Ⅴ話
少女が風呂に浸かっている間に俺は『倉庫』に入っている石材を長方形に取り出す。かなり種類があるのは、すべて博士の好奇心の結果だ。迷宮当時は「ゴミ」と思っていたが、こんなところで役に立つとはな。さて、何をするかだが、この石で砥石につかえる石材を探すのだ。
俺は一本の剣を倉庫から取り出すと、少女の入っているお湯を少しかけながら研いで見る。どの石が一番良いのか調べるためだ。
「何をしているんですか?」
少女が顔だけを箱から出しこちらを見下ろしてくる。
「お前の今後の仕事の実験だ。ドワーフなら研ぐくらいできるだろ」
「や、やったことがありません!それに私力無くて…」
「まあ、最初から期待している訳じゃない。それに、力はあまりいらないようになると思うしな」
「そ、それは…どういうことですか?」
「今はゆっくり浸かっていればいいさ。」
△
しばらくして一番いいと思える石材を見つけた。どこで採掘したのかは記憶しているので材料がなくなっても取りに行けばいい。
そんなことをしていると、少女が風呂からでたようなので風呂と湯を『倉庫』にしまう。ついでに少女の体についた湯も全てのしまった。突然体が乾いている事に気付いた少女は俺のことを見てくるが、すぐに自分が裸という事に気付き顔を真っ赤にさせる。
「早く服をきろ。風邪をひくぞ」
「は、はい…」
少女はぎこちない様子で置いてあった服を着る。うん、やはりぴったしか。少女は服に戸惑いながらも、内心は喜んでいるようで笑顔だ。奴隷でも女の子が可愛いものが好きというのは変わらないか。地面に置いてあった全ての石材をしまうと、少女をベットに行かせる。
「さあ、座れ。早くしろ」
「は、はい」
俺はベットの上であぐらをかきながら俺の前のベッドをポンポンと叩く。少女の顔が再び赤くなるが、気にしない。少女がのそのそとベットにあがり俺の前に座る。向かい合って…
「はぁ…後ろを向け」
「は、はぁい?…」
少女は首をひねりながらも、言われた通り後ろ向きに座り直す。俺は『倉庫』から櫛と、液体の入ったの箱を取り出し少女の髪を梳かす。しばらく切っていなかったのか、髪は腰のあたりまで伸びており、風呂も入っていなかったようで髪質は最低レベルだ。
粗方梳かすと今度は櫛に液体につけ髪を丁寧にといていく。この液体は花の油だ。日本の椿に似た花で油がおおく含まれていると博士が言っていたので、抽出してもらった。使い方は椿油と同じ扱いだ。
水分のなかった髪を油で優しく梳かしていく。すると、少女の顔が急に前後に揺れ始めた。
「眠いか?」
「い、いえ!大丈夫です!」
「ははは。もうすぐ終わるから、それが終わったら寝るぞ」
「はい!」
俺は優しく満遍なく髪を梳かし終わると、その頃には少女は眠さに耐えられなくなったのか俺にもたれかかるように眠りについた。俺はそっと起こさぬようにその小さな体をベッドに寝かせる。
△
目を覚ますと目の前には目を閉じた少女が気持ちよさそうな寝顔が見える。そういえば昨日奴隷を買ったんだっけかと思い出し、少女を起こさぬようにそっとベットから出る。喉が渇いたので適当に『倉庫』から飲み物を取り出し、喉を潤すとベットの上の少女がもそもそと動き始めた。俺がでたせいで寒くなったのか膝を抱え丸くなっている。
「いや…いや!たすけてぇえええ!!!」
少女がベットの上で突然叫び始めたのだ。俺は驚き何があったのかと思い布団をそっと剥ぐと、全身に粒になった汗をかいている少女の寝顔があるだけだった。どうやら悪夢のようで、今も小声でうなされている。
俺は軽くため息をつくと、そっと少女の長い髪を触る。すると少女も落ち着き始め、再び深い眠りに落ちたようだ。
「さて、こいつの服だがどうするか…まあ、しばらくはマスターの服でも着せておくか。」
俺は今日の分の服として適当に合わせたものをだしておき、ランディに頼んでいた朝刊が扉の換気口に挟まっていたので取り、机の上でコーヒーを飲みながら朝刊を読む。たびたび街に来ていたといっても10年周期だ。少年も青年になるくらいの月日だ。今の世の中がどのような事になっているか知るにはやはり新聞がいちばんだろう。ちなみにランディがまだ青年だった時から利用している。
「ほほ…冒険者ギルドで初のssランク認定者か。それと、魔族西部の拠点ウイスタン城制圧か…勇者ねぇ…」
新聞はあまりネタがないのか情報は少なかったが、それでも冒険者ギルドでssランク認定となるとおそらく勇者と同じくらいの戦闘力があるのだろう。人間も意外にやるな。
勇者の記事がデカデカと書かれているが、俺からすれば勇者なんて神のおもちゃのようなものだし、もらった力をただ使っているだけでこうも調子に乗れるものなのか。と言う俺も貰い物の力だが…まあ、スキルレベルなどは自力で上げたがな。勇者…転生者という点は俺と同じだが絶対に関わりたくないな。
新聞を読み切ると同じくらいにベットで寝ていた少女が起き始めた。ガバッと体を起こすとあたりをキョロキョロと見渡し俺の姿をみつけ目があう。すると少女は目を見開いてすぐにベットから飛び降り俺の元に駆け寄ってくる。
「起きたか。少ししたら飯を「もうしわけありません!!奴隷である私がご主人様より後に起きるなんて…」
「気にするな。さて、汗をかいているようだからまず体を拭け」
倉庫から小さめのタオルを取り出し少女の頭にかける。少女はもじもじしながら服を脱ぎ体を拭き始める。その間に俺は適当に『倉庫』から食事をだす。朝食なのであまり重いものはやめたほうがいいだろう。ちなみに、この食事だが、迷宮時代の残りだ。まあ、時間経過が『倉庫』にはないので常に出来立てのようなものだ。
『パン』と『野いちごと蜂の魔物が作った蜂蜜を使ったジャム』、それと『牛の魔物の生乳』を出す。少し味気ないが仕方ない。そこまで食料があるわけではないしな。そういえばダンジョンで飼っていた魔獣はどうなったのだろうか。【牧場】はダンジョン内ではないと博士が言っていたが…まあ今度転移して確認するか。
体を拭き終わった少女が再び着ていた服を着ようとしたので、止めて新しい服を渡してやる。白い刺繍が入った子供もらしい白いブラウスに膝ほどの丈の黒いスカートを出す。これはマスターが可愛い服が欲しいというので俺とエリザベートで作った服だ。ちなみにデザインは前世の女性服が元だ。
少女は目を輝かせながら服を受け取ると、俺に頭を下げてから服を着始める。しかしボタンがなれないのか手こずっっている
「こっちに来てみろ。」
俺はひとつひとつボタンをつけてやり襟をただしてやる。ちなみにこの世界でもスカートは存在している。まあ、勇者が発明した物の一つだがあまり人気はないそうだ。
そういえば少女が裸足のままだったことを思い出し倉庫から白い靴下と黒のローファーを取り出す。靴のサイズがわからないが、この靴は魔物の素材でできているので魔力を込めるとサイズが変わるように博士が作ってくれている。少し大きかった靴も、魔力を通し靴のサイズを直す。
「よし、完成だ。似合ってるじゃないか。回ってみろ」
俺がそういうと少女は手を広げながらニコニコしてくるくると回る。そうとう嬉しいみたいだな。
しばらく回った後、服の匂いを嗅ぎ始めた。臭くはないと思うが…心配だ
「なにかいい匂いがする…」
「『匂い袋』と一緒にしてたからな。ミントやラベンダーやバラとか混ぜた俺のオリジナルだ。ほらよ、やる」
『倉庫』から『匂い袋』を取り出す。服を作った際に余った布切れを使って小さめの袋をつくりその中に乾燥させ砕いた花がはいっている。見た目もこだわってリボンなどをつけている。きにいったのか少女は匂いをかきながら再び回り始めるがふと俺と目がアウトすぐに視線をおとす。はあ…意識改革が必要だな…
「さあ、飯にするぞ。椅子に座れ」
少女は匂い袋を大切そうに両手で包むように持ちながら椅子によじ登る。
そして机の上にあったパンとジャムをみつけ目をキラキラと輝かす。
「さて、昨日言ったこと覚えているな」
「はい…いただきます!」
少女は合っていますか?というような視線を向けてくるので俺はかるく頷くと、少女の顔がパァと笑顔になる。いつも笑顔でいれば可愛いとおもうのだが。少女はパンを手でちぎりながら食べ始めると、すぐに驚いた顔をする
「柔らかい…それに甘い…」
「まあ、少し手が込んでるからな。」
少女はパンをどんどんと口に運ぶ。しかし、ジャムに一向に手をつけない。
「ジャムは使わないのか?」
「じゃむ?」
「これだ。」
俺はジャムを指差すが、少女は首をかしげる。ジャムが存在しないのか?元の世界では大昔から食べられていた見たいなんだが…まあ、世界が違うから仕方ないか。
俺はそっとジャムの瓶にバターナイフで掬いパンの上に乗せると、そっと少女の目の前に差し出す。少女はクンクンと鼻を動かし匂いを嗅ぐ。
「食ってみればいい。気に入らなかったらそのままにしておけ。」
少女はコクンと頷くとジャムののったパンをそっと咥える。その瞬間体が突然びくんと動きパンを咀嚼するたびに笑顔になっていく。
「うまいか?」
「は、はい!初めて食べました!甘くて美味しいです!でも、こんな甘いもの高いのでは?…」
「高くはないがそこまで量産できるものではないな。いや、量産しようと思えばできるか?…まあ、おいおいそれも考えていくか。蜂蜜はいいが、野いちごがないんだよな」
「は、蜂蜜⁉︎」
少女は出会って一番の目の見開きに、叫んだ。そして固まる
「蜂蜜がどうかしたか?」
「は、蜂蜜なんてこ、高級品をわ、私はこんなに食べてしまいました…こ、これは…ど、どうすれば」
「言っただろう、蜂蜜はいいんだって。この世界でどんな価値があろうとあまり興味はないからな」
「きょ、興味がないですか…」
少女が俺の顔を見ながら少し引いているのがわかるので少し腹がたつが俺がこの世界の常識を知らない以上あまり態度にだせない。しばらくして少女が食事を終えると、俺は今日の目的を少女に打ち明ける
「さて、今日は少しだけ俺に付き合ってもらう。そんなに大変な事ではないから安心しろ」
「なんでもやります!できるようになんでも努力します!ですから、ご主人様…見捨てないでください…」
「ああ、別にできないようなら強制するつもりはないし他の事を探すさ。さて、そろそろ行くか」
俺は机の上にあった食事を全て倉庫にしまうと、円柱の鉄の箱を取り出した。見た目はごつい鉄の箱だが、上の部分が空いており、中に一回り小さな円柱が入っている。中身とは昨日の砥石だ。そして最後の仕上げに俺の魔法をかける。俺は砥石にかるく触れると魔力を流す
『迷宮魔法 回転」
すると、中にあった円柱の砥石が回り始める。
この魔法は迷宮のトラップを生成するものだ。たとえばRPGで主人公がそのエリアに入ると強制的に直進してしまうトラップ…ゲームによっては氷だったり油だったりするが、その類と同じだ。いま発動したのは回転するものだ。トラップとしてはそこまで脅威に感じないと思うがこの回転はかなり使える。
冒険者が踏むと、トラップが終わるまで動くことができない。そして回転が終わると平衡感覚を失いフラフラとし別のトラップを踏み…と、使い方次第では便利なトラップだ。
さて、なぜそんな魔法を砥石にかけたかというと頭のいい人なら理解できるだろう。前世の回転式砥石を再現したのだ。
「さて、ここからだな…
『設定
・硬いものが砥石に触れた瞬間回転を始める。
・一度トラップを発動させれば硬いものが退くまで回転をする
・水を常に下部の水を上部に循環させる』」
この魔法の最大の利点はこうして細かい設定ができることだ。コアのみ使用できる魔法で半分のコアが埋め込まれている俺なら問題なく使用できるわけだ。踏破されたのにまだ魔法が使用できるのは謎だ。博士とも議論したが不明なままだった。
さて、研ぐものだが…うーん…何も考えていなかったな。そうだな…ランディに切れ味の悪くなった包丁があるか聞いてみるか。俺は机の上の回転砥石を倉庫にしまう。
「さて、店主のところにいくぞ。ついてこい。」
「はい!」
俺の数歩後ろに少女が付き、そのまま部屋をでてエントランスまで向かう。その間少女は自分の着ている服を触ったりしている。相当嬉しいのだろう。
エントランスに着くとランディが何やら帳簿のような物を見ながら頭を抱えていた。
「おう、いい朝だな。どうかしたのか」
「おお!死神か。おはようさん。いやー、包丁を買おう思ってんだがなにぶん今月は物入りでな。どうするか考えていたところだ」
「そうか、そりゃちょうどいい。その切れ味の下がった包丁とこの宿にある刃物を俺に貸してくれ」
「ん?どうするつもりだ?」
「壊しはしない。まあ、壊れたら俺が弁償するさ。」
「まあ、いいだろ。待っていてくれ」
そういうと、ランディは帳簿をパタンと閉じると裏の方へ下がっていった。その間に少女をふとみると、エントランスをキョロキョロしている。まあ、昨日はボロボロな状態だったからこのエントランスも覚えていないのだろう。少し可愛らしく思えたので、その行動を横目に見つめる。
しばらくすると、ランディが戻って着た手には包丁と小さめのナイフにナタを抱えていた。この宿ではあまり刃物は使わないのだろう。ランディがそっとカウンターの上に刃物を置くので俺はひとつひとつその刃を見る。
硬いものなどを切ったのかどの刃物も刃先が丸くなっており、明らかに切れ味が落ちているのがわかった。それでも大切にしているのがわかるほど柄がくすんでいる。ランディの性格がよくわかるな
「一応集めたが、これをどうするんだ?」
「研いでやるよ。まあ、1時間くらいしたら返しにくるから待っていてくれ。」
「マジか!そりゃ助かるぜ!頼む!」
ランディは嬉しそうに満面の笑顔で頭を下げてくる。このランディには色々とお世話になったしな。しっかり研いでやろう。