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「…お前、なんかしたのか」
「な、何もしてないですよ!痛ッ、触っちゃだめですそこ」
「全身弱点じゃねーか、理由もなくこんな酷いことするかよ」
先輩の妹が消毒液を塗ってくれた。シャワーの水でも充分痛いぐらいなのでさらにきつかった。この痛さで、毎晩の悪夢を思い出してしまう。そういえば自分で怪我の手当なんてことしたことなかった。自覚はなかったけどそれほど見るのも触るのも嫌だったのか、と自分でもふっとため息の出る思いだった。
「…理由、は、あるんじゃないですかね。ヒロくんなりの理由が、きっと…」
「なんだ、SMプレイか?ほどほどにしろよ」
「先輩?あんまり調子のいいこと言わないでくださいね。私もどちらかというとSですよ」
そんな軽口を叩き合って、痛みも引いたところで帰ることにした。
「…ありがとうございます、ほんと、家にまであげてもらって」
「泊まってけば良いのに。あ、いやそのもちろん俺と違う部屋で寝てな」
「え?そんなことしたら本当にヒロくんに殺されちゃいますよ。先輩も一緒にね。ふふっ」
先輩にふわりと笑いかけてみた。まあ、笑えねぇよというような微妙な顔にさせてしまったのだが。
「あっ、そうだ先輩…あの、私とヒロくんは先輩が言ってたようなことはしてませんよ」
「ん?どゆこと」
「んー、そうだなあ。ヤることヤってるっていったらそうなのかもしれないですけど、ヒロくんはいつも一方的で。最後までシたことは一度もないんです」
「なんじゃそら」
先輩は私の言葉をひとつひとつ頭の中で咀嚼しているようだが、なんとなくは察してくれているように見えた。先輩はなかなか勘がいいし。付け加えるように私は言った。
「でも、それでヒロくんが満足してるんだったら別にかまわないんです!ほんと、それが1番です」
「お前はどうなんだよ」
「…」
ふと、ヒロくんとまともに付き合おうなんて無理な話なのかもしれないと、ずっと抑えていた不安を爆発させてしまいそうになった。涙をこらえるのが大変だった。でもこんなところで泣いたら先輩に浮気しちゃう。確実に。とにかく、人の家の玄関先で考え込むわけにもいかなかったので、一旦次々湧いて出てくる思考に蓋をする。
「…じゃあ今度こそ帰ります。また明日、会いましょう」
私はなんとなく、本当になんとなくだけど祈るように手を合わせた。
久しぶり。1ヶ月放置したのにまだ見てくれる人がいて本当に嬉しかったんだよ。だからまた戻ってきちゃった。