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フェアリー≫ウェルカム! テイルさん
口調はメールで送ったときと同じ『アメリカかぶれのDJ風』を意識する。彼女はよく自分の素性や性格を偽る。その方が何となく謎の情報収集家という雰囲気が味わえるからだ。子供ッポイっと思わなくもないがそれ以上に気にいっていた。
ほとんど待つことなく『テイル』から返事が返ってくる。
テイル≫こんにちは、フェアリーさん。今回はありがとうございます。
フェアリー≫今日ココに来たってことは覚悟があるって判断してもいいのかい?
テイル≫もちろん!
『アタリマエダロ』
――テイルからの返事がディスプレーに書き込まれると同時にスピーカーからカムイのいつもの合成音が、でもいつもと違う口調で発せられる。
フェアリー≫少々手間がかかるよ。あと¥(マネー)もね。
テイル≫かまいません!!
『アア、シツコイ! 新品、手ニ入ルナラ何デモスルヨ!』
カムイは抑揚をつけないので迫力はないが、それでも強い口調で言っていることを感じる。
これはカムイの能力。カムイはネットにつながる端末に触れた人間の思念をデーター化して受け取ることができる。
――この場合パソコン前に座ってチャットしているテイルが頭で考えていること、もしかしたら聞こえないことをいいことに口にだして毒づいていることをカムイはスピーカーを通じてみゆきに伝えているのだ。
他にもみゆきが欲しいと思った情報の収集を頼むとその情報を持っていると思われる人をピックアップし、端末に触れるのを待つ。その人が端末に触れたが最後、その人が持っている記憶、思念をデーター化し密かに受信しみゆきにに分かりやすい形――報告書を作成――で伝えてくれる。
みゆきはカムイのこの能力を『メルヘン・システム』と名付けた。
彼女にはカムイが何言ってるのかほとんど理解できなかった。――あるいはそれが功を奏したのかもしれない。普通なら気味悪がったり、解析に夢中になったりということはなかったのだ。ただ普通のパソコンとは違うという認識でしかなかった。
(カムイは何故かメルヘンチィックな能力を持っていて、その能力は望めばどんな情報でも―――国家機密からプライバシーまで――手に入れることができる。それをあたしの為に使ってくれるからあたしは世界最高の情報収集家になれた)
彼女にはこの事実だけで十分こと足りた。
フェアリー≫OK! ならば教えて上げよう。今現在、初回限定が販売している店で僕の情報網に引っかかった店は七件。その中でテイルさんが住む東京から最も近い店は岡山県倉敷市だ!
『……ハァ?』
随分と間の抜けた返事がスピーカら聞こえる。
場所の遠さが理解できてないのか、それとも遠さを理解した上でこう思ったのか。
みゆきはカプチーノを口に運びつつ返事を待つ。
テイル≫岡山って、確か大阪より更に向こうだったっけ
後者だった。みゆきは前もって確認しておいた地図を思い出し、キーボードを叩く。
フェアリー≫そうだよ。東京から直線でつなぐと大阪府、兵庫県、そして岡山県の順になるね。
『フザケンナァ!』
響く罵声、数瞬遅れてチャット画面に文字現れる。
テイル≫冗談でしょう! 行った事も無いようなとこじゃないですか!
(……余裕あるじゃん)
メルヘン・システムでリアルタイムに聞こえるテイルの内心の怒声とは違いチャットではまだ常識人的な口調だった。
(よし、追い詰めよっと)
みゆきはイタズラ心から頬が自然と緩む。
フェアリー≫そうかい?
テイル≫当たり前です! いくらなんでも遠すぎです!
フェアリー≫そうはいうけど、一番近くで安くてその上楽なところを教えたんだよ。後は北海道と秋田、福岡、宮崎に1本づつ、高知県に2本だ。岡山県倉敷市なら新幹線が止まる駅なので東京駅から座って行ける。他のところは確実に乗り換えなければならない(秋田と福岡は途中で普通列車とバスに乗り換える事になる)。
――僕としては君に随分気を使ったつもりだが。
『…………』
みゆきがチャットに打ち込んでから十数秒、なんのリアクションもない。チャットに返事がないのはともかくカムイを通じての返事がないということは案外モニターの前で絶句しているのかもしれない。
みゆきは頬杖をついて画面の変化を待つ。
何としても手に入れたい物がある。その気になれば行けないことは無いけれども、かなり気合がないと行く気にならないというほどの遠さの場合、人はどういう反応をするだろうか? どういう選択をするだろうか?
みゆきはそういった人間観察が好きだった。
調べ――依頼人については前もってカムイに調査させている――によると彼はかなりの物欲が高く、一度欲しいと思った物は手に入れないと気が済まないらしい。それがお宝グッズ、限定品なら凄まじい。その反面、面倒くさがりやで興味のないことには全く行動しない。歩くこと、また車や電車でも長距離移動することは大嫌いだという。
そんな人間が今回のような場合いったいどんな行動をとるのか、彼女はそれに強い興味を示していた。この依頼を引き受けたのはすべてそのためだった。自分的に全く興味のない情報だがこういった見物があるなら進んで、いや優先的に引き受けることにしている。
(あと追いつめるようにチャットするのも楽しいしね)
クチビルの端が軽くあがる。どういった風にネタを振ろうかと考えるのも楽しかった。
テイル≫ホントにソコにあるのか?
『ソンナ遠クマデ行ッテアリマセンデシタジャ洒落ニナランゼ』
ようやくリアクションがあった。チャット画面からの建前と、カムイのスピーカーからテイルの本音が聞こえてくる。どちらも心外である。
(いったいあたしを誰だと思ってるのよ!)
みゆきはすぐさま返事を返す。
フェアリー≫コト情報に関しては嘘はナッシング! 世界最高の情報収集家のプライドにかけてね。
この手の情報はカムイにとって造作もないことだった。
情報を検索するように頼む。最近よくあるオンラインを使って売り上げだの在庫をチェックしている店ならすぐにハッキングでき、すぐにわかる。
在庫をオンラインで管理していない――チェーン店でなく、する必要がない店も多々ある――店でも販売元や問屋などの流通経路にはどれだけの本数をどこに出荷したかという記録はある。それさえ分かればあとはそこの店員がネット端末に触れるのを待つだけ。
それはパソコンでもいいし、電話それも一般回線のでも携帯でも構わない。電話は意外に思うかもしれないがかつてのインターネットの回線の主流は電話回線。だから引き出せる。またそれを利用しようがしまいが関係ない。有線は常につながっているのだから。――さすがに携帯の場合は電話をしてるとき、もしくはネットにアクセスしている最中でないと無理。余談だがケーブルテレビのような相互通信の端末でも可能。
だから時間は掛からない。店舗経営で電話を一日に一度もしないことや鳴らないことは、よほどの経営難でないと無い。だから情報自体は簡単に手に入る。
正確さも問題ない。確かに店に何十、何百種類あるBlu-rayの中の一本だけを覚えている店員はいないかもしれない。だが人の記憶としてなくとも目から入って脳に届いた情報は必要ないからといってすぐに消えるわけではない。店内のディスプレーを整えた時に触ったとか、客が手に取ったけど買わなかった現場を見たとか、逆に売った時に手に取ったという情報という深層心理の情報までもカムイは引き出せる。そこからいるものをピックアップして後は簡単な推測。
――推測は事実よりも信頼できないと思うだろうか?
しかし深層心理からの情報を推理するほうが人の口からによる嘘もコンピューターへの入力ミスも混じらないから正確ではないだろうか?
もっとも今回のように人に渡す情報の場合、念押しのためキチンとその店舗に電話して確認はしている。オンラインへのハッキングの場合でも人から引き出した情報の場合でもその作業はかかさない。
(マナーよね、マナー)
フェアリー≫さあ、どうする? 行くと言うなら詳しい地図をメールで送るよ
『……マァ、店教エテモラッテ郵送シテクレルヨウニ頼メバイイカ』
しばし沈黙が流れようやく返ってきた返事がコレ。
(やっぱりそういうきたか)
今回の状況で一番楽なのはどうしてもそうなる。しかしそうは問屋がおろさない、おろしてたまるか。
もちろん予想済みで対策も講じている。
すかさずキーボードを叩きまくる。
フェアリー≫そうそう、売られたら困るんで一応予約というか、取り置きしてもらうように頼んであげたよ。ただ向こうも商売だ、いつまでもというわけにはいかない。
期限は今週末、日曜日までに取りに行かないと誰かに売られてしまうかもしれない。郵送事故や君以外でどうしても欲しい人の横取りが怖いので店の倉庫に保管してもらうように頼んだ。
また今後電話でそのBlu-rayの問い合わせは例え本人だと名乗っても一切取り扱わないように頼んでおいた。
テイル≫はぁ?
フェアリー≫つまり代金振り替えで送ってもらおうとかいうことはできないってこと。
テイル≫何でそんなこと! 嫌がらせか!
フェアリー≫嫌がらせ? 違うよ、ただ……
一拍の間。
フェアリー≫遊んでるだけだよ。
『……ナッ! 何言ッテヤガル!』
テイルの怒りの反応を聞いていると自然と笑みが浮かぶ。ここまでの展開は彼女の思惑通り。さらに追いつめるべく言葉を考える。
フェアリー≫知ってのとおり僕は情報収集家。情報は金では売らない。気が向いたらプレゼントする――そういうスタンスだよ。
今回の場合、遠出の嫌いな君が遠出して直接店に買いに行くというなら情報をあげよう、そういう趣旨なのさ。別に強制はしないよ、選ぶのは君さ。プレゼントした情報を有益に使うか、はたまた捨てるか。本人の意志にお任せだ。
……おっと言い忘れた。もしも君が店に買いに行くというなら店員に「大林直孝」と名乗って身分証明書をみせてくれ。
『――エエッ? 何デ!?』
名乗ってもいない本名をいきなり言われたせいか、スピーカーから聞こえてくる声もどこか動揺してることを感じる。
フェアリー≫驚いたかい? でもよく考えてごらんよ、特に驚くようなことじゃないだろ? 今、君がチャットしてるのは世界最高の情報収集家「フェアリー」だ。メールアドレスまで分かっている人間の個人情報なんて調べるのは造作もないこと。……そうは思わないかい?
『………………』
チャット、カムイのメルヘン・システムともに返事がない。おそらくは凍りついてるのだろう――恐怖で。
インターネットにおいて掲示板やチャットというものは、相手に自分が何者か分からないから好き勝手できるという、その匿名性に利点がある。それが知られる恐怖はかなり言語に絶する。
(プライバシーの侵害だって怒るかな? でもたとえどんな情報だって身元のわからない人間にプレゼントするのは問題があるでしょ。あたしからの情報を元に悪用しましたなんて言われたれら気分悪いもの。彼にはちょっと気の毒だけど「フェアリー」の存在と能力をアピールするためにもガツーンと行っとかないとね)
フェアリー≫返事がないね、決めかねてるのかい? まあ後は自分で決めるといいよ、……ただあまり時間は無いけどね。今日が水曜日、いやもうじき日付変わるから木曜日として猶予はあと4日。その店の閉店は午後9時だからそれがターイム・リミット。場所はさっきもいったようにメールで送る。後悔しない選択を。ではグッド・ラック!
そこまで一気にキーボードで打ち込むとみゆきは軽くノビをしながらカムイに、
「それじゃぁ、彼を強制終了させて。もういいしょっ」
ピンという音とともにテイルという名前はチャットの名簿から消えた。彼は何の操作もなしに落ちたのだからビックリしてつなぎ直そうとするかもしれないが、その時にはもうパスワードが変わっていてチャットルームには入れない。
「じゃあ地図といくつかの交通手段をメールしといて」
『OK』