2-1
「うみゅぅぅ、あんまし気がのらないなぁ」
フェアリーのホームページの依頼用BBSを見てみゆきは肩を落とす。
ここ最近、依頼の数自体は増えてきている。しかしみゆきの気分を高揚させてくれるモノは今日のところまったくなかった。
先週1週間に「テイル」、「めぐみ」といった2件の依頼に応じた。
週に何回依頼をこなすと行ったノルマのようなものがあるわけではない。だいたい依頼をいくら受けようがみゆきに何の利益もない。だから気がのらないなら受けなくても構わない。そういったものであるのだが……。
「うー、ヒマっす」
ただ単にみゆきが暇なのだった。中学二年生が始まったばかりのこの時期にこんなこと言うのは少々問題かもしれないけど偽りのない事実だった。
利益はないが何も得るモノがないわけではない。人物ウォッチングをかねた、知的好奇心の充実――暇つぶしにはもってこいだった。
とはいえ、その暇つぶししようにもBBSに書き込んでるのはいつもとそれほど変わらないくだらないことばっかり。
『猫を探してください』『恋人の浮気調査』『鉄砲』『宇宙人』『アイドル情報』『最近見なくなった芸人の行方』『競馬の万馬券』『犯人の行方』『NASAの秘密』などなどいまいち面白味にかける。
「競馬の万馬券……かぁ」
強いてあげるとこれはおもしろそうではある。
万馬券の情報を信じて全財産かけることができるのか? ――という葛藤は見ていて楽しそうな気がした。
また急に手にいれた大金をどう使うのか? ――も実に見物ではある。
「でもねぇー」
フェアリーにも――正確にはカムイにもだが――できないことはある。
動物のすることはわからない。動物は基本的に端末に触れないし、よしんば触れたところで動物の思考まではさすがのカムイもデーター化できない。
だから『競馬の万馬券』については、どうしようもない。ちなみに同じ動物系の依頼、『猫の行方』、これはできなくもない。確かに猫からの情報は手に入れられないが、猫を見た人間から手に入れるという方法はとれる。しかし猫がそこにじっとしているわけではないので正確に場所を絞り込んでとことは難しい。
残りの依頼はというと分類的に知ったところでどうしようもない情報と、知らない方が幸せな情報。
(それなりに覚悟があるなら教えてもいいけどねぇ~)
そういった情報は聞いてくる人間もダメ元のつもりで聞いてる場合が多いので教えようとも思わない。
「むぅぅぅ、ヤメヤメ!」
マウスを放り投げるように放す。
フェアリーは開店休業でも特に問題ないと一人うなずく。
「カムイ、ニュース見せてー」
『OK』
みゆきの言葉に反応しカムイは返事と同時に画面を切り替える。
インターネットの大手検索サイトが運営してるニュースのページ。ナイター速報は興味がないので無視して読み進めていく。
「うーん、こんなもんか」
特に夕方のニュースと代わり映えしない。政治の問題、銃の発砲事件、企業の経営破綻、医療ミス等々。これらはマスコミの報道通りのこともあれば、全く逆な真実もある。
そのあたりのニュースで流れることは確かに興味深く、真実には強く惹かれるモノがある。フェアリーの掲示板に真相を知りたいと書き込んでくる多くいるが、その気持ちも分からないでもない。
現にみゆきもカムイがどんな情報でも手に入れると知ったときには面白がって日々のニュースとか話題の事件などの真相を知っては喜んでいた。隣人が信じられなくなるようなことから国家転覆するほどのネタまでなんでもござれ。
――でもある日気がついた。
世の表に出ない情報にはそれなりの理由があることに。
裏で権力使って、また財力を使ってまで隠そうとするには――単にその人の保身のためもあるだろうが、一般人には知らない方が幸せな場合もある。
当事者以外はいくら口で「怖い」だの「信用できない」、「危ない」だの言ったところで所詮は人ごとのようなところがある。そんな人間に「実は世間はこんなに危険なのですよ」と「あなたは実は思ってる以上に護られてないのですよ」と教えて意味があるだろうか?
世間のほとんどの人はいくら不平不満を口にしていても、心のどこかでは平穏無事でいるのだ。わざわざ、無理矢理その心をかき乱すことはない。
――不公平と思うだろうか?
知る権利があるとでも言うだろうか?
それでも大多数の人は特に大きな問題に巻き込まれることなく生きていける。
そして知ったことによって危険に巻き込まれることから避けれる。
(真実を知ることのリスクなんて、……誰も考えてないのよねぇ?)
そういうみゆきとてはじめはそのリスクを知らなかった。
だから闇に埋もれた真実を手に入れてた。それはもう、片っ端から。結果みゆきは今かなり危険人物である。もしも政府機関にコンタクトとられるとみゆきは逮捕されるに十分の真実を知っている。
そうなった場合力ムイは没収。その能力を国の権力者が自分の利益のためだけに使うことになるのは目に見えている。
リスクを悟ったときからみゆきは極力、国家機関だの警察だのを避け回っている。それらは敵に回すのは賢くなく、だからといって味方にするのも愚かだ。利用される危険性も十分ある。
幸いにもカムイにはそれができる能力があるのでみゆきは日々、安心して暮らせている。そうでなければみゆきは今頃、ビクビクとおののき震えながら生きていくことになっただろう。
みゆきはカムイという存在があるから好き勝手やっている。「フェアリー」を始めたのも保身が完璧なら、少しは表に出たいという顕示欲。渡しても大して大事件にならない情報で、それを欲しがっている人間への人助けになるならという親切心。もっともイタズラ心が完全にないのかと言われると否定できない。
「よしっ!」
昨日買ってきたテイルがノドから手がでるほど欲しがっていた『エターナル・ガーディアン』をもう一回見ようとする。一度見てそこそこおもしろかったから暇つぶしにはなるだろうと思ったのだ。
イスから立ち上がりBlu-rayをしまってある棚に行く。フィギュアまで入ってる大きな箱は少々ジャマな気もした。みゆきは初回限定にはそれほど興味がなかったがせっかくだから手に入れたのだ。予想以上にデキのいいヒロインのフィギャアは確かにテイルならずとも手に入れたくなるのもわかる。
(でも東京から岡山に買いに行くなんてねぇ)
Blu-rayはカムイでも再生できるので箱からケースを取り出す。。
――ピンッ
イスに座った瞬間カムイ本体から音が鳴る。
みゆきはいきなりでビックリするものの、気を落ち着かせて机の開いたところにBlu-rayのケースを置く。
「――ん? 何かあったの? カムイ」
『BBSニ、新着ガ、アリマス』
「ふーん……じゃあつないで」
『YES』
みゆきが離れている間にスクリーンセイバーになっていた。アニメーション調の大きな星が月にぶつかり小さな無数な星になって散らばっていくっといったもの。その画面がホームページのBBSに切り替わる。そのいくつもあるタイトル欄に『New』という印がついているのものを目で探す。
『人を探してます』
カムイは依頼人が書き込む時に付随する残留思念を常にチェックしている。そのチェック項目には本気かどうかがある。その中でも藁にもすがる思いの人にはタイトルの横に泣き顔のマークがつけることができる。このタイトルの横にはみゆきの指示もないのにすでにマークを付いてある。
(さっきから暇そうにしてるからカムイが気を使ってくれたのかな?)
とりあえずクリックしてみた。
<恋人が急に行方不明になりました。もう十日になります。同じ職場で働いていたのですが会社にも連絡なく、警察に頼んでも探してくれません。探偵にも依頼したのですが連絡がありません。
何かの事件に巻き込まれているのではと思うと心配で夜も眠れません。何とか探してもらえませんか?
彼女の名前等はさすがにネットに書き込むのはエチケット違反ですのでとりあえず伏せときます。引き受けていただけるのならメールをください。折り返し、名前などを送ります。
お願いです、ぜひ引き受けてください リュウ>
「……うーん」
読んだ後、頬をついて考える。
文面から見るとかなりせっぱ詰まった状況のようではある。しかし個人情報を誰の目に触れるかわからないBBSに書き込まないといった常識的判断ができるところを見るとまだ取り乱してはないようだ。
行方不明だからといって簡単に公表すべきではない。プライバシーは保護すべき。その考えは実に納得できた。
もっとも自分のメールアドレスをのせてるのだから、フェアリーでない人間からのイタズラメールを避けたかっただけかもしれない。――それも重要ではある。
(……さて、どうしよう)
「カムイ、すぐに返信して。至急メール送れ……って」
自分でキーボード叩いてもよかったのだが急ぎだから――自分がフェアリーとしてメール作成するとどうしても遊びたくなるから――カムイにまかせることにした。
『OK』
本当はメールよりチャットで直に聞いた方が都合がいい。本人は全部伝えたつもりでも調べる身としては聞いとかなければならないこともある。それが致命傷にならないまでも遅れにつながることは実にあり得る話だ。
でもカムイなら関係ない。
「それとこの……リュウってやつからメールきたらイロイロ情報引き出しといてね」
『YES』
この場合、メールを送信してから依頼人のパソコンを常にマーク。依頼をしてきた以上メールのチェックはするだろう。しかも内容がない用だけに頻繁にするだろう。端末に触れた瞬間から離れるまでの間にカムイはいくらでも、またどんな内容でもその人の持つ情報すべてを引き出せる。
他人にはプライバシーは保護すべきという考えだが、自分は違う。依頼人をチェックしとくのはプロとしては最低限の義務と考えているからだ。みゆきの持ってる情報は国家転覆させることすら可能なのだから自衛が必要なのだ。
(それにあたしは保護すべき情報は絶対に漏らさない。情報収集家フェアリーの誇りにかけてね)
「メールきたら至急教えて」
「YES」
ちなみにリュウに送るようにしたメールアドレスはみゆき個人の合法なモノではない。このホームページと同様、フェアリーと活動するために得たアドレス。BBSとチャットルームだけでは何かと不便。かといって身元を隠している都合上、個人的なメールアドレスを使うわけにはいかないからだ。これなら足がつきそうならすぐに破棄できる。もっともコレも出所不明なのだが。
『メールヲ受信シマシタ』
Blu-rayやニュースなどを見て時間をつぶすこと2時間。午後10時に待望のメールが届いた。ディスプレーを見るともうすでに報告書も作成されていた。みゆきはとりあえずメールから開くことにした。
「……意外」
作成されたメールにはある一点を除き、人捜しを依頼する際に渡す情報としては十分及第点をあげられる。名前や年齢、職業、資格といったいわば履歴書。顔立ち、髪型、身長などの外的特徴。その人の行動を特定するのに必要な趣味だの趣向といった内的特徴。
「……そうかよく考えたら一度探偵に依頼してるって書いてたっけ。その時聞かれたことをそのまま書いたのかな?」
大森操。二五歳。シルバー社勤務。身よりは無し。
「年齢はサバよんでるかもしれないわね、……うーん、ここまでちゃんと情報あるならカムイなら楽勝でしょ」
欲を言うならついでに写真が欲しかった。これはデジカメとかスキャナーとかでメールに添付する術を彼が持っていなかったわけではない。これについては本人もただし書きをしている。
<操は写真を撮られることを極端に嫌いました。プリクラや携帯のカメラさえ拒否したので手元に写真はないのです>
みゆきはエクボのでるところに人差し指を置き、首を傾げる。この一文がヤケに引っかかった。
「なんでだろ?」
写真が嫌いな人は確かにいる。この二人の関係がただの友人・知人とかいうなら写真がないのもわかるが、恋人だと言うなら話は違う。
25歳――とりあえず自己申告を信じる―― くらい女性の恋愛に長けてるわけではないが、なぜ頑なに写真を拒否するのか理由がわからなかった。二人の思い出にという理由で写真を撮らないのだろうか?
みゆきはまだ恋愛に興味はないが友達とそう言った話はよくしている。
例えば友達はプリクラを撮って彼氏のスマートフォンに貼らせてる、浮気予防のために。みゆき的にはそちらのほうが理解できた。ある程度、嫉妬心だの束縛する意図だのが見えるほうが自然だ。
「でもまぁ……」
彼からのメールを読んでみゆきは彼女が事件に巻き込まれた可能性は低いと確信した。彼女は恋人に気づかれないように辞表を出しているし、住んでいたアパートはすでに引き払われている。それも出て行く前に自分でしていったと管理人の証言もある。これはどう考えても彼女の意志だろう。
「……まさか」
不意に思いついた考えに、みゆきの眉間に皺がよる。
「じつは依頼人の男が一方的に恋人と勘違いしてるんじゃないでしょうね。ストーカーまがいの男にイヤになって夜逃げしたとか言うオチならキレるわよ!」
みゆきはマウスを操作し今度は報告書を開く。
「大石辰弘、8月3日生まれ。29歳。シルバー社、第二広報部係長……エエッ!?」
読みながらカーソルを進めていくと意外な文字が見えた。
「大石敬三郎の……孫? ホントにって……カムイが間違えるわけないか。またスゴイ人がアクセスしてきたなぁ」
目を大きく開き、驚愕する。芸能人・文化人・著名人など情報は知っているが実際にその人と関わったことはないし、その知人ともだ。
大石敬三郎という男がいた。シルバー社の創設者で20世紀の怪物として名を残している。シルバー社――テレビゲーム会社――を裸一貫立ち上げる。ワンマン経営むしろ独裁経営に近かったらしいが、80年代後半から21世紀初頭までその業界でダントツのトップに立っていた。
すでに故人であるが彼の息子が跡を継ぎ、今現在でもゲーム業界の老舗としてトップクラスの会社である。二代目は父親の優秀さを受け継がなかったと口の悪い週刊誌などでは言われているが、実際のところ父親に負けないほど優秀。敬三郎の亡き後、押さえに押さえつけられていた重役たちの反乱を抑え、自分の地位を確保しながらの経営は簡単なモノではない。
「……まぁここ十数年は単に迫ってきた相手が悪かっただけよね」
みゆきの伯父が陣頭に立って久遠社が制作した新タイプのゲームは世間の話題をかっさらい、ゲーム業界一位になったというのは別の話。
それでもシルバー社は優良企業ということだ。
「……あれっ?」
ふとあることに気がつき画面に顔を近づけ、目を細めて彼の所属を見る。
「ねぇ、カムイ。確か第二広報部ってあそこじゃぁ閑職じゃなかったけ?」
『YES』
「……どういうこと?」
普通に考えるなら彼は次期社長候補。それが若い今の時期に閑職にいるということは不可解だった。可能性として考えられることは……。
「やっぱりね」
さらに下に読み進めていくと彼が今なぜそこに配属されているのかが書かれていた。それはみゆきの予想とほぼ同じだった。彼の方は消えた恋人よりも思考は簡単だった。
――この二人に一体何があったのか?
――彼女はなぜ突然消えたのか?
「ふぅ」
天井を見るように顔を上げため息をつく。
興味はあるが面白いだろうか?
「…………」
天井を見ていながらも見ていない。そんな状況の中ボーと考える。
「よしっ!」
みゆきは頭を下ろし、画面を、いやカムイを見る。
「カムイ、彼女の足取り追って! あとどうして恋人の前から消えたかその理由も」
『YES』
みゆきの言葉に程なく返事をする。そのことに思わず微笑みながら。
「お願い、できるだけ急いでね」
『OK』