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「……マジ!?」
翌日、学校から帰ってきてカムイが作成した報告書を読んでみゆきは少し、いやかなり後悔した。みゆきが考えていたより複雑で、めぐみに情報を流すと確実に話がこじれる。
「……かといって流さないと銀行強盗は確実に殺人まで犯すねぇー」
情報収集をしてるとたまにこういう出来事に出くわす。
みゆきが何もしないと悲惨なことが起きる場合。
そしてみゆきがどんなに手を尽くしても後味の悪い最悪なコトしか起きない場合。
「今回の場合は……さてどうしたモンかなぁ。あたしは正義の味方じゃないし、何でもできるワケじゃないんだよねぇ」
みゆきには自覚がある。自分は情報収集家『フェアリー』。すべてを知ってる、ただそれだけの一傍観者。情報をプレゼントするという形で関わるとはいえできることは限られている。
(それだから、――それだけに後悔しないようにはしたいんだけど……)
みゆきはとりあえず彼女に連絡し、チャットで話を聞くことにした。
フェアリー≫はじめまして、めぐみさん。
めぐみ≫はじめまして、あの本当に分かったんでしょうか?
フェアリー≫信頼してもらいたいですね。これでも世界最高の情報収集家ですよ。
今日はおふざけなし。
(というか冗談が多分通じないだろうしね)
みゆきは一つため息をつく。
めぐみ≫すいません。信じます。だから教えてください。
『アア、ドウシヨウ? 機嫌ヲ損ネタカシラ?』
「やっぱりね。……あたしの軽口も本気で怒ってると勘違いするなんてね。余裕が足りないみたいね、気持ちはわかるけど……」
背もたれにゆっくりと身を任せる。自分の行動で報道されるニュースの規模が変わる。――もっともそれは彼女の行動でも同じコトだ。鼓動が少し早くなる。緊張を自覚しているのかゆっくりを呼吸をする。
(……いいわ、そのつもりでいこう)
フェアリー≫その前に一つ質問。貴女は恋人が銀行強盗をする理由を知ってますか?
『――!? ナンデ知ッテルノ?』
「……アレ、なんで?」
絶句するめぐみを不思議に思う。
「ああ、そうか! 恋人が銀行強盗するなんて書いてなかったっけ」
隠してたことを知ってることに驚いたのだ。
何でも知ってるということは相手の隠していることも知るということ。また本来は知らないことを知っているということは人によっては不快になったり、恐怖を感じたりする。
そのことをポロッと口に出したことはみゆきの失態。
(……まあいいか)
リアルでそんなことすると問題になるがこの場合は何とかなる。
フェアリー≫どうして知ってるなんてヤボな質問は無し。何度も世界最高の情報収集家って言わせないで
めぐみ≫はい。すいません。
みゆきは開き直ることにした。しかし説得力があったようだ。めぐみはあっさり納得した。安堵で胸をなで下ろしながらチャットを続ける。
フェアリー≫で、どうしてか……知ってる?
めぐみ≫分かりません。昔から真面目ないい人で私と結婚の約束をしてくれたのに。
『……ドウシテヨ。一緒ニ幸セニナロウッテ言ッテクレタジャナイ』
スピーカーから聞こえてくるのは――彼女の心の叫び。
「……ホントに知らないんだ」
とはいえ言わなかった恋人の気持ちも分からなくは無かった。話が話だけに。
みゆきは手を止め考える。
(結局バレるんだから教えてもかまわないかよね)
そう結論づける。みゆきは真剣な顔でキーボードに触れる。
――それに知らずに彼を止めれない。
フェアリー≫じゃあ、まずそれから教えましょう。実はあなたが高校を中退する原因となったことが背景にあります。
『……ドウシテ!?』
スピーカーからの言葉をみゆきは無視。
フェアリー≫16歳から始めた援助交際が17歳の時に発覚、運悪く新聞沙汰になり退学に至る。
めぐみ≫止めて!!
『止メテ! 止メテ! 止メテ! 止メテ! 止メテ! 止メテ!』
チャットだけじゃなく心の絶叫までも起きる。めぐみにさぞかし思い出したくない過去らしい。誰にでもある消したい過去。それを抉るのはみゆきにとっても決して楽しい作業ではない。
(――でもね!!)
そのことが今回の一因なのだ。拒絶は許されない。
フェアリー≫そんなにイヤなら落ちなさい!! 耳を塞ぎ、目を閉じ、身を小さくしていればいい。
――でも情報欲しいなら黙って聞きなさい!! あなたのその忘れ去りたい過去から目を背けて語れるほどこれは優しい問題じゃない!!
落ちるならみゆきはめぐみを軽蔑するだろう。そしてこの依頼と、これから起こるであろう事件に関係を持たない。
「大した理由も主義主張もなかったころの過ちで、どれだけ苦しんだかは知らないけど、結局悪いのは断らなかった自分でしょ!」
――でも落ちないのなら、向かい合うというのなら……。
『……一体ドウイウコト?』
スピーカーから聞こえるめぐみの戸惑い。
フェアリー≫どうする? 続けていい?
めぐみ≫はい
自分の過去から目を背かないのは恋人の為か?
――何にしろなら逃げないというのなら……。
「いいわ、……協力してあげる」
ディスプレーに向かって少し微笑む。
フェアリー≫遠山美春。覚えてるよね。あなたに援交をすすめた人。あなたは運悪く新聞沙汰になり、退学することになった。あなたはその後遠山美春とは音信不通で彼女がどうなったか知らないだろうけど、彼女はあなたを見て怖くなったのか援交からピッタリと足を洗い、普通に生活。短大に進学。
よく聞く話。みゆきはカムイの報告書でこのことを知っても珍しい思わなかった。もっというなら遠山美春がひどいとも感じなかった。
やや緊張が解けてきた。続けてキーボードを叩く。
フェアリー≫今年の春、東部銀行に就職。今北千住支店の窓口で働いてる。
『……マサカ?』
フェアリー≫東部銀行は君の恋人がよく利用しているし、恋人が働いているのは北千住。……そこまで言えば分かる? そうあなたの恋人はお金をおろすときにたまたま窓口に座る彼女を発見した。
そしてこう思った。「めぐみは学校を退学になった。それなのにめぐみを援交に誘った女は高校どころか大学まででて有名な銀行に就職している、こんな不公平なことがあるか!!」ってね。
めぐみ≫じゃあもしかして
フェアリー≫そう、銀行強盗は二の次。遠山美春を殺す気よ。
めぐみの恋人は高校のとき一つ上の先輩。めぐみが援交していた時から付き合ってはいたが彼は彼女が援交していたのは知らなかった。知ったのは情けないことに学校で騒ぎになった時にだった。それを知った彼だが別れるという選択肢はなかったらしい。彼女のことを真剣に好きだったからだ。退学になっためぐみは当初悲観にくれていたらしいが、そんな彼の優しさに触れ立ち直り、フリーターとして生活。それから四年、結婚の約束をした矢先の出来事だ。
フェアリー≫彼は……いい人ね。でもちょっと、思い込みが激しいかな? 結婚を申し込んだときにちょっと困った顔をしたあなたを見て、結婚に反対している彼の両親に皮肉を言われたときのあなたの顔を見て、過去の古傷を思い出したみたい。
『ソンナ……私ハ、ソンナコト思ッテナイ』
フェアリー≫あなたは悪い人ではない。でもだからといって……いい人でもないわよね。ちょっと小遣い稼ぎのために誘われるがままにした援交。断ることもできたのにずるずると続けたのというのに「悪い男に引っ掛かった」と自分のしたことを棚に上げて悲劇のヒロイン。弱い人。
カムイの報告書によるめぐみとその彼の人柄。
誰しも過ちは犯す。でも立ち直れる。――それは事実だ。
実際この二人はその直前までいっていた。ただほんの少しのすれ違いが、想いのズレが悲劇を引き起こすことも――事実だ。
フェアリー≫でもこれからはそうはいかない。強くならないといけない。
――そうでしょう? お母さん
『――――』
スピーカーから息をのむ音が部屋に響く。それからしばらくして、
めぐみ≫そこまで知ってるの? まだ誰にも言ってないのに……。
フェアリー≫何度も言わせないでって言ったよ。
みゆきの気持ち的にめぐみのような人間はあまり好きではない。世間が悪い、運が悪いと現状に決して満足しないタイプは。
確かに上を見ればキリがない。だからといってそんなに自分が不幸だろうか?
幸せはどこにでも転がってると思う。めぐみだって愛してくれている彼氏がいるのにそれだけには満足できず、物欲も求めた。
「ホントは見捨ててもいいんだけど……今回は特別よ」
フェアリー≫この世は確かに不公平で、いろんなことに不満がある。でもね、あたしは不幸じゃない。そう思ってる。……あなたはまだ違う? でもお腹の子供は――きっとそう思いたいよね。
めぐみ≫はい
『ゴメンナサイ、アリガトウ』
合成音だから声質まで分からないかったが、みゆきにはめぐみは泣いてるような気がした。