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今日は撮影の日。私の傷はとっくに跡形もなく消え失せていたので、久々にフルメイクで、素直に用意された衣装をそのまま着て、カメラの前に立つ。これも先輩がギリギリまでスケジュールを後回しにしてくれて、ヒロくんが手をあげないようになってくれたおかげだ。
ラスト、ヒロインである私のアップシーン。監督の合図と共に、私は自分が一番綺麗に見えるように微笑む。
「終了です、お疲れ様でしたー!」
「ありがとうございました」
これで女優モードはおしまい。ヒロくんもそろそろ着替えてきた頃かな…
「羽七ちゃん!お疲れ!」
ぎゅうっと後ろから細い体に抱きしめられる。私が探さなくても、やっぱりそばにいてくれるみたい。今度こそ本物の安心感が胸の中に広がった。
「ヒロくんもお疲れ様。えへへ」
私はゆっくりと笑いかけた。あれ以来、ヒロくんとは穏やかな同棲生活を送っている。喧嘩すらしないし、毎日が平和すぎて、嘘みたいだなぁ。
「帰ろう。メイク落としてはやく着替えておいでよ」
私たちは駅まで向かい、帰りの電車を冷たいプラットホームで待つ。私たち以外の人はいなくて静かだ。秋の訪れを感じる風が頬に刺さる。ちょっと前までは傷口に染みるから寒さは苦手だったな…
『…まもなく、三番線に電車が参ります…』
「羽七ちゃん、電車くるよ」
「あ、うん…」
さっきまで読んでいた本を閉じて、椅子から立ち上がる。なんか本当に普通だな…もっと早くこうなればよかったのに。
「行こう」
ヒロくんはやけに優しく慈悲深い目つきで私を見つめ、腕をとった。電車が近づいてくる合図のサイレンとガタゴトという足音が混じって辺りに響き渡る。ほとんどその音しか聞こえなかったが、ヒロくんはそれを押しのけるように強く、私の腕を引っ張っていく。強く強く、引っ張っていく。
落下していく感覚―――――――――――――。
「え」
レールの上を走る電車の音が近く、迫る。怖くなってヒロくんの方を見ると、彼は何故か楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。そのすぐ背後には、私たちに迫り来る鉄の固まり。
「羽七ちゃん!」
轟音にもかき消されないほどのヒロくんの叫びを最期に、私たちは散っていった。