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!!!
「羽七…ちゃん?」
小さいけれど確かに聞こえた。僕の名前を呼ぶ声が。しかし目の前の彼女は、杖を僕に向けて、相変わらず残酷な笑い方をしている。
『嫌だっ、嫌だぁ…っ、起きて…返事してよ、ヒロくん!!』
目の前の羽七子の姿をした女は、耳に手を当ててその声を聞き取ると、とんだ邪魔が入ったとでもいうように一瞬眉を潜めてから今までで最もいやらしくニタリと嗤い、言う。
「…可哀想に。羽七ちゃんを救おうとしてしたことなのに、結果苦しめることになっちゃった、ねぇ?」
「…おまえ……誰だ?」
僕は「男」を睨みつける。こいつは羽七子なんかじゃない。僕の言葉がさぞおかしく聞こえたのか、「彼」はいっそう高く嘲嗤った。
「『ダレ?』言ったじゃん。ここは僕の『心の中』だよ」
ヌッと顔を近づけられる。それは紛れもなく、僕の姿――凶暴化し、悪魔と化した僕の姿だった。『僕』は、僕の首を強く鷲掴みにすると、言った。
「結局『僕』は、自分が良ければそれで良いんだろ?羽七ちゃんがどんな思いしようと。それにあいつ、羽七子はいい加減だし飽きっぽいし、『僕』一人いなくなったぐらいでどーってことないでしょ、例の仲良しな先輩だっているし。ショージキ、いつ浮気されてもおかしくなかったよねぇ」
「ぐぅっ…」
息が、できない…言われることも痛いし、苦しいし、きつい。『本当は羽七子は僕のことなんて好きじゃなかったのだ、羽七ちゃんは僕なんかいらないんだ…』目の前の『僕』の影は、「それが僕の考えの全てなんでしょう?」と見透かしているかのように余裕の表情を見せ、嬉しそうにニヤニヤしていた。『僕』の手の力が一層強くなる。
「なら、良いよね。面倒だから、やっぱ死ん―――――――――――」
バチッ…
違う。そんなの全部こいつの見せる妄想なんだ。もう過去の『僕』なんかに振り回されたりしない。僕は奴から、血塗れの手でやっと奪ったスタンガンの火花を散らした。
「そうさ…『お前は』死ねば良い」
僕は歯を食いしばり、抵抗する。奴の驚く顔が見えた。今ならはっきり言える。
「僕なら絶対に…羽七ちゃんを一人置いていったりしない!!!」
そうして、過去の弱い自分にとどめの一撃をさした。目を見開いたまま、汚い悪魔は倒れていった。スタンガンを持つ自分の手はいつの間にか、綺麗に皮膚の繋がった無傷な手になっていた。首に触れても、血はつかない。反射的に、つぶやいた。
「勝った。…はぁっ、はぁっ……僕は、勝った……」
足元に倒れた奴をほっとして見下ろすと、今まで羽七子につけた傷の全てが、僕の体についているという、おぞましい光景が見えた。こうして客観的に見ると、心底ゾッとするな。もうこれで、蘇ってくることもないだろう…
『―――――くん…ヒロくん…』
「…羽七ちゃん?」
『帰ろう』
ほんのり血のかよった人間の皮膚のような色をした薄闇の中から、羽七子の白い腕がゆっくりと、でも確実に僕の方に近づいてくる。僕は、迷わずにその手をしっかり握り締め、微笑んだ。
「うん」
――――――オマエハソレデイイノ?――――――
背後から奴の声がかすかに聞こえた。僕はそいつをむしろ憐れむかのように、はっきり言った。
「いいんだ」
――――――アア、ソウ――――――
その傷だらけの体を尻目に、僕と羽七子は歩んでいく。一歩ずつ、光へ…
ラストまだあります。その更新は、またの機会に、ね。いっぱい見てくれて嬉しいです