33 潰れ竜
いかなる理由か、押しても引いてもメツ子はうんともすんとも言わなかった。
いやそれは言いすぎか。
「おーいメツ子ー、ここで寝るなー」
と耳元で声をかければ、
「ん……っ」
と吐息を漏らし、
「起きてんの?」
と続ければ、
「――ぁ」
と声を出す程度には、一応反応していた。
ただまあ、本当にその程度でしかなかったので、
「酒で潰れたみたいだな……酒じゃないのに」
と首を傾げるマスターの言うとおり、酒かどうかはともかく“潰れて”しまったらしい。
まあ元竜だし、人とはまた違う部分で酔っ払うとかそういう成分があったのかもしれない。
マスターとルーシェにも、そこらへんをさりげなく尋ねてみたが、
「さー? 竜が酒以外で酔っ払うてのは聞いたことねえな」
「…………す、すみません……わたしも、わからない、です……」
だよねー。
元竜の生態とか異色以外のなにものでもないもんな。
「ま、寝かせとけば治るよな」
たぶん。
そう結論づけると、俺はこのまま放置しても一向に動きそうにないメツ子を持ちあげるべく手を伸ばして、
「ん? あ、運ぶなら手伝うぜ?」
カウンターから出ようとするマスターに首を横に振ってみせる。
「いいよ。一人でも余裕……というか一人のほうが余裕だから」
「いやいや、お前は潰れた人間の重さを知らな――」
い。と言い切らせる前に、俺はメツ子の腰に左手を差し入れ、片手だけでうまく持ちあげると、
「よっ」
別にかけ声はいらなかったが、なんとなく声を出し、反対の手で背中を抱える。
――完成、お姫さま抱っこ。
「……!?」
驚くおっさんに、俺は軽く笑う。
「言ったじゃん。“終焉の滅竜”の力は今俺が持ってるんだって」
潰れた女の子一人を持ち運ぶなんて、箸を持ちあげるのとさしたる違いはない。
バランスさえとれれば片手で運ぶのだって余裕だ。
……その分MPは余計に消費するけど。
「そ、そうか……すげえなお前」
羨望や驚きよりも恐怖のほうが強い感じで、引きつった笑みを浮かべるおっさんマスターヒコイチ。
その気持ちはわからんでもないので、俺は割り当てられた部屋の場所を確認すると、その部屋のものだという鍵を受け取り、ルーシェと共に二階へと上がっていった。
途中、階段を一段あがるたびに、メツ子が、
「――んぅ……っ」
とか、
「ぁぁ……っ」
とか、やたらとアレな声を漏らした上、腕からこぼれ落ちて床を擦りそうな美しい銀髪やら、こちらに無防備に向けてる白い首筋やらが妙な色気を帯びていて。
それはもう妙な気分にならなくもなかったが。
「……あー、ルーシェの部屋は俺の部屋の隣か。つーか女子のみ二名一室ってひでえな」
などと心の底からどうでもいい話をルーシェにふることで、なんとかことなきをえた。
あれだな。
メツ子は黙ってるといろいろ問題があるな。
本来であればいい意味で。
「あの……ハルカさま。お部屋は……ここ、かと……」
なんて、余計なことを考えていたら女子部屋の前を通り過ぎそうになった。
その先が俺の部屋だったので、メツ子をお持ち帰りしたみたいになっちゃったじゃん。
「悪い悪い。ぼーっとしてた」
言えば言うほど嘘くさくなる気がしたが、本当のことなので仕方ない。
ルーシェにドアを開けてもらい、部屋の中に入ると。
「……お?」
ぱっと見全面板張りのログハウス風の部屋は、意外なほどに綺麗だった。
ワンルームどころか、左右の壁に寄り添うようにベッドが一つずつあるだけで、まさにザ・寝る場所という感じだが、目立つ汚れはないし、ベッドメイクも完璧。
紹介してくれたおっさんの風体が風体だったし、入ってきたときに騒いでた客もどう言い繕っても品のいい感じではなかったので、部屋もそれにあったものかと思ってたが、なかなかどうしてどうして。
唯一問題があるとすれば。
「この壁だと音は隣に丸聞こえになりそうだけど……まあそれくらいは問題ないか」
「……は、はい……」
となぜかそこで顔を伏せるルーシェ。
ん? なんか騒ぐ予定とかあったっけ? と聞こうとしたが、腕の中のメツ子が身じろぎするように動いたので、右奥のベッドへと移動する。
「悪い、ルーシェ、ちょっとめくってもらえるか」
片手で布団を動かせないこともないが、やってもらえるならそちらのほうがいい。
と思ったら。
「………………はい」
神妙にうなずいたルーシェは、俺に近づいてきて。
なぜかメツ子の服を脱がしはじめた。
「……は?」
俺の腕の中で白く形の良い胸を晒すメツ子さん。
下着なんて元竜がつけているわけがなく、巨乳でも貧乳でもない、美乳が目に飛びこんでくる。
それはもう。
なんというか。
すごく綺麗です。
じゃなく。
「いやいやなにやってんのルーシェ?」
「――え?」
え。じゃないな。え、じゃ。
俺が心底意味がわからないように見つめていると、ルーシェはただでさえ上気していた顔をさらに赤くして、急に慌てはじめた。
「え……あ、え……えっ? あ、あの……ハルカさまは、これから……その……メツ子さまと…………こ……光悦……なさる……のでは……?」
光悦ってなに。
って思ったが、まあ文脈的にアレだよな。
セではじまってスで終わるアレ。
「……なにがどうしてそうなったのかわからんけど、とりあえず俺がめくってっていったのは布団だから」
俺がそう事実だけを端的に伝えると、ルーシェはその長い耳の先まで真っ赤にして、全力で泣きそうになるのだった。
すみません微妙に更新間に合わなかった……




