8 ガンガン成長していこうぜ
見た目が人間だからか、はたまた『竜威』によるステータス超強化を読み取れないのか。
その後もモンスターには度々遭遇した。
超でかくてパワフルな青い熊『ビックグリズリー』。
やたらと素早く毒の牙を持つ『エルダーアスピス』。
氷魔法を使う、青い霊魂っぽい『ブルーウィスプ』。
必ず複数頭で連携してくる巨大犬『ヘルハウンド』。
そして『マンティコア』。
そいつらは《深淵の森》を闇雲に歩き回る、あるいはその場に留まっているだけで勝手にポップして襲いかかってきてくれるのだ。
正直――
「超楽」
四体目のヘルハウンドを俺が蹴りあげた隙に、五体目がメツ子を狙い――読めていたので軽く背中を逸らしつつ裏拳で殴り飛ばす。
そうして何度目かの戦闘を終えると。
パ~ラ~パッパッパ~ン♪
【レベルが36から37に上がりました】
【HPの最大値が10572から10689に上がりました】
【MPの最大値が10543から10664に上がりました】
【筋力が10520から10613に上がりました】
【耐久力が10493から10520に上がりました】
【魔耐性が10102から10120に上がりました】
【敏捷性が10134から10165に上がりました】
【器用さが10212から10254に上がりました】
【スキルポイント300を得て3340スキルポイントになりました】
「よっしゃ。ヘルハウンドは絶対複数で現れるせいか、経験値多めっぽくて助かるわー」
いやーちょろいちょろい。
ステータスの伸びもすげー増えてて実にいいね。
あれから超魔法は一切使わず、可能な限り無駄に超人的な動きをしないように試みたせいか、MPのほうも節約できている。
といっても減ってはいるし、やがてメツ子のかけてくれたMP自動回復も切れるだろうから、そこまでは楽観視はできない。
でもまあ、単純に。
「無双超楽しいわ~」
向こうの世界で出会っていたら絶句してちびっちゃうこと確実な巨大熊やライオン、素早い毒蛇や狂犬、実体のよくわからない霊魂も、超ステータス強化の『竜威』さえあればただただ十把一絡げの雑魚でしかない。
しかもなにを喰らってもノーダメージというおまけつき。
……いやまあ喰らうと必要以上に『竜威』使うことになってMP消費するから、なるべく避けるけどね。
超反応を使わないですむように先読みして。
そう、MP節約のため、できる限りノーダメ、最低限の動き、最低限の力で相手を倒す――。
その程よい縛り感も、ミッションをこなして高スコアを狙うゲームのようで。
「ほんとつくづくこっちの世界俺に合ってる。マジ感謝しかないわ――なあメツ子」
そう言って黙りっぱなしのメツ子を振り返る。
「…………」
……んん?
ついさっきまで「……貴様なぜそんなにもあっさりと適合を……」とか「も、もう力の調節ができてきているだと……!?」とか、モンスターと戦う度にいいリアクションをしてくれてたんだが。
今は顔を俯かせて、こちらを見もしない。
というか。
明らかに足取りが重そうで。
ふらついていて――
「――おっと」
木の根っこにけつまずき、倒れそうになったメツ子を反射的に手を差し出して支える。
「なんだよ、おい――ってお前なんか冷たくない?」
薄い布越しに感じた体温は、明らかに今までと比べて低い。
なんかくにゃっとしてるし、息もか細い。
「大丈夫か?」
「…………う……うる、さい……」
うーわ、声小さ。
もう自力で立てないじゃん。
仕方なく近くのロウラシスの幹を背に座らせる。
ぐったりと幹に寄りかかるメツ子は、透き通るような肌の白さにその苦しげな表情が、華奢な手足やさらさらと落ちる銀髪と相まってものすごく美しくて――とか言っている場合じゃないな。
『全知』を使ってステータスを見みてみると――あーすげえHP減ってる減ってる。
おかしいな、なるべくメツ子にはダメージいかないようかばってたつもりだったんだけど。
状態異常系の攻撃も最初のマンティコア以外は喰らってなかったはず。
――って見てるあいだにもHPが減ってってる?
「あれ、お前毒受けてた?」
「……う……けて、ない」
だよなー。
じゃあなんでだ――と思ったら。
きゅ~くるくる
可愛らしい鳴き声。
はて、モンスターか? とは思わなかった。
『全知』にはなにも引っかかっていないし、なにより声の発生源がメツ子の腹の辺りだったからだ。
「……おい、もしかして」
本人も自覚があるらしく、あからさまに顔をそらしている。
俺がさらに追及しようとすると。
「ち、違――」
くうぅ~
「…………」
「違くうぅ~? ん? なに違くうぅ~って。ねえ?」
「……っ」
この顔の赤さは疑いようもなく恥ずかしさのためだろう。
悔しそうに歯噛みするメツ子は、ようするに――腹が減って動けなくなったらしい。
「し……仕方ない、だろうっ、今まではこんな、空腹……など……ぁぅ」
もう一度鳴った腹を切なそうに抱えるメツ子。
ちょっと可愛いな。
「あーそういや俺全然腹減ってないな。――うわ、なに『竜威』ってそんなとこまでカバーしてくれてんの?」
「…………」
メツ子は黙っているが、そうとしか考えられない。
なるほどね。そりゃMPがんがん減るわ。
「この姿は……不便だ」
精一杯そんなことを言ってみせたメツ子はそれ以上はもうなにもしゃべれないとばかりに黙った。
メツ子が普通の人間と同じかどうかはともかく、生物である以上腹が減っているということは当然ながら水分も必要としているということだろう。
というかたぶんそっちのほうが深刻だ。
「水に食いものねえ……ちなみに、この近くに街ねえの?」
「…………ある」
「え、マジで?」
全然期待してなかったけど、あるんだ。
実は『全知』を使って周囲のマップとか出ないかと試してみたのだが、さすがにそういう能力はないらしく、その時点で周囲の探索を諦めていたのだ。
なにせどこ見ても同じような森である。
闇雲に歩いてどうにかなるわけがない。
いずれ超跳躍を駆使して適当に越えればいいと思っていたのだが、状況が状況だ。
……正直もうちょいレベル上げたかったけど。
しょうがない。
「んじゃ――」
「道案内は……できんぞ」
「は? なんでだよ」
「…………どっちに行けばいいのか……わからない」
「……はあ?」
なにいってんの。
俺のその反応に、メツ子は悔しそうに、恥ずかしそうに言う。
「……だから……っ、魔力がないから、方向感覚を狂わされて、案内できない……!」
「…………あー」
《深淵の森》いっぱいに生えるロウラシスは、魔力の低い者を迷わせるってそういうこと。
元世界最強の竜さんは、自分がそんな状況にあることがよほど悔しいのか、泣きそうなほど顔を歪め――苦しそうにズルズルと幹からズレる。
あ、マジでHPがなくなる。
これは本気で今すぐ解決しないとまずそう。
そしてただちに解決できる方法が――あるにはあるが。
「……んーまあしょうがないよな。死ぬよりはマシだろうし」
「…………ちょっと、待て……貴様……なにを……」
「大丈夫大丈夫。一回使ってるし、少しはコントロールできるはずだから。たぶん」
そうして俺は超手加減超手加減と自分に言い聞かせながら、右手をまっすぐ伸ばし。
その言葉を口にした。
「『凍絶』」