35 二人きりの部屋で
ルーシェが部屋を出ていった後、俺はメツ子を抱きあげたまますぐ横のベッドを見て、独りごちる。
「……結局めくってってないし」
布団。
いやまあ、別にいいっちゃいいんだけどさ。
メツ子の服はめくって布団はめくっていかないというのも面白い。
とりあえずルーシェは意外と抜けてるところもあるらしいっていうのと、テンパると周りが見えなくなるというのがわかった。
素晴らしい収穫にうなずきつつ、俺はベッドの上にメツ子を横たえる。
掛け布団はそのままだ。
「もうこれでいいかな……」
寒くなったら困る……というか、現在進行形で寒い可能性があるので(竜の力奪ってから俺自身は寒さとかがよくわからなくなってる)、布団をかけてやったほうがいいと思っていたが、面倒になってきた。
……いや、変に風邪とかひかれたほうが困るか。
元最強竜が風邪を引くのか疑問だが、少なくとも酩酊? はするらしいので、可能性としてはありえる。
隣のベッドから掛け布団だけ持ってくる……のは、ルーシェのだからダメか。
――あ、俺の部屋から掛け布団持ってくればいいんじゃね?
幸い俺は寝る必要がないっぽいので、布団自体まったく必要ない。
「おーグッドアイデア」
一件落着じゃーん。
思わず手を打ち合わせた俺は、部屋を出ようとして――
なにかに服を引っぱられたような気がした。
「?」
が、そのまま無視して歩こうとしたら。
「――――ふぎゅっ」
ドタン、となにかが床に落ちる音と共に、そんな声が聞こえてきた。
「んー?」
今度こそ振り返ってみれば――
メツ子が床にキス、もとい、うつ伏せに倒れていた。
「……なにしてんのお前」
つーか意識戻ってたのか。
右手をこちらに伸ばした体勢で倒れているメツ子は、どうやら俺の服を引っぱっろうとしていたっぽい。
いや、実際に引っぱったけど、俺が無視したから落っこちたのか。
「ぅぅ~…………た……」
「あ? なに?」
うつ伏せのまま呟かれてもなにを言ってるのかわからない。
というかロレツも回ってないっぽいし。
思わず屈みこんだ俺は、銀髪を床に広げるメツ子に顔を近づけて――
がばりと起きあがったメツ子に、唇を奪われた。
――は?
いや、は?
いきなりすぎて混乱せざるをえない俺を尻目に、メツ子は容赦なく俺の唇と歯をこじ開け、口の中にぬるりと舌を這わせてくる。
以前のキスとは違う、濃厚な接触。
唇だけでなく、抱きつくようにして……というか完全に抱きついて、俺の舌に自分の舌を絡ませ、まるで“そういう間柄”で行うもののようにねっとりと時間をかけて口内を蹂躙し――唐突に唇を離した。
糸を引く唾。
それすらも愛おしいように自分の唇をぺろりと舐めたメツ子は、俺の視線に気づくと普段からは考えられないほど無防備に、にへっと笑って。
「にへへ――お返し」
――背筋がぞわっとした。
え?
なに今の。
“お返し”が“おあえし”って聞こえるくらいロレツ回ってないし、ルーシェが脱がしたせいで微妙に服ちゃんと着れてなくて、肩とか露出してて、スカートもまくれまくってて、クールな銀髪美少女が乱れてるとかすげーイイけど――
俺の知ってるジト目不機嫌(天然全裸)メツ子さんどこいった?
呆気にとられる俺の前で、いつもと違いすぎるメツ子さんは滔々と言う。
「ハルカがぁ……われのことおいて出ていこうとするから…………わかってるのかぁ?」
「え、わからん」
まったく。全然。
素直にそう答えた俺に、メツ子は眉をひそめ、
「んんぅ~?」
再び顔を近づけ――またキスしようとしてくるのを今度は避けた。
勢い余ったメツ子はそのまま無防備に床に頭から突っ込みそうになったので、それは防ぐべく右手を差し出す。
つっかえ棒のように差し出された俺の腕に抱きつき、メツ子は口をへの字にしてこちらを見あげてきた。
「ぁん……あんで避けるのだ~?」
「いやなんで避けないと思ったんだよ……」
たぶんさっきので魔力回復したはずだし。
もう一回する理由がない。……したらたぶんいろいろとヤバイ。
てか、のだーってなに、のだーって。
「むぅ~」
ぷくっと頬をふくらませ、手の平で床をパンパン叩き、ものすごく幼く不満を表明するメツ子さん。
床にぺたりと座っている姿や俺の腕にぐんにょり体重をかけているのも相まって、無性に可愛らしく見える。
メツ子のくせに可愛らしい、だと……?
いやまあ元々ありえないくらいの美少女だし、実際街でも店でも男たちから見られまくってたからメツ子のくせにってことはないけど、可愛いというよりは綺麗とか美しいとかそういう表現のほうが合っていたはずなのに。
……と、いうか。
よくよく見るまでもなく、とろんとした目、上気した頬、緩みまくりの口元って。
これはもしかしてあれか。
ガチで酔っ払ってらっしゃる……?
驚愕を込めた俺の視線に、メツ子は半分閉じかけた目もそのままに、それはそれは嬉しそうに、にへら~っと笑ってみせるのだった。




