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少女――管みゆきの使っているパソコンも今流行りのAI搭載型だ。ただしタダのではない。確かに分類としてはAI搭載型だが、量販店などで買える既製品のAI搭載型ではない。
AI搭載型の特許を取っているのは久遠社という今現在、日本で有名な会社の会長――二十一世紀最初の天才技術者と言われる――菅総一郎。大学生の時からコンピューター工学の世界では天才の名をほしいままにしていた人物。学生時代片手間につくったゲームで一山当て、それを元手に会社を作り好き勝手研究していた。枠にとらわれない常識はずれな男で周り――側近や家族――に多大な迷惑や気苦労をかけている。久遠社は一応ゲーム会社であるが彼の制作した――これもある意味道楽――コンピューターやAIは一般人のみならず業界人さえもビックリするくらいの高性能で、今ではそちらの方が売り上げが多いのだから周りの人間もそう強くモノを言えないらしい。
天才となんとかは紙一重とか自由奔放とかいう名高い悪名と、それにも勝る功績をもった菅総一郎、実はみゆきの実の伯父なのである。総一郎はみゆきを非常にかわいがっており、毎年誕生日に――もっとも誕生日に限ったことではないが――色々プレゼントをしている。みゆきもプレゼントくれる上、彼女にとってイロイロ面白い話をしてくれる叔父は大好きで、なついている。
つまりカムイ――彼女がつけたAI搭載型のコンピューターの名前――は去年の十三歳の誕生日に中学入学祝いと一緒に併せてもらったもの。家庭用に性能を落とした廉価版でなく久遠社の誇る会長お手製のスーパーコンピュータで制作されたオリジナル。全ての元になったAIから直接株分けしたもので業務用と言っても過言でもないコンピュータに移植したものなのだ。
つまり既製品ではなく一点物なのだ。もっというならAI搭載型の中では久遠社にあるスパコンを除くとみゆきのカムイが世界で一番高性能ということ。
伯父だけでなくその弟――みゆきの父親――も同じ会社でコンピューターに関わる仕事してる。だからといってみゆきはあまりパソコンに詳しくない。本人も正直持て余すかなと思っていたがそんなことにはならなかった。カムイの性能は彼女の想像をはるかに超えていた。
みゆきがこういった感じのホームページ作りたいって言ったら自動で制作した上に管理までしている。普通ではこうはいかない。AIは指示をしてくれるが自分で手を動かさなければならない。
とまあ、非常識なほどの高性能を持ったパソコンであるがそんな性能すら普通に思えるほどの機能もしくは――パソコンにこう表現するのは不適切かもしれないが――能力が備わっていた。製作者の総一郎でさえ知らないカムイに偶然備わったチートといえる性能に気がついた管みゆきはとんでもないことを始めた。今ネットで話題の自称「世界最高の情報収集家『フェアリー』」の正体は若干十四歳の女子中学生。それも何の苦労もなく暇つぶしで情報を収集していることを情報収集を生業としているプロが聞いたら一体どんな顔をするだろうか?
少し冷めたカプチーノを飲みながら時計を見るとまだ12時になっていない。いつもの就寝時間までもう少し時間あった。
「ついでにBBSもチェックしとこうか」
そういうと画面がチャットのページからBBSのページに切り変わる。それもこのホームページ専用ルールのページは飛ばして書き込み一覧のページへ。
「ホント気がきくよね、あんたは」
さっさとチェックだけしたいという気分を察したかのように時間を省略。そのなにげないことにひどく感心する。
みゆきは毎日誰かに情報をあげているわけではない。それでもチェックだけは毎日することを心がけている。みゆきなりに情報提供してもいい基準を満たした人の欲しがっている情報は火急の場合もあるからだ。
「新着は何件きてる?」
『31件、デス』
「ふーん、平日にしては多いなぁ」
週末の時間があるときにネットを存分にしようという人が多いのか週末には100件を越すこともあるが平日はいつも20件前後。
「イタズラ、冷やかしは何件?」
『12件、デス』
すると画面のそれぞれのタイトルの横に黄色もしくは赤色の四角いカードのような印がつく。黄色1枚の表示が6つ、赤いカードが6つ。
彼女はサッカーを見て思いつき、カムイに指示した表示方法。イエローカードとレッドカードを表している。
カムイにかかればイタズラだの荒らしとかいう気持ちで書き込んだことはすぐに分かる。また1回1回ハンドルネームや送る端末――自宅だけでなく友達の家やネット喫茶からのアクセスといったように変えてもすぐに分かる。
1回目はイエローカード、つまりは警告。メールで注意をする。このBBSはメールアドレスは必須になっているがそういった人間のほとんどは存在しないアドレスやフリーアドレスを記入しているのだが、そんなことは関係ない。みゆきからしてはむしろそっちの方がありがたかった。――イタズラや嫌がらせをする。次の日に教えてないはずのメインのアドレスに警告のメールが届くというのはゾッとするものがある。世界最高の情報収集家の怖さを身をもって味わってもらえる。
ちなみにイエローカードは1枚まで許すことにしている。今度同じことをしたらレッドカード。今日は6人いた。
「いつものようにイエローには警告文。レッドの人には端末完全破壊ね。自業自得よ、死ぬほど後悔させてね」
個人用としては桁が1桁2桁ではきかないくらいの高性能のパソコン、カムイが作った凶悪なウイルス。それを『メルヘン・システム』で気づかれないように無理やりレッドカード者のパソコンやスマホに植えつける。
これはどういうことを意味するか。初期化しても無駄、本体ごと破壊する。買い換えなければ仕方ないくらいまで破壊する。
「残りは……19件か。タイトルだけでトキメクものないなぁ。……ンッ? 銀行って何よ?」
このBBSの特別ルールの一つに『タイトルは欲しい情報を極力分かりやすく短く』がある。本日の日付のモノでは『犬』『好きな人のこと』『真犯人』『アイドル情報』『車』『海釣りポイント』『急騰しそうな株』『知事の汚職』など雑多なことがあるタイトル。この辺はいつもよく見る項目なのでどんな依頼かは見当がついたのだが『銀行』という単語はみゆきには想像がつかなかった。
「この中で藁にすがる思いの人っている?」
すると『銀行』と書かれたタイトルの横側に泣き顔のマークがつく。
「――ウーン」
頬を押さえ唸る。自分のインスピレーションと依頼人の想いが重なった。
「まあいいや、取り敢えず本文見てそれから考えようか」
みゆきは『銀行』と書かれたタイトルをクリックした。すると画面は本文を映し出す。
<今、銀行強盗に狙われている銀行とその強盗が襲いそうな時間を教えてください。決して犯罪の目的には使いません。お願いします めぐみ>
「……何これ?」
短くかかれた本文を読んで思わずうめいた。理由もなしの用件だけ聞いてくる人は珍しくないが、これはさすがに首を傾げる。
「全国に何店舗あるか分からない銀行の中から今現在強盗計画が立てられている店舗を探し出せっていうの? 変わった人ねぇー。そんなモノが簡単にわかるんなら世の中から泥棒、強盗という職業は成り立たないじゃない。しかも理由も書いてないし……犯罪目的じゃないっていうけどホントかな? ……カムイ、この人メール送るとき何て言ってた?」
『私ガ止メナクチャ。強盗ナンテ成功スルハズガナイ。私ニハ、モウ彼シカイナイ。彼マデ居ナクナッタラ生キテイケナイ……』
みゆきの問いにカムイはすかさずスピーカーから音声を流す。メールに付着していた残留思念を再生したのだ。
「……なるほど、ね」
こんな情報欲しがるってことはよほど切羽詰まってると予想はしていたもののその予想以上にかなりのワケありと悟る。
「つまりめぐみって人の恋人が銀行強盗するつもりで、それを知っためぐみはどうにか止めようとは思ってるってことかな?」
『YES』
無視するのは簡単という選択肢もあるもちろんある。コトはもしかすると大事かもしれない。
「ふぅ」
みゆきはカップに残ったカプチーノを一気に飲み込む。
(この中途半端な状態で忘れろというのは精神衛生上よくないしなぁ。どうするかなぁ)
時計を見ると12時15分を指していた。基本的に12時30分に寝ることしているからあと15分。几帳面な性格なので使ったカップはその日のうちに洗いたい。
「ねぇ、カムイ。もう地図とか警告文の配付は済んだ?」
『YES』
「あいかわらず仕事が早いねぇ、じゃあもう一仕事お願いね」
『OK』
「この依頼人とその彼の個人的な状況やらデーターを。それからその彼がするっていう銀行強盗計画について調べてよ。……時間かかる?」
個人の情報の収集は微妙。カムイはどんな情報でも人から気づかれないように引き出すことができる。かといってまったく制約がない訳ではない。情報を引き出そうと決め、ターゲットに指定。そしてその後にターゲットが何らかの端末に触れるまで待たなければならない。
この時間だとめぐみという依頼人が寝てしまって起きるまで端末に触れない可能性もある。まためぐみから『彼』の特定ができないと、彼の情報もしようとしている銀行強盗の場所を特定できない。
『明日、18:00、マデニハ、調ベマス』
明日は学校が終わったあと英会話の教室に行くので帰宅時間はおそらく午後6時。みゆきの学生生活に支障がでなくフェアリーとしては行動するには決して遅すぎる時間というわけじゃない。
「ウン、いいわ。じゃ、お願い。……あたしはそろそろ寝ようかな」
『GOOD NIGHT』
みゆきがそういうと画面は急に変わりカワイイ羊がピョンピョン飛び跳ねながら柵を越えていくアニメーションのスクリーンセイバーに変わった。
彼女がカムイがただのAIじゃないと思うのはこういうときだ。カムイというコンピューターは状況に応じて何らかの反応をする。――それはパソコンを通じて誰かと会話している、そんな錯覚に陥りそうになる。
それはみゆきにとって実に好ましい。ニッコリと微笑み、
「おやすみ、カムイ」