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僕は血まみれの羽七子を膝に乗せ、静かに語りかけた。羽七子を撫でる僕の指も、彼女の血に濡れていた。けれど、汚いとは決して思えない。むしろ、乾いて黒くべっとりついたのも、どこから来ているのかもわからない微妙な光に反射してテラテラ鮮やかな朱色に光っているのも、綺麗だ。すごく綺麗。
「…ね、羽七ちゃん僕ね。もしも羽七ちゃんが僕を置いて死んじゃったらどうしようって、ずっと考えてたんだ」
羽七子は光のほぼ失せた目で僕を見上げてくる。まるで何もかもすべての感情を使い果たしたあとの抜け殻みたいに空洞な瞳だ。じっと見ているとゾクゾクしてたまらない。
「思いついたよ、一番良い方法」
僕は鈍色に光るスティレットを、羽七子の目の前にかざした。それでも羽七子は微動だにせず、刃先に目を向けることもなく、僕の目を見つめ返す。
「羽七ちゃんの身体をね、食べちゃえば良いんだ…」
右腕をそのまま落としたら、赤いものが周りに飛び散った。酸化して黒ずんだ緋色の粒が付着していた僕の服に、鮮やかな模様を描く。あたたかい。羽七子に包まれているかのような安心感だ。
「そうしたら僕ら…ずっと一緒にいられるでしょう?」
もはや僕を含む一切の世界を認識する様子もなく、ぐったりして力の抜けている彼女の身体を、僕は―――――――――
はっとして目を覚ますと、目の前に羽七子が横たわっていた。彼女の目は閉ざされていて、簡単に開くこともなさそうだ。もし開いたならば、あの虚ろな瞳が現れるのだろうか…?綺麗な死に顔をしているようで、慌てて起き上がる。
「…はな…」
僕が起き上がった拍子に僕の方を向いて寝ていた羽七子の指先があらわになる。その薄桃色の爪まで、彼女の時間は止まっているかのようだった。でもちゃんと生きているのがわかる。僅かに呼吸で肩が起伏していた。血の滲んでいる頬を見て、おそるおそる彼女にかかっている毛布を手でどかす。
羽七子の痩せた体は、痣や切り傷だらけだった。すぐ側には、血にまみれたカッターが転がっていた。シーツには赤い液体がぽつりぽつりとあって、その跡を辿ると真っ白な両腕がロープで硬く縛られているのが見えた。
「――――――あ…」
またやってしまった。自分の肩が震えているのがわかる。でも、全然記憶がない。僕自身がしたことには間違いないということだけ、冷たい現実として眼前に展開されている。
僕はまた、羽七ちゃんにひどいことをした。
「ごめん…ごめんね羽七ちゃん…」
たちまち目から涙がにじみ出る。なぜ泣いているかもわからず、僕はただただ泣き続ける。想像するよりはるかに凍えていた羽七子の手を握り、乱れた黒髪を撫で、耳元で何度もつぶやく。
「ごめんね…」
改稿するだけなんでこっちは最後まであげきれるとおもいます。