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名無しは記憶喪失の奴隷と旅に出る。  作者: 葉渡純
魔法の街『エリシオン』
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39 名無しと地下の魔女





「――ハッ!」


美しいエルフ族でありナナシの奴隷、シャーレイ。

現在彼女はキャロルと共にエリシオンで有名なケーキ屋のケーキバイキングにやってきていたのだが、突如として顔を上げ、真剣な眼差しで口元にカスタードクリームをつけたまま辺りを見回す。


「どうかしたのシャーレイ。頬にクリームがついているわ」

「あぁ……なんだか嫌な予感がして」


変わらず真剣な表情のまま片手に持ったままのシュークリームを口に運ぶ。

テーブルに置かれた皿には色とりどり多種多様なスイーツが盛り付けられており、それを食べているのはシャーレイだけだった。

もう何度目かわからないが、空になった皿をウェイターが片付けていく。


「嫌な予感?」

「ナナシに何かあった気がしたんだ」

「あら、まるでエスパーね」


そのまま優雅な動作で紅茶を飲むキャロル。

真剣な表情と無表情。

ケーキバイキングには不釣り合いな表情をした美女が二人仲良く座っている光景は店内でもかなり浮いていた。

しかし視線をどれだけ集めようがこの二人は全く、毛ほども気にしていない。


「大丈夫よ。図書館内で良からぬ輩に絡まれる、なんてこともないでしょうし」

「本棚に潰されたりしていないだろうか」

「ノラが一緒にいるんだから大丈夫よ。彼、力持ちなんでしょう?」

「あぁ、そうだな」


「そもそも本棚に押しつぶされるなんてことはそうそうないだろう、って言うか図書館の本棚持ち上げられる奴は何者なんだ」と二人のちょっとズレた会話に指摘を入れるような人間はその場にはいなかった。


「ナナシに対して過保護なのね、シャーレイ」

「過保護?そうだろうか?」


シャーレイは怪訝な顔をしながら皿を積み重ねていく。

キャロルはそれを黙って見つめる。

他の客が少し騒めき始めた。


「すまない、いいだろうか」

「は、はい、なんでしょうか」


再び皿を下げにやってきたウェイターにシャーレイは声をかけた。

そして彼女はケーキが並べられた場所のある一点を指差す。


「あれは食べられないのだろうか」


冷や汗をかくウェイターにキャロルは冷静に助け舟を出した。


「シャーレイ。あのウェディングケーキは飾りなのよ」


そう言うと、彼女は少ししょんぼりとして「そうか」と言うと再び新しいケーキを取りに向かう。


厨房のパティシエ達は少し青ざめた表情をしていた。

一方その頃、本棚に押しつぶされた訳ではなかったがシャーレイの予感はおおよそ当たっていたのであった。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼





「知識の塔、地下へようこそ〜」



宙に浮いている謎のぬいぐるみはくるくると愛らしくその場で回転する。


「あれ? びっくりしちゃった?」

「あ、はい」

「素直な反応だね」

「あれ? でもさっきまで五階に……」

「あ、その辺もちゃんと説明するから」


「とりあえずこっちこっちー」と先に進んでいくので、言われるがまま後をついていくことにした。


正直、キャパシティオーバーである。


ぬいぐるみの後ろについていきながら辺りを見回す。

地下だから薄暗くてカビくさいのかと思えばそんなことはなく、暖色の灯りに照らされたどこか秘密基地を思わせるような暖かな空間だった。


「広いですね」


何気なく、独り言のように呟いた言葉に「そうだよー」とクマのぬいぐるみは律儀に返事をしてくれた。


「上の図書館と同じ量の本がここにはあるからねー」

「へぇ……え!?」


上の図書館と同じ量の本がある、私の前を歩くクマはそう言ったがこの空間は天井はそこまで高くない。

つまりこの地下は横に広がっているということなのだろう。

なにそれ超広いじゃないか、鬼ごっことかできそう……しないけど。

というよりそもそも迷子になりそうだわ。


少し歩くと、円形に開けた場所に出た。

木でできたオシャレな椅子とテーブルが置かれている。


「まぁ、座ってくつろいでねー」


言われるがまま椅子に座ると、クマはポンポンとどこからかティーセットのようなものを出した。

恐らく魔法だろう。


「さて、先ずは名前を聞こうか客人殿」

「ナナシです。こっちはノラ」

「僕は『タペヤラ』、この知識の塔の地下に住み着く『魔女』だよ」

「ま、魔女!?」

「お、いい反応だね〜」


魔女ってことは女性だったのか……いや、でも昔は魔女って言っても男性もそう呼ばれてたとか聞いたことあるし。


「あの、タペヤラさん。失礼を承知で質問いいですか」

「いいよ、答えられることなら」

「女性ですか?」

「一応?」


一応ってなんだ一応って。

私がそう思ったのがわかったのか、それとも顔に出ていたのか「いやぁ、適当に答えたとかじゃなくてね」と言った。


「ボク達『魔女』って性別の概念が薄くてね? 基本『中性』なのさ」

「じゃあ、貴方は人間じゃないってことですか?」

「そうだね、キミは人間だけどボク達は『魔女』という生き物なんだと考えてくれていいよ」


一つ聞くとどんどん気になることが出てきてしまう。

「まだ質問いいですか?」と尋ねるとどこか嬉しそうな声で「もちろん」と答えた。


「人と話すのなんて何年振りかなぁ、ちょっと楽しくなってきたよ」

「では遠慮なく、地下に住み着いてるっていうのは?」

「あぁ、気になる? 気になっちゃうよね、まぁそのまま言葉の通りだよ。ここには地上にある知識の塔にある本の原本(・・)が全て保管されている、私はその管理をしているというだけさ」

「原本ってことは、上にある本は全部その謄本(とうほん)ってことですか?」

「そういうことになるねぇ」

「てっきり知識の塔の本って原本だから貸し出し禁止なのかと思ってました」



私が出された紅茶に手をつけたところで「あぁ、そういうことになってるからね」とタペヤラさんは答えた。



「なっている?」


「うん。上にある謄本と原本をボクが全て入れ替えた(・・・・・・・)からね」



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