40 脱ぎ捨てた先
ルーシェにそういうことをするつもりはない。
だからといって、ルーシェ自身に魅力がないとか、見下してるからとか、汚れてるとかそういうんでもない――。
それだけのことを説明し、納得させ、受け入れてもらうのに、かなりの時間を要した
何度も「もういっそ『全知』でこっちの考えてることそっくりそのまま伝わらんかなー」と思ったが、さすがにそこまで便利ではないらしい。
というか、それはそれで色々困ることになりそうなのでうまくいかなくてよかったけども。
ともあれ、へこんだり泣きそうになるルーシェをなだめすかし、最終的には『お互いになにもしない』という条件の下に一緒に風呂に入ることになった。
……いやもちろん、最初はちゃんと男女別の湯に入ろうって話に持ってこうとしたよ?
持ってこうとしたが、あまりにもルーシェがへこんでいるのと、それ以上に洗い場でずっと話していたせいか普通に震えている姿を見て、「女湯行ってくれる?」とは言えない。
というわけで。
微妙に離れた位置で、ルーシェと二人風呂に入っている。
……ほんとなんなんだろうなこれ。
幸いにも濁り湯なおかげで、お互いの身体が必要以上に見えたりはしない。
見えたりはしないが、お互い全裸であることには変わらないわけで。
全裸の美少女エルフと一緒に風呂に入っている――。
なんというか、まあ。
意識しないわけがないよね。
「……あの、ハルカさま」
なんてことを考えていたらいきなりそう声をかけられて、俺は不自然にむせかえるのを堪えて言う。
「――どうした?」
目があうと、ルーシェはつらそうにそらして。
「……すみませんでした。いろいろと……お騒がせして」
そのいろいろの部分に先ほどまでのやりとりが含まれるのは明確で、俺は空を見上げた。
「あー……まあ、気にしなくていい……ってのも変だけど、お互いに忘れようぜ」
「………………はい」
顔を俯かせるルーシェ。
あれは納得してないやつ。
とはいえ、納得させるためにはアレしないといけないわけで、それは俺的に大変困るので仕方ない。
微妙に気まずい空気に湯の中に入れた手をなんとなく動かすと、白くさらさらな湯はしっかりと感触を返してくる。
それはいまいち熱さのわからない俺にも普通に心地よく感じられて。
「なあルーシェ」
「――は、はい?」
「なんでルーシェはそんな自分のこと卑下しちゃうわけ?」
「え」
心地よさにかまけて。
俺は口走っていた。
「まだ数日の付き合いだけどさ、俺はルーシェがいい子だと思ってる。全然知らんやつに、いいやつだぜって紹介できるくらいには。容姿だってすげえ可愛いよ。ぶっちゃけメツ子から性欲ほとんどないはずなんだけど、それでもムラムラするくらい。……けど、俺がいくらそう言ったって、ルーシェはたぶん自分なんて、みたいに言うよな」
「…………そ、それは、わたしが魔族で――」
「魔族ならみんな悪いん?」
「――」
「……ああ、いや、ごめん。別に責めてるわけじゃなくてさ。なんつったらいいんかな、俺とルーシェであまりにも認識の齟齬があるっつーか……」
あーうまく言えないわ。
『全知』さんなんとかして。
我ながら言葉はきつめだが、別に怒ってるわけじゃないのだ。
ただ、おかっぱおっさんといい防具屋のミザイといい、“手を出すのすら汚らわしい”というあの感じ。
それをルーシェ自身も真に受けて、“自分が女性として見られると思うことすらおこがましい”という感覚。
それが、なんというか、すごく、嫌なんだよね。
その嫌さを言葉にするのが難しい。
まあ、こっちの世界特有の種族観というか、そういうのも関わってくるんだろうけどさ。
種族格差とかそういうことではなく、俺の知ってるこの女の子が、必要以上に貶められたり自分を卑下したりするのが、もやる気がするのだ。
なんて。
裸なせいか、裸な女の子が近くにいる気恥ずかしさか、あるいはまったく気まぐれにか。
ずっと思ってたことを、うっかり口に出してしまった。
……口に出したところで特になにも解決しないってのがアレだけれども。
などと考えていると、気まずげに顔を俯かせていたルーシェが、不意に口を開いた。
「わたしの故郷は……魔王を輩出した村でした」
「………………ん?」
魔王?
「あ……あ、ご、ごめんなさいっ、きゅ、急に自分のことをしゃべったりして……!」
「いやいや、それはいいんだけど。え、ルーシェんところって魔王の出身地なの?」
メツ子が人側に与して、勇者と一緒に倒したとかいう?
三千年前にやられた魔王?
「…………はい」
複雑そうにうなずいたルーシェは、そうして自分の右腕をぎゅっと抱きしめるようにし、しばらく逡巡した後、一息に言った。
「わたしは、その村で魔王の後継者として育てられたのです――」




