7 再びのレベルアップと
待つこと数秒。
そいつはまるではじめからそこにいたかのように現れた。
「グルル……」
十数メートル先で威嚇するように唸り声をあげる、黒いライオンっぽいモンスター。
細かく見ていくと、「絶対それじゃ飛べないだろ!」って感じの小さな翼が生えていたり、「そこまで長いと逆に走りにくくない?」と言いたくなる鋭い爪やらが生えていたりするが、まあ大まかには黒いライオンであってる。
……まあライオンにしては超でかいけどな。
人間なら軽く二、三人ぺろっと丸呑みできちゃいそうな大きさのそいつは、それはそれは殺意丸出しで、一瞬でも気を抜けば飛びかかってきそう。
「ふん、マンティコアか」
すでにモンスター名が【マンティコア】であることは『全知』を使ってわかっていたが、わざわざ説明してくれた元世界最強竜さん。
ちなみにこいつのLVは58で、筋力は500超え……ほう、結構強い――のか?
例のように比較対象がいないので正確にはわからない。
「《深淵の森》に出現するモンスターの中ではそこそこのやつだな」
そう偉そうにのたまったメツ子に、俺は軽く言う。
「んじゃ実験にもちょうどいいな」
「は……? 実験? 貴様またなにか――」
再び最後までは聞かない。
ちょうどそのタイミングで殺意びんびん丸のマンティコアさんが思い切り息を吸い込んで――なんかよくわからないブレスを吐いてきた。
なんか妙に黄色い……大量の花粉が飛んでるみたいな?
当然のように効かない俺とは対照的に、
「し、しまったこれは――か、はっ……」
メツ子が喉の辺りを押さえてうめきだした。
「おー……大丈夫か?」
大丈夫じゃないということは答えられないことからも明白で。
……仕方ない。
俺は苦しそうにその場にうずくまりだしたメツ子のそばに寄ると、ここぞとばかりに飛びかかってきたマンティコアを軽く――可能な限り軽く殴った。
「――ギャゥッ!!」
超絶軽く殴ったはずのパンチは、全長8メートルは超える巨体のマンティコアをゴムボールのように勢いよく吹っ飛ばし、数本のロウラシスを巻き込みなぎ倒した。
「……マジで軽くのつもりだったんだけど」
と言ったところでマンティコアには伝わらないだろう。ごめんて。
心の中だけで謝った俺は、その舌の根も乾かないうちに、いまだ漂う黄色い息を吹き飛ばすためにそれを使った。
「『烈空』」
次の瞬間起きた出来事に、さすがの俺も唖然とした。
たぶんこれ使ったら空気を散らすどころか、マンティコア死ぬんだろうなーくらいには思っていたが、それどころじゃない。
辺り一面、俺を中心に半径数十メートルのロウラシスが切り裂かれ、なぎ倒され、残らず吹き飛んだのだ。
…………。
いやー見晴らしがよくなったね☆
とか冗談言ってる場合じゃない。
「おーい、大丈夫か?」
うずくまったままのメツ子に『全知』を使用しながら声をかける。
よし一応HP残ってる――
「――貴様殺す気か!?」
顔を上げると同時にそう詰め寄ってきたメツ子はどうやら元気いっぱいらしい。
よかったよかった。
「いやいや、なんかマンティコアの吐いたよくわからん息にやられてたじゃん? あれ吹き飛ばすためにはしょうがなかっただろー」
「『パライシスの息』の効果は即効性の神経麻痺だ! 死に至るようなものではない!」
「そんなこと言われても――」
「『全知』を使ったのならそれくらいわかっていただろうが!!」
「……あーいやほら、まだ慣れてないからさ」
「嘘だ! 貴様、“たぶん放置しても大丈夫だけど、『烈空』使う口実にしよう”って思っていただろう!? 思っていたよなあ!?」
「……大丈夫大丈夫、『雷滅』は使わないから」
「この状況で大丈夫だと思う者がどこにいる!」
ごもっとも。
つーかまさかばっちり読まれていたとは。
「いやだってほら、新しく手に入った力は使ってみたくなるじゃん?」
多少の代償があったとしても。
「普通もっと躊躇するだろう……! しないのか……!?」
「んーどうだろ?」
正直普通がよくわからん。
俺は俺しか知らないので。
「くっ……なぜ我はこんな者を召喚して……!」
「それはさすがに自業自得としか言いようがないわ」
と、そんなことを言っていたら、再び例のファンファーレが聞こえてきた。
【レベルが17から21に上がりました】
【HPの最大値が10027から10040に上がりました】
【MPの最大値が10101から10172に上がりました】
【筋力が10024から10037に上がりました】
【耐久力が10021から10033に上がりました】
【魔耐性が10004から10005に上がりました】
【敏捷性が10030から10042に上がりました】
【器用さが10019から10031に上がりました】
【スキルポイント200を得て1560スキルポイントになりました】
「ほーマンティコアも結構経験値もってたんだな」
ステータスの伸び率も悪くない……というか17まであがったときよりいいな。
「またレベルがあがったということは、ステータスも……」
「ばんばん上がっててるね」
「…………なぜだ……我があれだけ苦労しても……」
「いやだから俺にとっては新しい経験なんだろ?」
元いた世界でマンティコアなんて倒すとかありえないし。
戦うどころかそもそも存在しないからな。
「…………これが我の望んだものだとでもいうのか……」
なんか微妙にネガりモードに入ったメツ子を放置して、俺は『全知』を使ってMPの現在値を確認する。
MP:7201/10172
うお……思ったより減ってる……!
スキル『烈空LV99』の消費MPが高い可能性もあるにはあるが、それよりもマンティコアの『パライシスの息』を無効化したり、マンティコア本体を殴り飛ばしてるにもMPを消費したと考えるほうが自然だ。
最初にMP切れを起こしたときは、超魔法スキルは一切使っていなかったし、その代わりに火球無効化とか超跳躍、超キックを全力で行っていた。
これはようするに……元の俺とかけ離れたことをすればするほどMPを消費するってことか……?
たとえばもともとの俺が飛びかかってきたマンティコアを殴ろうとしたら、たぶん手か腕か、とにかくそこら辺が折れる。
そうならず、逆に殴り返して吹っ飛ばす――しかもこちらはあらゆる部位がノーダメージなどというのは、とてつもないブーストをかけなければ成立しない。
そのブースト具合の大きさで消費MPが決まるのだとしたら……?
これは今のメツ子のステータスの低さと、竜の状態では『永久竜晶』がなければ同じくMP欠乏症になっていたという事実とも符合する。
……ふむ、ということは。
俺自身をめちゃくちゃ鍛えれば『竜威』のMP消費は抑えられるってことか。
もちろんまだ仮説の域を出ない。
そして仮に正しかったとしてもとてつもなくめんどくさい。
現状のカンスト超えステータスを見ればそれは明白だ。
元の世界でそんなんやれっていわれても、確実に拒否ってた。
だが。
「幸いなことにここは異世界なんだよなあ」
独りごちた俺を、うなだれているメツ子が、見上げてくる。
――そう、幸いなことにここは異世界。
そして、俺が手に入れたのは世界最強の竜の力。
ポイントは手に入れたのが力だけということだ。
経験値はゼロのままだから、ドライグといい、マンティコアといい、倒せば倒すだけレベルはあがる。
当然普通よりはるかに早くだ。
そんなの――
「レベルあげまくるに決まってるだろ」
そのための相手が近づいていることを『全知』によってすでに知っていた俺は、こみ上げる笑みを抑えることができなかった。