38 男湯と女湯
「ふぅ……」
ベッドの上で果てたメツ子がそのまま気を失うようにうつぶせで眠るのを確認し、俺は思わず額の汗を拭うような仕草をする。
もちろん、汗が流れたりはしてない。
気持ち的なものだ。
一仕事終えたり、危機から逃れて一段落したら、自然とやっちゃうやつね。
癖って割と抜けない。
「しかしまぁ……発情期マジですげえな」
まさかメツ子がこうまで豹変するとは。
普段のぶすっとした態度とのギャップがハンパない。
そして、ひょっとしなくてもこれから発情期が来るたびに俺は発情メツ子を鎮めるためにマッサージを施さなくちゃいけない感じ?
それ自体はさしたる労力じゃないし、マッサージが器用さ依存なのも確認できた上、なんだったらこれで店でも開けちゃうんじゃないのってくらい自信はついたけど、そこに付随するやりとりを想像するとげんなりする。
……いや、銀髪美少女に迫られて嬉しくないことはないんだけどね。
むしろ男冥利に尽きるというか、ありがとうございます! って感じにはなるんだけども。
これ絶対明日メツ子が正気に戻ったらめんどくさいやつだよなあ……
まあそれをネタにメツ子いじるのも楽しそうっちゃ楽しそうか。
ともあれ、一仕事……ないし、一難去ったら疲れた。
肉体的にではなく精神的に。
あれだね、どれだけ肉体的な疲労がないっていっても精神的な疲労っていうのはあるね。
これは《深淵の森》をぶらぶらしてたときも思ったけど、定期的な休息は単にメツ子やルーシェの体力回復のためだけじゃなく、俺自身が考えを整理したりするのにもプラスに働いた。
もちろん、体力回復みたいにそれしないと死ぬとかそういう意味での必須行動じゃない。
ないよりはあったほうがいいって感じではあるけど、実際、寝転がってなんも考えない時間とか妙に気持ちよく感じるし、睡眠は必ずしも肉体的疲労のためだけにあるわけじゃないってのがよくわかった。
気持ちのリセット、大事。
というわけでさっさと自室に戻って寝転がるか――と部屋を出たところで。
気づいた。
「――もっといいリラックス方法あるじゃん」
ぽんと手を打つ古典的なリアクションを思わずとりながら、俺は割り当てられた部屋とは逆方向に足を向ける。
そうして上がってきたのとは違う階段を下り、別館へ続く道を行くと、やがて見えてきたのは、見覚えのある二色ののれんのようなものだった。
「おお、ちゃんと男湯と女湯ってあるわ」
二カ所の入り口に垂れ下がったのれんにはしっかりと男湯・女湯と書かれていた。
のれんをくぐり抜けた先に広がる脱衣所もなかなかの広さで、石造りの壁と壁にしつらえられた棚と衣服入れの籠がいかにもそれっぽい。
マスターヒコイチ自慢の大浴場は、確かに執拗に入ってけと主張するだけのものではあった。
別に風呂は身体が汚れてないからって入っちゃいけないもんでもないもんなー。
いやまあ入ってけって言われたときは「結構です」としか思ってなかったけど。
そこはそれ。
ゆったり湯に浸かってまったりするとか最高の息抜きですよ。
手早く服を脱ぎ捨てた俺は、なんだったら鼻歌交じりに浴場の扉を開け放つ。
「ほー、露天風呂かー」
夜空の下、ほどよい湯煙と共に広がるのはそこそこのスペースの岩風呂。
そばには桶が詰まれており、ちゃんと洗い場らしきものまである。
さすがに便利な水道設備とかはないらしく、湯船から桶で掬ってくるのだろう。
なるほどこだわってんな。無駄に。
もちろん誰かさんから奪った素敵能力で新陳代謝と無縁の俺は、体を洗うという行為が必要ないので、そのまま湯船に入――ろうとして。
気づく。
先客がいることに。
湯煙のせいで今の今まで気づかなかったが、湯船に浸かっていたその人物は、やたらと肌が白く、長い金髪をアップにしているせいで見えるうなじが最高に艶っぽくて、なにより――
耳が長かった。
……いやいやまさかまさか。
ちゃんと男湯って確認して入ったし!
エルフにも当然男はいるだろうし、後ろ姿だけだったら、見間違えることもあるしね?
と、そんな俺の心の声が聞こえたようにその人物は立ち上がってこちらに向き直って。
「……お、お待ち……していました…………ハルカさま」
全裸の金髪美少女エルフ――ルーシェは、そう言って恥ずかしそうに顔を伏せた。




