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名無しは記憶喪失の奴隷と旅に出る。  作者: 葉渡純
魔法の街『エリシオン』
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45 名無しとマドレー家


「……」

「……あの」

「……」

「……遅くなってすみませんでした」


謝罪の言葉とともに私は勢いよく頭を下げた。

ノラはしばらく私に視線を向けた後ゆっくり同じように頭を下げる。

出会った当初のことを考えればノラは人間的に成長した。

喜びをかみしめたいところだが、今は状況が状況なのでそれはまた後ほど。


今は目の前で仁王立ちし怒りの視線を向けてくるキャロルの方をどうにかしなくてはいけない。


ジークの奴は「じゃ、じゃあ達者でな」と逃げるようにして去っていった。

大方、キャロルの絶対零度の視線に怖気付いたのだろう。

畜生、意気地なしめ、次に会ったら出会い頭に一発決めてやる。


「……はぁ、もういいわ」


ため息と共に吐き出された言葉にそろりと顔を上げる。

彼女は相変わらず無表情だが、その表情はどこか安堵しているようにも見えた。


「とにかく二人とも無事でよかった」


とにかく中に入ってと言われ、促されるまま屋敷の中に入りふと気がつく。

そういえばシャーレイはどうしたのか。

彼女は真っ先に駆けつけてきそうなものだが……。

そう考えていると近くの扉から出てきたこのお屋敷のメイドさんの一人がパッと明るい顔でこちらに小走りでやってきた。


「あぁ! ナナシ様、ノラ様ご無事でしたか」


使用人の方にまで心配をかけてしまったようだ。

多大な迷惑をかけてしまったことを謝ろうとするも、慌てて止められ「お二人がご無事で安心しました」と微笑まれた。


「シャーレイ様もご心配されてましたが、これで一安心ですね」

「――あ、そういえばシャーレイはどう」


その時だった。

絹を裂くような悲鳴とはまさにこういうことを言うのだろう。

甲高い悲鳴が聞こえた方に視線を向け、私達は互いに声をかけることなくその部屋に駆け込んだ。

その部屋は初日に案内された貴族もびっくりな広い庭。

丁寧に剪定された木や花を一望できる部屋で、晴れている日は外でお茶をするのだと言う話を聞いたときは「マジで西洋貴族か」なんて思ったりもした。


一体何があったのか。

観光に来たというのに全く心安らぐ瞬間がない。

部屋の中にはこの屋敷のほとんどの使用人、それ以外にも料理長のような人達も集まっている。

まさか、と一番最悪な状況を私は瞬時に思いついてしまった。


それはそう――殺人事件。

この場の全員と同じように私も視線を庭に向ける。



「一体何が――!?」



その姿には見覚えがあった。

覚束ない足取り、床に転がる無数の瓶。

そして構えられた……弓矢。


「すっごーい!」


ちょうど横にいた若いメイドが感嘆の声を上げる。


「エルフって弓の名手だって聞いてたけど本当だったんですね!」

「生きてるうちにエルフ族の弓術見れるなんて相当レアだぜ」

「あんなの神業だよな」

「うわー、俺友達に自慢しよ」


そこから口々に発せられる称賛の声。

一人の若いメイドがその称賛を浴びる人物に駆け寄る。


「すごいですね! シャーレイ様(・・・・・・)!」

「当然だ! 我らエルフ族は弓の名手だからな!」


「的を外すなどあり得ない!」と高笑いをする酔っぱらいエルフことシャーレイに絶句する。

いや、私がいない間に何があったんだ。


「流石弓の名手ね」

「こ、こここ」

「……鶏のモノマネ? 上手ね」

「違うわ!!」


流石の私も声を荒げた。


「え、どうしてこうなったの!?」

「……ナナシがなかなか帰ってこないから、心配になって探しに行くって彼女が言い出したのよ」


あ、事の発端は私か。

ちょっと反省した、それにしてもどうしてここの屋敷の人達勢ぞろいしてるんだ。

客の立場から言うのもなんだが、あんたら仕事はどうした。


「なんとかこの家で待つように説得したんだけれど、どうにも落ち着かないみたいだったから」


シャーレイはそれはもうとても落ち込んでいたそうだ。

どうして二人だけで行かせてしまったのかと、私とノラに何かあれば自分の責任だとひどく落ち込んでいたらしい。


「だから気分を変えようと思って色々なことを彼女と話したの」


シャーレイのいた故郷の森のことや、私と出会った時のこと、オークキングに追い回された話やエクレア達と食事をしたこと、その他にも日常の何気ない出来事。


「そのうち彼女も落ち着いて、貴方達が帰ってくるのを信じて待つって」

「……うん」

「その時にセバスチャンが気を利かせて、リラックスできるようにって食前酒にシャンパンを持ってきてくれたの」


あぁ〜、と私は頭を抱えた。

そこでかぁ……そこでお酒が登場するのか。

しかし話はそこで終わらなかった。


「シャンパンを飲んでいる途中でセバスチャンが『弓の名手と言われるエルフ族の方とこうしてお会いできるとは』って」




△▼△▼△▼△▼△▼△▼




『いやぁ、弓の名手と言われるエルフ族の方とこうしてお会いできるとは……長生きはしてみるものですなぁ』

『恐らく、私方が歳は上だがな』

『シャーレイ様の前では私もまだ若造(・・)ですかな、ハハハ』

『私なんて赤子のようなものね』

『妖精王は星をも撃ち落とす、とまで言われております。エルフの神業、是非一度拝見してみたいものです』

『そうかそうか――』





△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「『――じゃあ身を以て体験してみるか』」

「うん……うん?」


あれ、なんか今、おかしくなかったか。


「キャロル」

「何かしら」

「セバスチャンさんは?」


キャロルがスッと指を向けた先。

酔いが回り暴れ疲れたためか、電池が切れたかのようにシャーレいが倒れたことによりようやく的が見えた。

私は慌ててその人物に駆け寄る。

なんかとてもいい匂いがした。

原因は恐らく周りに散乱する真っ赤な果実の残骸。

妙にフルーティーな香りを身に纏って、眠るように安らかな表情で気絶しているマドレー家の執事。


「セ、セバスチャンさーん!!」



執事の代表格みたいな名前を、自分が絶叫することになるとは思わなかった。




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