表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

3-3

いったんこれにて終了です

読んでくださった方、ありがとうございます

 Pi Pi Pi……

 突如アラームが鳴る。ついで、


『掃除屋様トノ約束ノ時間デス』


「あっ、ホントだ」

 時計を見ると一分前。考え事をしているうちに時間が過ぎたようだ。

「即、つないで」


『OK』



フェアリー≫こんにちは、掃除屋さん。

掃除屋≫お久しぶり。


 掃除屋に対しては口調を変えない。それは相手を信じているからではない。裏稼業の人間は総じて用心深い。目で見えない相手が少女の口調でチャットをしているからといって素直に信じる人間はいない。少女のフリをしているのだと思っていることだろう。

 それを逆手にとり普通の口調で会話している。


掃除屋≫で、何か分かった?

フェアリー≫せっかちね。いくら銃が嫌いだからって。


『ウルサイワヨ!』


 女性の合成音がスピーカーから響く。少し怒ってるようにも聞こえる。


フェアリー≫あなたがどうして銃を嫌いになったのかという理由は知ってる。仇のように思う気持ちもわかる。……でも少し冷静になったら?

掃除屋≫私はいたって冷静よ。


 とりつく島もない相手に肩をすくめる。


フェアリー≫はいはい。分かりました。本題に入りましょう。銃の密輸組織を探してくれとの依頼でしたが、今回の件に関わっている密輸組織はありません。

掃除屋≫ウソ!

フェアリー≫その気持ちは分かる。でも事実よ。ここ最近、銃の密輸された数と今現在出回っている銃の数では合わない。

掃除屋≫合わないって? 売られた銃の方が密輸された数より多いってコト?

フェアリー≫そういうこと。

掃除屋≫それは一つの密輸組織だけじゃなくて日本に密輸された総数と比べて?

フェアリー≫もちろん。密売組織は密輸から関わっている場合が多いから一つの密売組織が日本中の密輸組織からすべての銃を集めるってことはほぼ不可能。例えできたとして数を数えてもはるかに少ない。


『……ッテコトハ一体……』


 みゆきは千鶴のこういうところも気に入っている。頭の回転が早く、自分で考えるクセがある。すべてを教えてもらわなければ分からない人間のようにクドクドと説明しなくてもいい。


フェアリー≫コトは結構深刻よ。分かってると思うけどここまでできるってことはかなり大きな組織。この件から手を引くことを勧める。一介の掃除屋には少々手が余る。


『ソンナコトデキルワケナイ!!』


掃除屋≫イヤよ! そんなことできない! あんな危険なものそんなモノを流しておいておける?

フェアリー≫数発撃てば、いえ、下手するとたった一発で暴発する恐れのある銃。初期の段階からシリンダーが歪んでるのか、もしくは安価にあげたせいで強度不足かそこまでは分からないけど。

掃除屋≫そういう問題じゃない!

フェアリー≫いえ、そういう問題よ。


『何?』

 怪訝そうな声がする。



フェアリー≫あなたは『フェアリー』の情報収集能力を信じてるよね?

掃除屋≫それは疑ってない。


『ジャナキャ、ワザワザ頼マナイワヨ』


「これは一応……信頼かな」

 スピーカーから聞こえるキッパリとした口調は妙に小気味いい。


フェアリー≫じゃあ密輸組織は存在しないっていうのは信じてくれてるよね。

掃除屋≫もちろん!

フェアリー≫でも密売組織は確かに存在する。

掃除屋≫そう。

フェアリー≫実際問題、大量に街に出回っている。安価で子供にさえ売りつけている銃。密売する側は安くしてまで売りさばきたいよう。なぜなら銃と呼ぶにはかなりお粗末なモノだから。それは一体どういうことか? 何故そんなお粗末な銃が、大量に存在するのか。もっというならドコ製かさえよく分からない銃。……ということは?


『――ッテ、マサカ!』


 何か閃くものがあったようだ。


掃除屋≫密輸じゃなくて密造?

フェアリー≫正解。


『……何テコト』

 うめくような声が響く。


掃除屋≫盲点……だったわ。

フェアリー≫でしょうね。警察もまだその事実に気がついていない。質があまりにも悪くてロシア製とも中国製ともとれる、判別難しい銃の密輸先を探している段階。国内で製造しているという考えにはなかなかたどりつかないよう。

掃除屋≫……でしょうね。日本で製造することのリスクを考えると普通はしないものね。

フェアリー≫人件費は高いし、製造にたずさわっている人間からふとしたことで発覚する危険もある。あなたの言うとおりリスクは高い。しかしその密造・密売組織は少し、ほんの少しだけ頭を使った。

掃除屋≫どんな?

フェアリー≫他国から安い労働力を輸入した。

掃除屋≫不法入国?

フェアリー≫そう。安価な人件費で働かせる。言葉が違うからばれる危険も減る。そう考えた模様。


『信ジラレナイ』


「まったくよ」

 掃除屋のつぶやきにみゆきは手を止め同意する。これはうまい手なのか悪い手なのかは実に微妙。


フェアリー≫まぁ実際にまだばれてないから思惑は成功しているともいえる。でも誤算もあった。

掃除屋≫それが粗悪な銃ってことか。

フェアリー≫そう。不法入国者たちは銃の組み立てになれているわけではない。そして日本人の製造の責任者は正規の製法を学んでいるわけではない。そして日本人と外国人の間でハッキリとコミュニケーションがとれているわけではない。――この計画はそういった面で失敗したのね。

掃除屋≫それでも売ったのは何故?

フェアリー≫不法入国者に給料を払わなければならない。また不法入国者を多く日本に運んできた外国の組織にも金を払わなければならない。――つまりは少々問題があろうとも目をつぶらなければならないと言う事情があった。


『フザケンナ!!』


 怒号。こういったことは予想していたがそれでもビックリする。

 今回の事件を調べ直してこの事実を知ったときみゆきでさえ憤りを感じた。銃を憎んでいる彼女ならなおさらだろう。


掃除屋≫不法入国者は自分が銃をつくってること知らないわけ無いよね。

フェアリー≫日本に来るまでは知らなかった可能性は高い。でも実際製造にたずさわって何か分からないことはないでしょう。密造を仕切ってる人間も言うことを聞かない外国人をできたての銃で脅してる可能性もあるし。


 ちなみに銃と弾は別の場所でつくっている。反乱を起こさせないために。


掃除屋≫当然、そうよね。……なら全員敵って認識でいく。――で、肝心の密造工場はどこ?

フェアリー≫ホント、せっかちね。ちょっと待って、ただ捜索中。

掃除屋≫あら、めずらしい。『フェアリー』ともあろうものが手間取ってるの。

フェアリー≫ひどい言われようねぇー。密輸組織を探してくれって言ったのはどこの誰よ。そう言った意味では依頼はきちんとこなしたわ。密売組織は依頼に無かったこと、そうでしょ?

掃除屋≫そうか。……ごめんね。


『私ガ早ク密造ッテコトニ気ガツイテイレバ』


 非を素直に認める。こういったところも気に入っている。


掃除屋≫改めて依頼する。密造組織の場所を教えて。

フェアリー≫引き受けましょう。でも少し時間をちょうだい。

掃除屋≫ええ。


『ソレハ仕方ナイ』


フェアリー≫っで待つ間ヒマでしょう。ちょっと頼み事聞いてくれない?

掃除屋≫頼み事? めずらしいわね。

フェアリー≫あたし一人じゃあ手が足りない。こういうことを頼める人間で一番信用できるのがあなたなの。あなたの行動力は折り紙付きでしょ。

掃除屋≫何、持ち上げてくれるの。いいわよ、何だっていって。私も少しはあなたに借り返さなきゃ。


『借リパナシハ嫌ダシネ。世ノ中、ギブ&テイク』


フェアリー≫あなたのそういうところ好きよ。じゃあ早速これからなんだけど、いい?

掃除屋≫別にいいわよ。外に出るの?

フェアリー≫ええ。これから言うものを用意してもらってある場所に行ってもらいたいの。

掃除屋≫はいはい。……でも人のことせっかちとか言ってたけど、あなただって結構せっかちじゃない。

フェアリー≫そうかも。……あたしたちは結構似たもの同士なのかもね。

掃除屋≫それはいいことなの?

フェアリー≫さぁ?



『……本気なの?』


 携帯電話から掃除屋、千鶴の声が聞こえる。声を聞いたのは今日が初めてだが想像していたものと大きな違和感なく聞こえる。彼女のように信念持った生き方をしている人間は声にもハッキリと力を感じる。


「もちろん」


 彼女もみゆきの素の声を聞いている。『メルヘン・システム』を通じて確認するとボイスチェンジャーなどの機械を使って少女の声をつくっているという考えを捨てきれないようだ。


『でもなぁ~』

「何だって言って、そう言ったよね」

『言ったけどさぁ……ここに忍び込むの?』


 携帯を手に持たず会話できるようイヤホンマイクを耳に付け、小声で聞き返す。もう0時を回っているので静かにするにこしたことはない。

 パジャマ姿のみゆきは今部屋でディスプレーに向かいながら携帯電話で千鶴に指示を与えている。

 千鶴はというとみゆきの指示通り、動きやすいように彼女の勤める清掃会社のユニフォームのツナギを着て、ある場所に立っている。


「大丈夫。もうセキュリティーはすべて切った。監視カメラも違う映像に切り替えた。だからもう正面きって入ってもOKよ。安心して。」

『……あなたのことだからそういった機械関係は安心していいんでしょうけど、警備員はどうするの?』

「この美術館の警備システムのこと知ってる?」

『知ってると思う? 忍び込むなんて思わなかったから調べてもないわよ』


 ほとんど説明のないままこの美術館までこさせた。少しは不安を解消させるために説明することにした。


「ここのセキュリティーはコンセプトは『電脳的な防犯システム』。死角を無くした監視カメラに赤外線のセンサー、電子ロック、人の足音を感知する振動感知システム。光の揺らぎを感知する光学センサー。かなりの数の防犯、警報システムが設置されている。また電力も維持するように通常の電気と、自家発電機を併用してほぼ完璧なセキュリティーを施していると言われている」

『怖いこと言うわね』

「心配しないで。そう言っているのは関係者のみだから。あたしに言わせれば穴だらけよ。こんな電脳防犯システムは」


 正確に言えばカムイの力だが。カムイにとってすれば無効化にするのにたいして時間がかからない。


「でもここの関係者は完璧と思っているから人的な警備員は二人しかいない。その二人も監視カメラがチェックできる部屋から出ない。なまじ見回りにでるとセンサーに引っかかってしまう。かといっていちいち切るわけにもいかないから。警備員の仕事は交代で画面をチャックすることだけどそれすらほとんどされていない。誰かが進入したなら警報システムが反応するはずだから。ここのは精度が高く、蛾などが非常灯に止まっただけでもその光の動きを感知して警報が鳴る。それだから警備員もここの宿直は楽なものだと安心しきっている。さっきあなたも言ったけどあたしはこういった機械関係のことはプロよ。信頼してあたしはまだあなたを必要としている。だから絶対大丈夫!」

『…………』


 みゆきの言葉にしばし無言で考える。犯罪行為に手を染めることは裏稼業をしている関係上特に問題はない。今更である。ただ顔も本名も知らない相手に夜中に急に美術館に忍び込めと言われて「了解」と即答できるわけはない。それが分かっているからみゆきはだまって彼女の決断を待つ。

 千鶴は一つ深いため息。しかし覚悟を決めた口調で、


『了解。信頼する。……それにあなたには借りが多いしね』

「ありがとう、あなたならそう言ってくれると思ってた」

『礼はいいわ。っで、正面玄関から進入すればいいの?』

「うん、お願い。どこへ行くかはおって指示するから」

『了解。じゃ、行くわ』



『ついたわよ』

 携帯からは更に小声になった千鶴の声が聞こえる。非常灯のみの美術館の広く静かなロビーではこの音量でも響く気がするのだろう。


『どうすればいい?』

「『悠久の櫻』に手が届く位置に移動して」


 返事はないが指示通り移動していることは息づかいから判断できた。みゆきは一応ディスプレーを見る。そこには本来は美術館の警備室でしか見れない監視カメラの映像が映し出されている。むこうの警備室のカメラには何の変化のない映像しか映っていないし、もちろん録画もされていない。

 みゆきは携帯で指示のみするつもりだったのだが念のため映像でも見ることにした。千鶴がどんな人間か見たかったからだ。

 そこには二十歳前後に見えるショートカットの女性が慎重に絵に近寄っていた。若い割に妙に大人びた印象のある女性は機能重視のためかポケットが多くある青地のツナギをきている。会社のユニフォームは彼女の身長に合わせてMサイズだが、既製品の悲しさか融通が利かない。長めの手足の部分は折り返しサイズを合わせてある。大きめなバストとヒップはうまく収まるのだがガバガバのウエストは布製の細いベルトを巻いて締めてある。少々野暮ったい感じではあるが不思議と似合っていた。


『ついたけど……コレは凄いね』


 薄明かりの中でハッキリとは見えないが、それでも強い存在感を感じた。


「じゃあちょっと変な注文します。携帯の本体を取り出してその絵に触れさせて」

『ホントに……変な注文ね。えっと額に? それとも絵の方?』


 不振には思うのだがあえて口には出さない。必要以上に詮索しないのは裏稼業をしているもの同士、暗黙の了解だった。


「一応、絵にお願い。ピタッとくっつけて」

『こう?』

 画面上から千鶴が携帯を絵に触れさせた。みゆきはそれを見て自分の携帯のマイク部分を押さえる。

「カムイ! メルヘン・システム開始」


『YES』


 これは――賭だった。

 メルヘン・システムは端末に触れた人間から情報を強制的に引き出すことができる。その詳しい原理はみゆきには分からない。今までは人間の脳からの情報を引き出していると解釈していたのだが、もしかしたら違う可能性もあると考えた。

 カムイが魂を持ったコンピューターというのなら、人間にも魂があるということになる。そうすると端末に触れた人間の魂に干渉して、魂から情報を引き出しているという可能性もある。――そう考えた。


 魂というものは現在に至っても科学的に証明されていない。ただ証明されていないから存在しないと決めつけれない。みゆきは実際この世界に幽霊がいることを知っている。幽霊も科学的には証明されていないが存在は事実である。

 今回『悠久の櫻』に関わる原因となった『ゴースト』。

 その人間には特殊能力があり、そのおかげで『フェアリー』と肩を並べるほどの情報収集ができる。その方法は幽霊を使うこと。『ゴースト』は生まれつき霊媒体質で幽霊と会話ができた。そして幽霊を支配する術を得てから、幽霊を使い情報を集めることができるようになったという。

 幽霊とは何かといえば人の未練だとか怨念だとか言われている。死後も現世に残るほどの強い思い、執念。それは幽霊という形に魂が変化したのではないだろうか? 物に宿るのでなく、もしくは宿る物が無くても現世に止まろうとする魂が幽霊として具現化したのではないだろうか? 

 幽霊=魂という図式、カムイには魂があるという願望、そしてカムイは魂から情報を引き出しているという推測。それならば『悠久の櫻』にも魂が宿っている可能性があり、その絵に端末を触れることができたなら何らかの情報を持っているかもしれない。


『――――――』


 数瞬の間。どっちに転ぶか全く予想のつかない賭。その結果を待っている今のこの瞬間、何とも言えない緊張感がみゆきを包む。少しだけギャンブルにはまる人間の気持ちが理解できた気がする。

(クセになりそう)

 そう思った瞬間、


『残留思念ヲ確認』


 カムイの報告に全身の毛が泡立つ。


『三件ノ残留思念ヲ確認。引キ出シマシタ』


「三件? そんなに」

 情報が引き出せたことを喜ぶ前に――今まさにガッツポーズのように振り上げようとした手を止め――残留思念の数に驚く。そのことを考えようと思った時に携帯から、


『……いつまでこうしてたらいい?』

「ああ、ありがとう。もういいわ。悪いんだけど少しそこで待っててくれる」

『わかった』


 もしかしたらまだ千鶴に用があるかもしれない。何となくそう思った。


「カムイとりあえず再生して」

 再び携帯のマイクを押さえる。保留を押しても良かったのだが、向こうからの言葉はいつでも受け取れる状態でいたいからだ。


『セメテ、セメテ絵ヲ描コウ。アノ時見タ桜ヲ再現シヨウ。僕ニデキルコトハソレクライダ。彼女ノ為ニデキルコトハソノクライ。悠久ニ咲キ誇ル桜ナラ、キット彼女ハ……』


 男の悲痛な叫びがエンドレスで繰り返される。

「次、お願い」


『アア、嬉シイ。アノ時二人デ見タ、アノ桜ダ。モウ一度見レルナンテ……嬉シイ』


 女性の歓喜の声。死を目前にし、最愛の彼からの手向け。

「…………?」

 首を傾げる。ここまで聞いて魂が宿る可能性はあっても伯父の言う『人喰い桜』の逸話があるほどの想いには聞こえない。

「最後の……お願い」


『アノ人ハドコ? 桜ノ下デズット待ッテルノニ迎エニ来テクレナイナンテ。……寂シイ。オ願イ、私ヲ一人ニシナイデ……』


「はぁ?」

 二番目と同じと思われる女性の言葉。その女性の相反する想いの意図が瞬時に理解できない。

「これは……どう解釈すれば」

 みゆきは頭をかく。

「カムイ、もう一回最初から再生して」


『OK』


 スピーカーから流れる言葉を聞きながら情報を整理する。断片的な情報から真実を導き出す。これは情報収集をする人間にとって基本的な作業だった。みゆきは今聞いたことと逸話を比較することにした。


 男は娘のために絵を描いた。――これは間違いない。 

二人で見た思い出の桜を再現するという奇跡を起こした。――これもほぼ逸話通り。

 娘は絵を見て喜び、その後息絶えた。――おそらくその通りなのだろう。

画家から自分への愛の証ゆえに死後、絵に取り付いた娘が自分以外の所有者を認めない。――明らかにこれが違う。娘の魂が絵に宿った。これは確かだろうが彼女は寂しがっている。さまよっている印象さえ受けた。そんな彼女が所有者の命を奪う存在となり得るだろうか?


「じゃあ……」

 カムイの情報が正しい。それのことに微塵の疑いはない。それは自分の根底にあるのだから。違うとしたら逸話の方。そう目星をつける。


「……おじさまと今日話したことってラッキーかも」


 自分では調べようと思わなかった逸話の他の解釈を聞けたことは考えの足しになる。みゆきはそう思い仮説を立てていく。


「……まさか!」

 考えること数分、しっくりといく仮説が立つ。しかしあまりな内容に頭を振りもう一度考える。

「でも……ああ、合ってるっぽい。そう考えると『ゴースト』があたしにコンタクトとってきた理由も説明つく」


 ――フゥー


 大きく息をつく。そうなると自分にできることはただひとつ。しかも千鶴まで巻き込むことになる。それは本意ではないが、この段階までくると今更しかたない。


「ゴメンね。つきあって」


 説得はできるだろうが嫌われるだろうと覚悟し、携帯を顔に近づける。


「もしもし、あと二つしてもらいたいことできたんだ」

『……何』 

「まずはその『悠久の櫻』を外に持って出てもらいたいの」

『――!』


 数分間待たされたというのに何の文句も言わないかったプロ意識の千鶴だが、みゆきの言葉にさすがに絶句する。


『冗談。私に泥棒の片棒かつげって? その専門家じゃないのよ、私は』

「本職に頼んでもいいんだけど、もう一つしてもらいたいことがある。それはあたしが知っている泥棒のプロは絶対にしてくれないし、信用できない」


 真剣な口調であることを千鶴は受け取る。


『っでもう一つってのは何よ?』


 みゆきは姿勢を正し、気を引き締める。


「この絵を燃やして欲しい」

『――なっ!!』


 思わず我を忘れ大声を出しそうになる。必死で押さえ深呼吸する。


『本気?』

「こんなこと冗談でも言えないわよ」


 確かにと頷く。そんな人間は信用できない。


『理由くらい聞かせて……くれるよね』


 千鶴は自分なりの正義を持っている。法のうえでは許されることでも自分が許せないことには強く反発する。それが『掃除屋』の生き方だと誇りだと考えているのだ。そういった彼女の生き方は非常に好きだった。自分にはない強さと高潔さをもつ千鶴を尊敬すらしていた。


 みゆきは慎重に言葉を選ぶ。


「『悠久の櫻』――この絵には様々な逸話がある。所有者が例外なく死ぬと言うことでどうしてもオカルト的な逸話になる」

『そうね』

「あなたは物に魂が宿るとか幽霊を信じるかはこの際無視させてもらうわね。この手の議論は平行線になるから。物に魂が宿るとして聞いて」

『……わかった』

「この逸話についての真相は基本的には、とくに前半部分は一般的に言われているもので正解。ただ後半が違う。画家は奇跡を起こした。思い出の桜をほぼ忠実に再現したこと。これが違うという意味、分かる?」

『……一応ね』


 思い出とは美化されるもの。しかも恋人との思い出も加わるならその困難のほどはどれほどのものか。


「彼が彼女のところに絵を持っていった段階ではその絵は本当の意味では未完成だった。彼の才能では例え命を削ったとしても、せいぜい上辺だけのものしか表現できなかった。しかし今あなたの目の前にある絵は魂を揺さぶる力を持つ完成品。本物の芸術。同じ絵であるのに何が違うのか? それはその絵に魂がこもったということ。魂が絵に力を与える。それはすばらしいこと。作品に魂を込めれると言うことは芸術家にとってきっと誉れだと思う。ただこの絵の場合一つ問題があった」

『問題?』


「そう、この絵に宿った魂は画家のものでなく恋人のものだった」


『――――!』

 息をのむ音が聞こえたがみゆきはかまわず続ける。

「考えてみれば絵を描いた主の思い出には桜と恋人がいた。桜をいくら描こうとも思い出に近づくはずもない。そこには彼女がいないのだから。それでも思い出の桜に近づけようとした彼の執念は彼女の魂を絵に宿すということで実った。……決して望んでは無かったとは思うけど」


 その事実を彼は知らずに死んだ。それは幸か、不幸か。


「結果的に自然の摂理に反して生まれた名画には歪みが生まれた。そう、それが逸話の核の所有者が死ぬという噂。人の寿命を吸い取ることで絵は、絵の中にいる彼女は生きていられる」

『……それが事実かどうかは――いえ、あなたの情報だから事実だと判断することにするわ』


 いまいち信じられないけど『フェアリー』の情報は信じるという姿勢。今まで『フェアリー』がくれた情報には何一つ間違ったものはなかった。今回のは自分にとって都合が悪いから信じないというわけにはいかない。そんな類の言葉がメルヘン・システムを通じて聞こえる。


 それは非常に嬉しかった。涙がこぼれそうになった。それでも手を強く握りしめ気を強く保つ。


『でも燃やす必要があるの? こんな綺麗な絵を』


 みゆきが残留思念から得た情報で真実を見極めようとしていたときに、千鶴はおそらく『悠久の櫻』を見ていたのだろう。薄明かりの中でさえハッキリと感じる力に見せられたのだろう。


「あなたなら分かってくれると思う。恋人が銃で撃たれて先立たれ、一人残されたあなたなら」

『喧嘩売ってるの!』


 千鶴にとって禁句と言うことは重々承知していた。目の前で自分をかばって死んだ恋人のことを何の関係もない人間に言われたくない。


「事実よ。死ぬはずの彼女の魂は何も分からないうちに絵に閉じこめられた。確かにその桜は思い出の桜だけど彼女にとっての思い出は桜と……彼でしょう? 桜の下で一人でいる寂しさ、あなたなら理解できるでしょう。できるなら彼と共に生きたい、もしくは彼と共に死にたい。その願いは叶えられることなく自分だけ生きることの辛さは、寂しさは一番知っているでしょう」

『………………』


 酷なことを言っている。それは重々理解している。それでもこれは千鶴にやってもらいたい。似た想いをもった人間に焼かれることで絵の中の魂は解放される――そんな気がしたからだ。


「これは『フェアリー』から『掃除屋』にたいしての依頼ととってくれてもかまわない。その絵に宿る悲しみを、寂しさを掃除して」


 詭弁だと思う。そしてこういう言い方しかできない自分は酷いとも。


「依頼報酬は銃の密売組織のありったけの情報。それプラス今出回っている銃の回収をする。銃を買った人間のリストはほぼ全員分手に入れた。脅したり、なだめすかせたりして回収し、処分する。……足りない?」


 拳銃の回収・処分に『フェアリー』が乗り出すことは正直遠慮したかったのだがこの場合しかたない。自分だけ何もしないわけにはいかない。


「もちろんこの絵を盗み焼くことで警察にばれないように手配する。実際アリバイ工作はすでにしてるから。あなたは今この時間に自宅近くのコンビニで買い物している姿をそこの監視カメラに合成しといた。あなたが絵を持って出る頃にあなたが行く方向とは逆方面で事件を起こして人の目を避けるようにする」

『……至れり尽くせりってヤツね。そんなにこの絵を処分したいの?』

「事実を、揺らぐことのない絶対真実を知ってしまった以上……ね」

『なるほど』


 声が柔らかく聞こえた。


『まああんたには借りがあるし、報酬も十分。しかも足がつかないように手配してくれるって言うなら……やるわ』


 その言葉に胸をなで下ろす。


「ありがとう。――ホントにありがとう」

『いいよ、あたしも同じ。事実知ってしまったらね、……どうしようもないじゃない。ねぇ』

「――そう言ってもらえると助かる」

『じゃあどうする? すぐに持って出ればいい?』

「ええ、お願い」

『焼く場所に指定はある?』

「えーと」


 一瞬口ごもる。そこまで考えてなかったからだ。

 動くとなれば速攻の千鶴に合わせるためにも早く指示し無ければならない。カムイに指示しようとしたその時ディスプレーの画面が周辺の地図に変わる。その一カ所に赤い丸で印がしてあり、画面の端にはそこの特徴がメモ書きのように書かれている。


「ここをでて南に一キロほど進むと河川敷がある。そこに降りて左手の方向に冬にしたであろう焚き火の跡があるはず。そこで燃やして」

『了解。じゃあ一旦携帯切るわね。速攻で片づけましょう。フォローお願いね』

「任せてといて」

『そうそうこれでお互い貸し借りなしってことで行こうよ。今度連絡したときはお互い対等ってことで』


 その言葉に身体の芯から熱くなるような感覚を味わった。


「うん!」

 嫌われると思ったのにそうならなかった。こんなに嬉しいことはなかった。



 それから三時間後。絵は燃やして帰宅したとメールが届いた。その間みゆきはカムイに指示しフォローと千鶴に渡す密売組織の情報をまとめていた。


「これで成仏できればいいんだけど」


 カーテンをあけて外を見る。そろそろ明け方が近いがまだ暗い。天に昇る魂が見えないかと一瞬思うがすぐにあきらめる。


「……うーん、徹夜はツライからそろそろ寝ようか。粗悪な銃を持ってる人への警告は明日……じゃないや今晩しようっと」


 みゆきは大きく伸びをし、身体をほぐす。妙な緊張感があり頭が冴えているが寝ないわけにもいかない。

「カムイ! じゃあ千鶴さんに情報のメール送信して。そしたら今日はおしまい。終了して」


『OK』


「じゃ、オヤスミー」

 みゆきがそういって灯りを消そうとした瞬間、


『ゴースト様ヨリ、メールガ届キマシタ』


「へっ? 早いわねー。開いて」

 手を止め机に向かう。


<すまなかった>


 相も変わらずたった一行の本文。

 しかしこれが『ゴースト』から精一杯の礼なのだろう。

 『ゴースト』は幽霊を使役して情報を得ている以上、幽霊などを成仏させることはできないという制約みたいなものがあるらしい。好きこのんで現世に止まっている幽霊ばかりじゃないというのにそれが禁忌となっている。だから例え哀れな霊がいても助けるとができない。できることといえば今回のように何とかしてくれそうな人間を誘導するくらいだろう。


「カムイ、返信」


『内容ヲドウゾ』


「礼はいらない。ただこれからここ最近銃を買った人間から銃を回収することになった。手伝え……以上」


『OK』


「あいつならこれだけで分かるでしょう。……しっかし挑戦状かと思ったらとんだことになったね。めんどくさいったらありゃしない」


 それでも退屈はしなかった。

 気にいってる人と仲違いをせずにすんだ。

 ライバルに貸しをつくれた。


「……まぁそんなに悪くはなかったかもね」

 と微笑む。

『ゴースト』に対して何の文句もないというと嘘になる。それでもみゆきは情報を得るということの怖さをよく知っている。そして自分が調べた以上、責任を持つことにしている。

 それがプロというものだと。


「よし、今度こそ寝ようっと」

 電灯のスイッチに手をかける。

「オヤスミ、カムイ。明日もがんばろうね」


『YES』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ