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……ここは…


辺りは闇。だが本当の真っ暗ではなく、例えるなら瞼でつくった闇のように不完全な暗さだった。僕は何故か王室にあるような堅苦しい椅子に座らされている。ぼんやり、これが死後の世界かしらと重い頭を背もたれにあずけたら、突然目の前に一筋の光が差した。カッと空間を切るように現れたそれはだんだん大きくなっていく。するとそこには見覚えのある姿が…


シルクハットを被り、真っ白なシャツの上に燕尾の細身のスーツを着、道化のような縦縞のつぼみ型のパンツを履いて、左手に黒く光る杖を持ちながら律儀にお辞儀をしている男…いや、これは、男装した…?

羽七子としか思えなかった。それは確かに、羽七子の外貌をしていた。彼女は口を開く。


「ようこそ、―――へ。時間はまだあります、今のうちに考えなさい」


さっきから耳鳴りがする。僕はまだ死んでないのか?そもそもなぜ羽七子があんな格好で目の前にいるんだろう。というか、まずここはどこなんだ?


「羽七ちゃん?羽七ちゃんでしょ…?ねえ。ここ、どこだって言ったの」


彼女は不敵な笑みをたたえ、座っている僕をそっとみおろした。シルクハットを取ると、おかっぱ頭の艶のある黒髪があらわになった。見るだけで撫でた時の指通りのいい感触が指先に蘇る、いつもの羽七子の綺麗な髪。


「…そう。あなたは私を殺さないようにと、自ら死を選ぼうとしました。でもそれが最良の選択だったと言い切れますか?」


僕の声、聞こえてないのかな…と思うのも束の間、急に羽七子はキッとした目つきで、僕のさっき切り裂いた、血で染まった首のあたりを睨む。


「ただの自分勝手な逃避行為だと私は思うんだけど」


右手に持っていた杖で僕の顎をクイッと上げて、目線を合わせる。自分勝手な、逃避…?僕はただ羽七ちゃんを傷つけることしかできない存在なのだから、死ぬのが1番いいかと…いや、こんなこと言ってもな。どうして彼女にとって僕の自殺が自分勝手な行為になるんだ?頭が混乱してくる。大量に出血したせいか思考が回らない…


「――――――返事くらいしろよ、死に損ない」


その杖を思いっきり振り上げ、僕が彼女の表情を伺う隙も与えずに殴りつける。丈夫そうに思っていた椅子は、あっけなく僕の体ごと吹っ飛んだ。床に転げ落ちた僕は、あまりの展開にますます追いついていけずにいた。


「ね、私がいつもどれだけ痛かったと思う?苦しかったと思う?」


よく見ると彼女は踵の高い靴を履いているようだ。ハイヒールの高い音が僕に近づいてくる。光の線の外側の闇から。怖い…羽七子の顔が見たくて見上げたら、更に暗い顔の悪魔が僕を見下すようにしていた。


「気が狂うかと思った」


…羽七子?


「でもね、逆らえなかったんだよ。ヒロくんが怖くて。なのにヒロくんだけ死んで逃げようなんて許さないんだから、アハハハハ」


狂ったように笑い出す。撮影の時ぐらいしか使っているのを見たことがないような真っ黒い口紅をわざとはみ出して塗った唇を舌なめずりしている。羽七子のこんな顔見たことがない けれど本当に恐ろしかった。


「そうだ!ヒロくんも同じ目にあえばいいよ。まずはこれからねぇー、あのね、これマジで痛かったよ、フフ」


彼女は杖をくるくる回し、いつの間にやら僕が所持しているのと全く同じスタンガンを片手にして、言う。目は血走り、黒目からは狂気しか読み取れない。あれほど羽七子のことをわかっていたはずなのに、こんな表情が隠れていたことも僕は知らなかったのだ。


「ヒロくんなんかには想像もつかないかもしれないけど、死んだ方がましなんじゃないかってぐらい!」


―――――こうなってしまったのも全部全部自分のせいだった。最初からちゃんと自分を抑えきれていれば良かったのに。また冷たい涙が頬を伝う。


「ご…ごめん…許して…」


彼女はそれを見て嘲笑する。ずっとケタケタ笑っている。許して?馬鹿じゃないの、今更いくらそんなこと言ったってどうなるわけでもないのに、ましてや泣くなんて。そう言っているようだった。羽七子は、ますます声を張り上げて一際大きな笑い声をあげると、電極を力強く僕の胸に押し当てた。


「そんでヒロくんは気絶もさせてくれない非道い人だよね!ねえ、のたうち回ってみせてよ」

「う"っ、ぐぅっ…!ぐぁっ!!!」


スタンガンの金具が強く当たる。まだ電流は流れていないけれど物理的にも精神的にも痛い。胸が苦しい。

せめて、このスタンガンは…こんなものは、羽七子が持つものじゃない。紛れもない僕の弱さの証なのだ、早く取り返して自分の手で捨てなきゃ…


「返せっ、はな…あ"あ"あ"ぁっ!!!」


彼女の履くヒールで手を潰された。グシャリとグロテスクな音がする。ますます僕の体は自分の血で汚れていく。


「痛い?ねぇ、痛い?痛いよねえぇ??」

「はぁっ、はぁっ…」


そこで僕の胸に当てられていたスタンガンがふと離され、彼女の口元に持って行かれた。そしてそれに、いかにも愛おしい神聖なる処刑具というように口づけする。


「でもねぇ、まだまだ、まぁだ…まだまだ私と遊べるでしょー!?アハハハハハハハハハハハハハ」


戻れない…戻りたい…あの頃、最初から全部やり直して、羽七ちゃんとまた一緒にいたい…目の前にいる悪魔を呼び寄せないように、羽七ちゃんを守ってあげたい。


お願い…羽七ちゃんを、僕たちを戻して…

ある種異世界系

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