3-1
「よし、これで完了。カムイ、あとお願い」
『YES』
「……ふぅ、にしても何よ、ここのところ?」
一息つき2,3日を反芻する。
大石辰弘に情報提供してから今日までの間に『フェアリー』のBBSに『拳銃』がらみの依頼が多いのだ。
「そりゃぁ、最近、銃がらみの事件が多いのは知ってたけど……」
画面から目を離し、頬杖をつく。
発砲事件は毎日のようにニュースで流れるし、殺人も少なくない。
「そういや、あの人……なんて名前だっけ? めぐみの彼氏も確か拳銃、手に入れてたわよね」
拳銃を手に入れるということ。普通に生活している人には一生に一度も現物を見ないで終わる代物ではある。入手が――もちろん非合法に――不可能であるかと聞かれたら答えはNoである。本当に拳銃が欲しいのであれば手に入れる手段はいくらでもある。――むしろ簡単とも言える。
簡単に手に入る拳銃であるのだから、それによって事件が引き起こされるのは当然のこと。そのことは――良いことではないのだが――一連の動作としてはごく当たり前の成り行き。拳銃=悪。悪は倒すなどの思いがないみゆきは「いつものこと」と今まで特に関心がなかった。
「モラルはどこ行ったよ、どこに」
思わず愚痴が出る。
一連の拳銃の流通が通常のモノとは違うということに気がついたのだ。
「節操なしって怖いじゃない」
問題は何か? そう節操がないことなのだ。一般的な拳銃の流通において比較的、簡単に手に入るといっても必要なものがあった。それは強固な意志。拳銃を持つということがどういうことかわかっていなければならない。
拳銃とは持つだけで犯罪になる。そして引き金を引くだけで簡単に人を殺せる道具だという事実。――それでも拳銃が必要な人間にしか、犯罪を覚悟した人間にしか手にできなかった。
「何? ワゴンセールでも始めたっていうの? それとも駅前のティッシュ配り?」
だというのに、最近何の覚悟もない人間が銃を手にしている。それも大多数に出回っている。
掲示板でも『夜、コンビニ行った帰りに水商売風の人に拳銃を買わないかと声かけられ、好奇心で買ってしまいました。でも後悔してます。どうすればいいですか?』といった類のが多い。他にも場所ではパチンコ屋、地下鉄、学校。夕方、深夜、早朝のみならず昼間にも声をかけられている。売る人間もチンピラ風や外人、老人までとじつに幅広く共通点が無い。当然、声をかけられる方にも区別がない。
必要がないなら買わなければいいじゃないかとも思うのだが、ちょっとだけ現物に興味があり、それが安価な値段だと聞けば好奇心から手を出した者もいる。また現物をちらつかされて「買わなければ撃つ」と脅迫されて仕方なく買った者もいる。
ゴミ箱やコインロッカーにあったのを見つけて拾った人間もいる。おそらく手に入れたはいいが怖くなって捨てたモノだろうと推測された。
しかし適当に捨てる人間は少ないようだ。警察に届けられる件数が出回っていると推測される数に比べて著しく少ない。指紋や目撃されるなどで自分だとバレるのが怖くて『フェアリー』に依頼するのはまだ救いがある。しかし手に入れた多くが「持っていればもしもの時」という考えからどうも手放さないようだ。
「警察は銃が出回ってること知ってるはずだけど……」
銃がらみの事件の場合、その出所を探すのは捜査の一環。最近の事件はどうも同じタイプの拳銃らしいので関連づけては考える。しかしニュースなどではそのことが発表されていない。
「情報操作か、……わからなくはないけど」
立ち上がり、ベットに身を投げる。
拳銃が簡単に手に入る。その事実を公表すると知らなかった人間が手に入れようとする危険が簡単に予測できる。
「その段階はもう過ぎたっしょっ」
密売グループはインターネットという手段を使っていない。足がつかないようにしているのだろうが、口コミで広がっている。
買った人間がツイッターなどでおもしろ半分に広めているようだ。武器とオモチャの区別がついてないのだろう。
「まいったなぁ~」
髪をいじる。
目的もなく拳銃を所持している人間ほど怖いモノはない。衝動的に無差別ということも十分ありえる。無差別ということは自分も、そして自分の知り合いも巻き込まれる危険性がある。――それほど危険で怖いモノはない。
「でもねぇ~」
情報はいくらでも手に入れることはできる。
対策を講じることもできる。
――ただ手段がない。なんといっても自分は非力な女子中学生なのだ。
この場合一番いい方法は密売している人間を一人残らず調べ、警察に情報を流すことだ。
しかしそれには問題がある。この件がうまくいっても自分の存在が『フェアリー』という存在が目立つのは避けたいのだ。
今の状態は都市伝説と言った感じで『フェアリー』の存在は眉唾ものとされている。カムイのセキュリティーのたまものだ。
その現状は実にありがたい。『フェアリー』の存在が公になったとしてもカムイがいる以上問題はないが、それでも動きにくくなることは確かだ。
「どうしようか」
天井をじっと見上げて悩む。
まだ対岸の火事である。取り急ぎ何か対策をとらなくてはならないということもない。
ただ漠然とした不安がある。
『BBSニ、掃除屋様ヨリ至急ノ依頼が届キマシタ』
「掃除屋から?」
その言葉に身を起こす。
「千鶴さん? それとも……」
『千鶴様デス』
「……ちょうどいいかも、カムイ開いて」
みゆきはディスプレーに移動する。
『OK』
画面に映し出された内容はまさに今考えていることにうってつけだった。
<お久しぶり。早速だけど最近の銃が街に出回ってること知ってるよね。後ろに大掛かりな密輸組織がいると思う。その情報をくれない?>
「なるほど……ね」
メールの主も拳銃事件を知っているらしい。ただ方法として根こそぎどうにかしようとしているようだ。
「あの人、銃嫌いだからなぁ~。……今回は千鶴のお姉さんところに任せようかなぁ~。……どうせほっといてもやるだろうし」
みゆきがカムイのメルヘン・システムで知った事実の一つにこの世には裏稼業と呼ばれるモノがあるということ。ただ想像していたような――漫画やドラマ――ような個人主義的なものではなかった。
例えば千鶴という女性は『掃除屋』と呼ばれる仕事をしている。掃除を依頼されれば名の通り掃除をする。――それが例えどんなものでも。今回はおそらく「拳銃をどうにかしてくれ」と依頼されたようだ。それで情報を探しているのだろう。情報さえ渡せば千鶴を筆頭にそこのスタッフが「掃除」する。
今のこの時代一人で何でもできるわけではないので裏稼業も分業制になってる。もっとも何人もスタッフがいると便利ではあるがその分目立ちやすくなるという問題もある。それをカモフラージュするために彼女たちは普段は『清掃業』を営んでいる。表では『清掃業』ということでオフィスや店などを掃除し、裏では『掃除』をしている。
カモフラージュに表で本業をしているというのは『掃除屋』に限ったことではない。
例えば表では『クリーニング店』、裏では『洗い屋』と呼ばれることをしている裏稼業もある。『洗い屋』とは盗んだり誘拐などで得た金を「洗う」のだ。洗うといってももちろん水で洗うのではない。警察などが札一枚一枚の番号を控えていると、うかつに使うと捕まる恐れがある。それを避けるために番号のバラバラの札に変更するということを「洗う」と表現している。
また表ではまっとうな『質屋』をし、裏では盗品を金にかえている仕事をしているといったように二つの顔を持っている。
他にも『運送会社』『ファミレス』『コンビニ』『新聞社』など上げればキリがない。
(まぁ、そんな世の中だから中学生しながら情報収集家ができるんだけどね)
こめかみを指で軽く叩きながら考える。
「――正義の味方さんに任せましょうか。カムイ! 銃の密輸組織調べて。最近大量に輸入したところを。……これはすぐできるかな?」
『YES』
こういった組織は連絡を密にする場合が多いので端末に触れる機会が多い。つまりはメルヘン・システムに引っかかりやすい。
「そう。じゃあついでに千鶴さんに明日の午後十時にチャットくるようにメールしといて。パスワードはいつのも「掃除屋」でいいから」
『OK』
みゆきは千鶴に好意を持っていた。
裏稼業はシビアなビジネスの世界だ。違法な存在で違法行為をするから当然見返りの報酬は高くなる。また成功率と報奨金の折り合いがつかなければ仕事を受けない。それが当たり前の世界だ。
それなのに千鶴という女性は――会社の意向が例え引き受けない方針であっても――自分の正義を貫く。その要因として彼女が掃除屋になった経緯と、いまだに掃除屋を続けていることがあるのだが。それでも彼女の生き方に強い関心があった。
(それに……危なっかしいし)
特に拳銃が関係すると彼女は突き進む。冷静でなくなるとも言える。ほっておくには危険すぎる。
「じゃっ、まかせた。後は明日考えることにして……」
そういって一つ思い出す。
「そうそう、明日はパパのトコ行くから少し遅くなるか……。なんか緊急なコトあったらスマホのほうにメールしてよ」
『OK』
机の脇に置かれた携帯電話の充電を確認。少なめだったので充電器につなぎつつ、
「今日はもう止めようか。カムイ、閉じといて」
と指示を出す。
『ゴースト様ヨリ、メールガ届イテイマス』
「――『ゴースト』! ってあの『ゴースト』?」
立ちかけた勢いを止め、座り直す。
『YES』
「……あいつから? マジで!」
瞳を丸くする。それほどの衝撃があった。
「開いて、…………ってあたしのメアドに送ってきたの? 何で知ってるって……いうまでもないか」
『フェアリー』としてのいつでも破棄できるメールアドレスではなく、『管みゆき』が普段、個人的に使っているメールアドレスに送ってきているのだ。もちろん『ゴースト』と呼んでいる人間には教えていない。だというのにこの状況にみゆきは――不本意ながら――納得する。
<『悠久の櫻』を知っているか?>
「はぁ~?」
随分と間の抜けた声を出す。タイトルもなく、本文項にたった一行のメール。
「……意味なしってことは無いよね。わざわざ接触してくるんだから」
握った拳で口を押さえ悩む。
「これだけだよね? 添付ファイルとかもない?」
『YES』
「う~ん、単に調べてくれってコトはないよね? 仮にもあの『ゴースト』が」
『ゴースト』とはコードネーム。裏で「情報屋」として活動している。『フェアリー』と同業者なのだ。もっとも互いに今までコンタクトを取り合ったことはなかったが存在だけは知っていた。
裏稼業において「情報屋」と呼ばれるもので最も有名なのは「新聞社」である。基本的に情報とは人間の足で得るのがもっとも正確で量が多い。表では日本最王手の新聞社は全国に散らばった新聞記者から新聞配達のバイトまで多くの人材がいる。「新聞社」はまさに情報屋にうってつけである。また最近では何でも売っている『コンビニ』が扱っている情報も侮れない。
他にも情報を扱っている裏稼業はあるが、それらのほとんどは人海戦術でありとあらゆる情報を集め、必要としている人間――もしくは企業――に相応な値段で売る、といった形式である。
そういう情報業界の中で『フェアリー』と『ゴースト』は異端児という位置づけで同業者から嫌われている。情報の仕入れ方から売り方までのすべてが例外なのだ。その最たる特徴として二人とも個人で情報を収集しているということ。そしてそれなのにも関わらず他のどの情報屋よりも情報を有しているのだ。しかも基本的にタダで情報を渡している。他の情報屋とつるまないどころか敵に回しているのだ。
「あいつも趣味みたいなものでしょうけどね」
『ゴースト』がなぜ情報収集をしているかは知らないが多分自分と同じようなものだと判断していた。――すなわちそういう能力があるのだと。
『オカルト・ネットワーク』――自分と同じタイプの情報収集している人間がいるという事実を知ったとき、『ゴースト』がそう呼ぶ能力があることもわかった。その能力は『メルヘン・システム』のみゆきがいうのもなんだが非常に不思議で不可解な能力だった。しかしその能力があれば世界最高の情報収集家『フェアリー』と同等の情報収集ができる。くやしいがそれは認めざるを得ない。
「試されてる? それとも……」
髪を大きく揺らしながら天井を仰ぐ。
今まで近い存在でありながら接触しなかったというのに今日の突然のメール。当然何か理由があるのだろう。
「まあいいわ、のってみようか」
つぶやく。相手の思惑はわからないが無視するのは「逃げた」ような気になる。世界最高の情報収集家を自称する身としては同等の能力を持つ相手に背中を見せられない。身を起こし、メールを開いたままのディスプレーを見る。
「カムイ、その『悠久の櫻』についても調べて。これは明日、授業中にヒマつぶしで読みたいからスマホにメールして」
『OK』
「負けないわよ。ねっ、カムイ!」
拳を作りディスプレーに向かって微笑む。
『YES』
即答してくれるカムイが実に頼もしかった。『ゴースト』の真意は計り知れないが負けるはずがない――そう確信している。