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34 勘違いの果て

「ご――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ!!」


 そう言って土下座せんばかりに全力で謝ってきたルーシェは、


「いやまあ、もういいから……」


 俺がいくらそういなしても顔を赤くしたまま頭を下げ続けた。


 それはもう、謝られるこっちがひくくらいに。


 しまいには「メ、メツ子さまにも謝らないと……!」と言って、意識のないっぽいメツ子を起こそうとする、本末転倒な行為に及びそうになったので。


「あーそういやルーシェ、ここフロあるの知ってるか?」


「……え?」


「ん? 風呂じゃ伝わらないか? えーと、シャワー、湯浴み、沐浴……」


「…………わ、わかり、ます……」


 わかりますが、どういう意味なのかがわかりません――そう言いたげにおずおずとこちらを上目遣いにうかがってくるルーシェに、俺はマスターヒコイチとのどうでもいい会話①を思い出す。


「ちなみにうちの店、ひそかに大浴場が自慢だから」


「……は? 酒場なのに?」


「いやいやいやリョカンだからリョカン」


「うん、リョカンっていう名前の酒場兼宿屋だよね」


「宿イコール旅館だろ!!」


「旅館イコール宿じゃないの」


「んなもん同じだ同じ!」


「それ日本人は人だから、人は日本人って言ってるのと同じだけどわかってる?」


「……と、とにかく! やっぱ旅館には大浴場がないとダメだろ!? だからがんばって作ったんだよ! ……ちっちゃいけど」


「大浴場じゃないじゃん」


「いいからうちに泊まる以上、絶対入ってけよ!!」


 俺はメツ子の力の影響で体を清める必要がほぼない。


 したがって、マスターヒコイチのその話にも「ああはいはい、はいらないけどね」と適当に心の中だけで答えていたのだが。


「なんかこの店、風呂が特徴なんだってさ。どう見ても酒場なのに。まあマスターがすげー俺にプッシュしてきてたからさ。確かめてきてくれないかなーって」


 それでついでにルーシェも冷静になれたらなーって。


 まあ時間があけば自然と戻るだろうけど、その時間をあけるための手段に結構いいかもしれない。


 そう思った俺に、ルーシェは。


「……………………」


 ……あれ、なんでそんな困惑するような目?


 もじもじと指を絡ませ、いっそう俯きがちになったルーシェは、声のボリュームも下げ下げで言う。


「……あ、あの……わたし、一人で……でしょうか……?」


「うん」


 と普通に答えてしまってから、俺は付け加えるように言う。


「ああ俺と一緒がいい?」


 マスターヒコイチに確認しないとわからないが、まあ今ここ俺らしかいないっぽいし、貸し切り風呂にすることくらい余裕だからなー。


 えーやだもー。


 なーんつって。あははは――


 と。


 一人脳内シミュレートしてみたものの、全然そのとおりにはならなかった。


 むしろルーシェはこれまた恥ずかしそうに、けれど満更でもなさそうな顔で、何度か逡巡し、


「………………………………はぃ」


 小さくうなずいた。


 ……うなずいてしまった。


「いやいやいやいや……」


 それはダメだろ。


 いや、十代男子的にこんなスゴカワエルフ女子との一緒にお風呂とかダメじゃないでほしいけど、ダメじゃないでほしいって言ったら、ダメじゃなくなっちゃう感じがものすごくダメだろ。


 ……自分でもなに言ってるのかわからなくなってきたが、とりあえずメツ子抱き上げた状態のまま話すことではないことは確定的に明らか。


 あとこの状態のルーシェと話し続けるのもよろしくない。


 というか、ルーシェもあれか、メツ子と同じでちょっとおかしいのか?


 マスターヒコイチやっぱなんか盛ってたか?


 俺は意図して長く息を吐くと、ご主人さまの指示を待っている子犬みたいに愛くるしくもどこか不安げな表情を浮かべるルーシェに、ゆっくり噛んで含めるように言う。


「あールーシェと一緒に風呂に入りたいのはやまやまだけど、俺はまだちょっとやることあるからさ」


「…………やる、こと……」


 と小さく呟きつつメツ子を見るのはやめようか。


 そうじゃない。そういうことじゃない。


「えー……あとほら、俺あんまり風呂に入る理由ないじゃん?」


 メツ子の力のおかげで。


《深淵の森》を抜ける過程で、ルーシェにもそのあたりの話はしたはずだ。


「だから、風呂はルーシェ一人で――」


 と、そこまで続けた瞬間、ルーシェが目を見開き、眉をハの字にしてすささと後ずさった。


 ……はじめて見る動きだからびびる。


 そうして、あせあせと、自分の体の匂いをかぐような素振りを見せ、そのまま泣きそうな、死にそうな表情で――てかこれさっきも見たな。


「す……すみませんハルカさま……」


 涙ぐむルーシェは、そう言ってうなだれて。


「わたし――汚れて、いました……」


 ……その激しく誤解を招く発言はなんとかならなかったの?


 そう突っ込む機会も与えられず。


「ただちに――身を清めて参ります……っ」


 と、これもまた別の意味に受け取れる言葉を残して、ルーシェは急ぎ部屋を後にするのだった。

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