36 発情期
なにがどうしてそうなったのかはわからないが、元世界最強竜さん、マジで酔っ払ってるっぽい。
いやまあそれはそれでいいんだけれども。
とろんとした目で、伸ばした俺の腕に顔を載せ、ついでに俺の腕にすりすりし、ネコならゴロゴロ咽を鳴らしそうな感じで言う。
「ハルカぁ……」
「……なに」
「ハ・ル・カ~」
「だから、なんだよ」
「にゃんだよ~? にゃんだよ~だってぇ、にゃはははははっ」
「うぜえ……」
「んん~? 嘘だぁ~」
なにが楽しいのかにへへへと笑って、メツ子は少しだけ恥ずかしそうに言う。
「ハルカ、われのこと綺麗だっていってたし」
「……はあ? 綺麗って――」
あ。
あれか?
竜の姿のときのこと?
「あー……まあ、確かに綺麗とは言ったけれども」
え、竜の姿褒められると嬉しいの?
つーかあのとき意識あったのかよ。
二重の驚きに満ちた眼差しを向けると、メツ子はなにを勘違いしたのか、はにかんだように顔をそらして。
「……なんかねー、ハルカに綺麗って言われるのは……ちょっと……ん、だいぶ……嬉しかった……」
「…………あ、そう」
「……えへ」
なにこれ。
すげえうっとうしいのに、すげえ可愛い。
その明け透けで無防備な笑顔が、普段のジト目とのギャップで、ハンパなく可愛く見える。
なんかもう一周回って怖くなってきた。
「……つーかお前、なんでそんな酔っ払ってんの?」
「ふぇ? 酔っ払ってる? 酔っ払ってないよ?」
でたよ酔っ払いの常套句。
はじめて聞いたけど、本当に言うもんなんだな。
「いやどう考えても酔ってるから……」
呆れつつ言った俺に、メツ子は口をへの字にして床をパンパン叩く。
「酔ってないってばぁ~竜族は酔っ払わないしぃ」
「じゃあなんなんだよその状態……」
って本人に訊いても仕方ないかもしらんけど。
と、思いきや。
「んんぅ? 別に普通だけどぉ? 普通に――発情期が来ただけだし」
「…………ん?」
今なんて?
俺のそんな心の呟きが聞こえたかのように、とろん目メツ子は身体をゆっくりと起こすと、ふらふらしながら――
「ちょ、おい」
「――ふにゅっ」
支えようとした俺の手をすり抜け、思いきり胸に顔を埋めてきた。
そうして顔をグリグリするメツ子は、「にへへへ」と妖しく笑いながら――シャツの中に右手を入れてきた。
「――おま、なにや――むぐっ」
俺が顔を下に向けるところを狙い澄ましていたかのように、再び唇を奪ってきたメツ子は、ここぞとばかりに左手を俺の首に回してきて。
う……動けない。
いや、無理をすれば動けるんだろうけど、それをしたときに、この……普通の状態でも抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な女の子を傷つけてしまいそうで躊躇われる。
……華奢な女の子? はあ?
そう思う理性とは裏腹に、俺の意識はゆっくりと、背中をまさぐるように動かされる小さな手と、貪るように口内に侵入してくる舌の対応でいっぱいいっぱいで。
徐々に動きの激しくなる舌、ゆるく爪を立てはじめる手、懸命にこすり合わせる肌。
「――んっ……はぁん……っ」
唇の間から漏れる、荒く切ない息づかい。
否応にもなくわかる、昂ぶる気持ちとリビドーのボルテージ。
……これは確かにアレだ。
まごうことなき――発情期!
俺は状況に完全に流されつつも、理性を手放したりはしていなかった。
メツ子の艶めかしい動きを冷静に見極め、ここぞというところでやんわりと唇を解放させて。
「――ストーップっ」
声を張った。
我ながら珍しく、結構音量出た。
にもかかわらず、メツ子のリアクションは芳しくなかった。
「…………?」
とろんとした目つきはいまだそのままで、「なんでやめるの?」といいたげに、小首を傾げ、誘うようにこちらを見つめ続けている。
……うん、なるほど。
しゃべんないほうがエロいってあるんだな。
またよくわからない真理に到達しつつ、俺は大人しく訊く体勢になってる……いやまあ抱きついたままってだけなんだが、ともかくメツ子になるべくやんわりと話しかける。
「一つ確認しときたいんだが、この発情期のときの記憶って、発情期が過ぎてもそのままなんだよな?」
こくりと小さくうなずくメツ子さん。
いちいちリアクション可愛いなこのやろう。というのは置いておいて。
「なら、予言してやろう。お前ここで最後まで致したら超絶後悔するぞ」
「……? なんで?」
「なんでときたか……」
いやまあそう訊いてくる時点で正常な思考がまるで働いてないことはまるわかりなんだけど。
発情期すげえな。
そして年中発情期の人間ってやべえな。
「……ハルカは……われと……気持ちよくなりたくない、の?」
「なりたい」
なっちゃいたい。
たぶん竜の力のせいだと思うけど、こっち来てから性欲が減退してる自覚があってなお、なっちゃえるものならなっちゃいたい。
それくらい魅力的な状況ではある。
あるけれども。
「じゃあ――」
そう言って再び唇を重ねようとしてきたメツ子を、できる限り優しく引きはがして、俺はため息と共に告げた。
「素に戻ったメツ子が恥ずかしさで死にかねないからやめとくわ」




