこの人の名前を聞いていなかった。どうやら私のことは知っているみたいなのに、なんだか不公平だ。


「失礼ですが、どちら様でしょうか」


「文芸部の……そうね、『ニトロ』とでも名乗っておきましょうか」


 今度は意図的に強めの語調を使ったつもりだったけど、女の子はあくまで余裕の表情だ。ていうか「ニトロ」って。絶対本名じゃないでしょ。


「そっか、君がそう言うなら悪い子ではないようね。


 ところで、彼は朝早くから登校していると聞いたんだけど、もう着いている頃かな?」


 またドキッとさせられた。この人、もしかしたら全て知っていて……いや、さすがにそれはないか。私は内心の動きが悟られないよう、慎重に口を開いた。


「はい……教室にいると思います。そうじゃなくても、自転車なら少なくとも途中で追いつけるんじゃないでしょうか」


 緊張して余計なことまで付け加えてしまったことに、言ってから気が付いた。彼女はニタリと笑って礼を言うと、それから颯爽と自転車にまたがって、滑るように走り出した。いったい何だったんだろう。


 ああ、いけない。私も急がなくちゃ。間に合うと良いけど。




 Side D


 文庫本を読み終わって顔を上げると、まだ8時過ぎだった。うーん、そうだな。


 教室は既に登校してきた生徒で賑わい始めている。なかでも盛り上がっているのは、1年10組のコメディアン、双子の嘉屋兄弟の周りだ。岡森の姿も見える。あの一件以来、あいつも徐々にクラスに馴染んでいるようだ。


 ……替えの本も持ってくるんだった。今から話の輪に入る気にもなれない。


 何か面白いものはないかと教室を探してみると、掲示板の下に小冊子を見つけた。お、あれは……。


 俺は立ち上がって、そこまで歩いて行った。それは、文芸部の部誌だった。俺は一応文芸部に在籍しているが、まだ活動らしきことはしていない。文芸部自体、年に一回、文化祭の時に文集を一冊出すだけらしいし。


 それどころか、俺は部長の顔さえ知らない。もちろん他の部員も。入部の時も普通とは違ったのだが、それは良いとして。


 この文集は、去年の文化祭の時のものだろう。シンプルなデザインの表紙に、「89号 文芸部」と書かれている。ということは、今年は90号。今思い出したが、今年は学校創立90周年なんだっけ。


 俺は部誌を片手に、教室を出ることにした。どこか静かなところで読もう。


 足を踏み出し、敷居をまたいだところで、


「わあ!」


「おっと、すまん」


 誰かとぶつかりそうになった。声からして、杉本だったようだ。こんな早くに登校してくるなんて珍しい、と思い、視線を向けて――俺は絶句した。


 そこには、眼鏡姿の少女がいた。


 フレームは赤色で、少し厚め。赤い楕円の中で、切れ長の目がキラキラと輝いている。


 俺は息をするのも忘れて、その姿に釘付けになっていた。女の子は、こうもガラリと印象を変えるものなのか。


 この間ポニーテールにしていた時も感じたが、今回はそれ以上の衝撃だった。凄い。凄く良い。自分の中で、何かおかしな化学反応が起こってしまいそうだった。


「ねえ、カモちゃん」


 杉本は少しはにかんで、小首を傾げた「……どうかな?」


 頬がほんのりと赤みがかっている。照れているのかも、などと一瞬でも考えそうになって、慌てて打ち消した。違う。急いできたから、息が上がっているだけ。それだけだ。


「わ、悪くないと思いますよ……」


「カモちゃん、なんで敬語?」


 杉本が吹き出す。自分でも何を言っているんだと思う。全く落ち着きがない。いい加減持ち直さないと、なにかとんでもないことを口走ってしまいそうだ。話題を変えなければ。


「えっと、杉本。今日は割と早くに来たんだな」


「今日は早起きだったからね! ねえ、とりあえず座ろうよ」


 そう言って杉本は自分の席へと向かった。途中、クラスの女子と眼鏡のことで盛り上がっていた。……ほんと、どうして急に眼鏡なんか。


 思い当たることがないわけではなかった。杉本は黒板を見る時、よく目を細めていたから。視力はあまり良くないのだろう。いつも遅刻ギリギリなのも、遅くまで深夜アニメを見ているからだというし。


 そろそろ俺も戻るか。今月の席替えでも、俺と杉本は隣同士の席だった。俺は文芸部誌を無造作に立てかけ、席に向かった。


「それにしても杉本が早起きとはな。今日は傘なんて持ってきてないぞ」


「失礼ね、雨なんて降らないわよ」


 不愉快です、と杉本は眼鏡を直しながら呟いたが、その表情は言葉とは裏腹に楽しげだった。しかし杉本をからかえるくらいには、俺も回復してきたようだった。よし、あまり意識しすぎて気味悪がられるのはごめんだからな、これで良いぞ。


 だが杉本のパンチは、あれで終わりではなかったのだ。


「そうだ、カモちゃん。今朝、不思議なことがあったんだけど――」


 ん? またいつものか。だが今の俺は、たいていのことでは驚かないぞ。


 そんなことを考えていたら、杉本は、


「私、タイムスリップしたのよ!」


 ……は?






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