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「ヒロくん、ただいま」


ヒロくんは私に背を向けてソファーに座ってスマホをいじっていた。画面に爪が軽く当たった時のタンタンという音だけがする。家の中には、その音しかなかった。こちらを振り向くでもなく、「おかえりなさい」を言うわけでもなく、ただ猫背になって画面を見つめていた。イヤホンをしていないからゲームに集中してるってわけでもなさそうなんだけど…彼のことが気がかりだったが、まずはお風呂に入って、体を拭いて居間に戻った。それでもヒロくんは私のことなど気にも留めず、それどころか最初から自分一人しかいなかったかのようにソファーに座って携帯をいじっているのだった。きっと私から言うしかないのだろう。正面からは気まずいので、ソファーの後ろから声をかける。


「ひ、ヒロくん…怒ってる…よね?」


反応が全く無い。焦る気持ちを抑え、次へ次へと謝罪の言葉を並べるしかなかった。


「ごめん、なさい。私が悪いの。わかってるから…」

「羽七ちゃん」


私の言葉を遮るようにして、ようやく彼は口を開く。手元から目線を外し、私の方を振り向いた。そのとき真っ先に目が合った。あの悪魔の目と。鋭い目線にたじろぐ私を蔑むように見るヒロくんは、今まで聞いたことないほど憎しみを込めた声でこう言った。


「わかってるから、何?折檻はやめて、…って?」


彼は体を私のほうに向けると、スマホをソファーの上に若干叩きつけるように置いて、続ける。


「アイツと何してたの?」

「な…何も…いろいろ、話したり…」

「だからなんの話してたのって訊いてんの」


殺気すら読み取れる鋭い目付きが私を刺す。真っ直ぐに射られた私にもうこれ以上嘘は付けなかったし、言葉も出ない。怖くて怖くて、早くももう体の節々が痛くてたまらない。


「え、…と…」

「おいで。羽七子」


私の手を引いていく。いつもより力が強くて、ますます痛みに拍車がかかる。当然のように寝室に連れられた私はそのままベッドに倒された。勢いが強かったので上手く受け身が取れず、恐怖心もあり脈が速くなっていく。ヒロくんはすぐに手錠をはめた。しかしそれだけではない。縮こまるように曲げていた膝を、両足首を掴まれてぐい、と伸ばされ、さらに拘束用の金具で縛り付けた。手錠より鈍く、ガチリという音が響く。なに、これ…と言いたかったけど、声が出ない。


「怖い?」


ヒロくんの手が私の頬に触れる。今は触られるのもゾワゾワとして気持ち悪い。彼は私の足に目線をやり、足枷を軽く撫でて言った。


「そうだね。足まで拘束ってなかなかしないもんね。でも大丈夫だよ」


寝室の隅の闇に消えると、しばらくして道具を持って出てきた。実物を見るのは初めてだったが、それが何かはすぐにわかった。


「今日は、血の出るようなことはしないから」


嫌だ。こんなことされたくない。今までよりもずっと、目の前の悪魔が恐ろしい。信じたくもなくて、とにかく抵抗したくて、死ぬような思いで、口から掠れ声が出た。


「ひ、ろくん…それ、なぁに…?」

「羽七ちゃん、スタンガンって知らない?大丈夫。日本では合法だよ。防犯グッズの店とかに売ってるよ。俺は試したことないから知らないけど、これで電気流されたらすごく痛いってさ」


ニヤリと笑ったヒロくんの口元と、スタンガンの金具の間から出ている火花が重なる。こんな非現実的なことがあるだろうか。こんなことを笑いながら言えるだなんて。私は半ば放心状態で薄暗い天井をじっと見つめた。ヒロくんは私と目が合うように、ぬっと顔を覗き込む。


「羽七ちゃん、もう一度訊くよ」


彼は本物の悪魔のように黒い笑い方をして、私を見下ろした。スタンガンを軽く目の前で振って火花を散らしてみせる。


「アイツと、何してたの?」

「だから何もっ…!!」

「じゃあ、何しに行ったの?何故ついて行った?」


ヒロくんは電極を私にグッと押し付けた。もう嘘に嘘を重ねるなんてできない。まずこの状況では絶対にできない、逃れられない。だんだん必死になり、思考回路が崩壊していく。


「…大好きな先輩とイイコトでもしてきた?」

「違うっ!違うよ!!そうじゃなくてっ」

「何?」


「………傷……バレ、た……」


目の前が、真っ暗になった。ヒロくんがますますブラックになっていくのが、斑の意識の中でわかる。肌が粟立つような寒気を覚えた。


「……………それで?僕がやった、って言ったの?」

「…言っ……た………」


バツンーーー音を立てると同時に、体に鋭い痛みが走る。さっきまで真っ暗だった視界が、白く白くなっていく。痛い、痛い、それしか考えられない…


「――――――――――……」

「ねぇ声も出ない?」


私の腕や脚は意識せずともガクガクおかしな方向に曲がっていった。鎖でつながれているせいで引っ張られ、冷たい金属が肌に食い込む。息をすることも一瞬忘れていた私は、気づけば泣きながら喘いでいた。


「残念。羽七ちゃんの綺麗な声聞きたいのに…反応はすっごくかわいいけどね」

「はぁっ…はあ…あ…やめっ…」

「ねぇ…」


狂った目をした魔物が、私に凶器を振るう。


「鳴いて」

「あ"っ、あああああ"あ"っ!?」


実際は数回だったとしても、何度も何度も電流を流されたように感じた。瞬間、ふっと力が抜けて、涙腺回路も壊れていく。バチバチ音がするたび、ひとつずつ足場が崩れていく気がした。そのまま、だんだん視界がぼやけだして…―――――


「おい、逃げるなよ」

「きゃあっ!」


ヒロくんが私の頬を腕に唸りをつけて殴る。


「気絶するのはまだ早いよ」


もう彼自身には理性の欠片も残っていなかった。それどころか、あんなにも信じていた、人間の片鱗すら。


「よくもバラしてくれたね、裏切り者」


首に、細くて冷たいものが巻き付く感触と、グッとかかる重みを感じ、全身がだんだん痺れていく。その感覚だけ残った。私の思考は内側からフリーズしていく。酸素の足らない体が、動かなくなっていく。もう、何もかもが――――――今までのことも、この世界も、そしてヒロくんも全部――――、嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だいやだ、嫌―――嫌―――――嫌―――――――

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