Ⅰ話
「えー…知っている者も居ると思うが…我が迷宮『メイワーン』は、先日来た冒険者に攻略された」
1人の少女が真面目な表情で話す。少女の目の前には三人の男女が真剣な顔で立っている。
その1人である俺、ヨウヘイは今職を失った。いや、それ以上か…なにせ住む場所から探さないといけないのか。
「すまない…ヨウヘイ」
「大丈夫ですよ。マスター」
今にも泣きだしそうな少女に笑顔で答える。
俺はこの迷宮の所有物になっている。日本で生まれ日本で育ちでいつも通り高校に登校していた際、足元が光り出したところまで記憶があるのだが、目を開けたときこの迷宮にいた。いわゆる「召喚」というやつで呼ばれたらしく、同時に人間をやめた。なぜなら自分は人間ではなく非破壊オブジェクトとして召喚されたのだ。最初は異世界の環境や魔物、自分が年をとらなくなった事など色々と戸惑ったが、この迷宮で約60年間過ごしたおかげで色々と慣れて来た。ここも出ていかなければいけないと思うと名残惜しい。
「それで、この迷宮は1週間後廃宮となる。一応迷宮の形は残るが落盤の可能性などが出てくるので出入りは禁止されるそうだ。名残惜しいが……これも仕方ない事だ。1週間ある、それまでに出て行く支度をしてくれ」
少女の目からは涙が溢れ、声が震えて居る。少女……俺をこの世界に召喚した張本人であり、この迷宮の全権利を持つダンジョンマスターだ。背は低く病的なほど肌が白い可愛らしい少女が泣き出して居ると、保護してあげたい気持ちになる。
しかし、このダンジョンマスターには色々と振り回されたな。ダンジョンを運営する上で必要なポイントがあるのだが、そのポイントを無駄に使い魔物を召喚するガチャを回したり、一回層に貴重な魔道具を設置したりと……それを何度俺が止めた事か。まあ、それのおかげでマスターや色々な仲間にも出会えたので良かったのかもしれないな。
昔を思い出していると、俺の隣に立っていた真っ黒い鎧を着ているワイトがマスターの前にでた
「マスター。私はそろそろ、天に帰ろうと思います。ヨウヘイ、私の装備を君に託そう。有効に使ってくれ。」
「そうか、わかった。受け取ろう。俺もそう遠くない未来だ。その時は先輩としてよろしく頼むよ、エリザベート」
そうかえすと、ワイトは顎を動かす。これは笑っているときのしぐさだ。このワイトはどこかの国の軍隊を指揮していた戦乙女だったが、部下に騙されこの迷宮で命を落とした。しかし、殺された恨みが強く魔物のワイトとなったので俺がスカウトしてダンジョンの中で魔物達の指揮管理をお願いしていた。
天に戻る話だが前から人間への恨みが薄まってきていたようで精神的に疲れたと愚痴を言っていたし、この迷宮が廃宮にならなかったとしても天に戻っていただろう。いいタイミングだ。
「それで、博士はどうするんだ?」
「私は国にでも戻るとするさ。」
エリザベートの隣に立っていた魔族の女性だ。茶髪に真っ赤な口紅、白衣を羽織りながら腕を組んでタバコを吸って居る。やはり綺麗系の女性はタバコがよく似合うな。まあ、そのタバコもダンジョンのポイントで交換していたからもう残り少ないだろう。どうせ廃宮になるのだからポイントを使って大量に交換しておこう。
博士は魔族の国で迷宮を研究していた学者で、たまたま調査しにこの迷宮にやって来た。数日間迷宮のなかで調べ物をしていた。ダンジョンマスターがダンジョン内を見回りしていた時、博士は普通の冒険者かと思ったのか色々聞いたらしい。マスターは博士の質問にどれも答えられる事が嬉しかったのかマスターは自分の身分を明かし、自慢気に裏話まで話してしまい……まあ、裏話を冒険者に話されると攻略される可能性が高くなるので、必死にスカウトしこの迷宮で迷宮の事を調べながら、この迷宮用の魔道具やアイテムなどをつくってもらっていた。
「そういう、あんたはどうするんだい。私らはまだこっちの人間だからいいけど、あんたは異世界人だろ」
「そうだな、そこはどうするのだ?私が紹介状を書いてもいいぞ?」
博士は俺の顔に煙を吹きかけ、エリザベートは腕を組んで「うんうん……あれをこうして……」と自分の世界に入っている。まあ、いつもの事なのでエリザベートはスルーだ。
「まあ、なんとかするさ。一応、ちょくちょく街には行ってたしな。……エリザベート、大丈夫だから」
「そういえばそうだったね。なら、大丈夫か。何かあったら魔族の地までくるといい。歓迎するよ。そそ、最近人間を魔族に変える薬をつくったとこで…「ああ、ありがとう。その時は頼らせてもらう」
博士が変な事を言い出したので、早々に話を遮って終わらせる。博士は頭の中が研究のことしかないので、なんども俺が実験台になりかけた。それをいつも止める役のエリザベートなのだが、自分の世界に入っているので今は使い物にはならなそうだ。
「みな、すまないな。もう少し私がしっかりしていれば……」
「今更そんなこと言っても仕方ありませんよ。マスター。俺たちも気にしてませんし、今まで楽しかったですから」
「う、うう……ヨーへー!!うぅぅぅぅ……」
「俺はここにいますよ。そういえばマスターはどうするんですか?……」
ダンジョンマスターは目を真っ赤に晴らして、涙と一緒に鼻水も出て居る顔を俺の服に押し付けてくる。一瞬でインナーまで伝わり、湿って行くのがわかり鳥肌がたつが今日くらいは許してやろう。
「私は一度還る……」
「そうですか……寂しくなりますね……」
「戻って来たら、すぐにお前のところに行くから!ヨーへーの事絶対覚えてるから!何があっても、どんな姿に生まれても!」
「ええ、待っていますよ。なんせ、マスターは俺のマスターなんですから」
俺の胸に顔を埋め胸を叩き続ける。少し痛いが、それくらいが丁度よく感じる。これでもマスターは生まれてもまだ100年。ダンジョンにしてはかなり幼い。言葉遣いをどれだけ正しても子供は子供だ。なら、今日くらいは素直でいいじゃないか。
俺はそっと、マスターの小さな体を抱きしめる。とても小さくとても暖かい俺のマスター。
それから数分後マスターがなきやんだのを確認してから、解放するとマスターはエリザベートと博士と何か話をしながら抱き合っていた。別れの挨拶か…
▽
1週間という時間はとても短かった。光陰矢の如しというが、本当に月日が経つのは早い。
マスターはすでに還った。ダンジョンマスターはダンジョンコアと命が繋がっており、ダンジョンを制覇されると、ダンジョンコアは砕け散る。その後は、自分の心臓がどれだけ動くかで寿命が決まるが平均は5日らしい。仕方ない事だ。それが運命というものなのだから。あの口うるさいコアもいなくなると少し寂しかったりする。
俺は一冊の本を小脇に抱え、迷宮の出口に立つ。外から漏れる陽の光が眩しそうだ。すると、後ろから気配がしたので振り返る。そこには、大きな風呂敷を抱えた博士といつも変わらない鎧を身にまとったエリザベートがこっちに向かってきていた。
「ヨウヘイは早いな。と、いうより荷物少なすぎだろ」
「まあ、大した物はないしな。必要な物はインベントリに入ってるし。」
「やはり、インベントリスキルは欲しいな……私なんてこんな大荷物で帰らねばいけないと思うと……。はぁ……」
「いいじゃないか。さて、2人とも。今までありがとう。とても楽しかったぞ。」
エリザベートがにこりと可愛らしい笑顔を向ける。本当に可愛いのだ。俺と博士は声を出して驚くほどに。
エリザベートはワイトなので頭蓋だったが、今の顔は生前の整った美しく凛々しい表情だった。俺らもすでに15年間もその頭蓋骨を見慣れていたので、元の顔を顔を忘れていた。エリザベートは、俺たちの表情を見て笑うとそのまま目を閉じる。すると、体をから白い靄が徐々に出て来てそのまま迷宮の出口から抜けて行く。それと同時にエリザベートの体骨は粉のようにサラサラと砕け鎧とレイピアが音を立てて落ちた。俺は、エリザベートの鎧と遺骨もインベントリに入れる。遺骨は迷宮にうめてもよかったのだが、やはり家族の元に返すのがいいだろう。
「さて……エリザベートもいったか……」
「ああ。俺たちもいくか。」
「そうだな。まあ、何かあったら頼ってこい。それにヨウヘイの迷宮の力を是非研究したい」
「考えとく。またな」
「うむ」
どこから吹いた風が俺の体を撫でるように通りすぎていく。そしてその風に乗って博士の姿も揺れるように消えて行く。魔族の地もいつかいってみるか……
さて、この異世界でゆっくり暮らすか。