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31 マスターヒコイチ

 見沢彦一、当年四十四歳。


 それが年の割には見た目がかなり若めのおっさんマスターの名前と年齢だった。


 ちなみに、おっさんマスターヒコイチさんは執拗に名乗るのを嫌がっていたので『全知』を使って強制的に把握した。


 代わりと言ってはなんだが、ヒコイチさんは敬語を使うよう言ってきたのだが。


「で、ヒコイチさん」


「だからそれやめろよ……マスターでいいって」


「マスターヒコイチ」


「お前わざとやってんだろ!? 俺が自分の名前ちょっと気にしてるってわかってやってるだろ!?」


「もちろん」


 じゃなきゃ客やらに一貫して“マスター”呼ばわりさせないだろ。

 自分で経営してる宿は、似たような境遇の人間に周知するため、リョカンとかふざけた名前してんのに。


「……わかった。俺が悪かった。敬語とかも使わんでいいから……名前だけは勘弁してくれ」


 うなだれヒコイチさんにそう頼まれたので、俺は同郷のよしみでうなずくことにする。


「あ、そう? んじゃ遠慮なく。ああ、あとできればこっちの世界の言葉で話してもらっていい?」


「……? そりゃいいが……ああ、連れにも話がわかるようにか」


 そう言った瞬間、ミルクを飲んでいた素直なルーシェと、捻くれてるが反応はわかりやすいメツ子がフォークに刺した肉を持ちつつもこちらを向いたので、俺はおっさんがこっちの言葉を話し始めたのだと知る。


「まあ元の世界の話……正確には向こうからこっちに来たときの話なんざ、最初からこっちの世界で暮らしてるお嬢ちゃんたちには楽しくねーと思うけどな……」


 ふっ、とニヒルな笑みをマスターヒコイチが浮かべはじめたので、


「あ、そう? じゃあ行こうかルーシェ、メツ子」


 俺はカウンターから立ち上がって、奥の階段に――


「ってお前も行くんかーい!! 待てやコラ、宿代まけてやる代わりに話聞くっつったろ!?」


 マスターヒコイチ、必死だった。


 頼むから元の世界の話をさせてくれ――!


 超早めの店じまいで客を無理矢理追い出し、そう泣いて懇願してきた――わけではないが、似たような反応をされたので、俺は数日分の宿代を大幅にまけてもらうことで、同郷出身おっさんマスターの身の上話を聞くことにしたのだった。


「まあ約束は約束だし、話は聞くけどさ。今日も一日いろいろあって疲れてるから手短に頼むよ?」


 まあ俺は肉体的には全然疲れてないけど。


 ルーシェやらメツ子は――メツ子はマスターヒコイチの手料理を無言で平らげ続けてるのでわからないが、少なくともルーシェは疲労の色がありありと見て取れた。


 ……ふーむ、これは宿代数日分の大幅値引きくらいじゃ割に合わなかったか?


 腕を組みつつそんなことを考えていると、マスターはあらためて俺をまじまじと見て、


「お前……ほんと一七か?」


「ん? そうだけど。なに、見た目が老けてるっての?」


「いや……見た目は逆の意味で一七に見えないが……俺が一〇年ちょっと離れてるあいだに日本のイマドキの一七ってのはこんなにアレになったんか?」


「それは俺に聞かれても困るな」


 ザ・イマドキの一七だし。


 まあ元の世界でも年相応と言われたことは一度もないけどさ。


 だいたい実年齢より老成してるか、半分死んでる――って死んでないわ。


 自分で自分に突っ込み入れるほど虚しいものもないので、俺は仕方なくおっさんマスターに向きあう。


「で、一〇年ちょっと前になにがあってマスターはこっちの世界に来たわけ?」


 カウンターに肘をつき、マスターの奢り(にさせた)ミルクを飲みながら、俺はそう訊く。


「もういっそ気持ちいいくらい渋々訊くなあお前……」


「まあ興味ないからね。まったく」


「持てよ! 少しは持てよ! 形だけでも持ってくれよ!」


 しょうがないなあ……。


「ええええ!? ヒコイチさんなんでこっちの世界来ちゃったの!? どうしてどうして!?」


「…………あ、ごめん。ちょっとウザいわ」


 どないやねん。


 俺は俺で年相応じゃないかもしれないが、マスターヒコイチも結構精神年齢低い気がする。


「で?」


 軽く促した俺に、おっさんマスターは視線をカウンターに落とし、訥々と語り始めた――のだが、なにせ興味ないので、省略する。


 早い話がヒコイチおっさんは、十五年ほど前にメンズパブっていう男が主に女性を接待する飲み屋に勤めていて、当然のように酔っ払って帰る途中で意識失って気づいたらこっちの世界にいたらしい。


 元々いた街――つまり最初に飛ばされてきた場所はアグエルではなく、ヒジナとかいうここからだとかなり遠い村だったらしい。


 ヒコイチおっさんは超絶ついていて、拾ってくれた老夫婦がすげえ甲斐甲斐しくて、あらゆる面倒を見てくれたそうな。


 あんまり親切だったんで恩を返そうと働き始めたものの、元の職業の癖で女性にばかり優しくしすぎてとても村にいられない感じになったため、あえなく一人立ちすることになったとか。


 ……アホかな?


 まあそれはそうと、なんか他にもいろんなドラマがあったっぽいが、そこは割愛して。


 なんとなくこの世界の広さがわかったのは収穫かもしれない。


 一応メツ子やルーシェにも聞いていたが、実際にエピソードつきで、しかも同じ異世界出身者の話だと、情報の質がだいぶ違う。


 こればかりはヒコイチおっさんの話を聞いてよかったと言わざるをえない。


「んで、お前のほうはどうなんだ?」


 話すだけ話してスッキリしたのか、なぜかドヤ顔で酒片手にそんなことを言ってきたおっさんマスターに、俺は首を傾げる。


「うーん……話すのめんどいな」


 深刻に。


「おーい!! なんなの!? お前なんでそんなノリ悪いの!? イマドキの子ってマジでこんななの!? ――なあなあ、嬢ちゃんたちもそう思わねえ!?」


 彦一おっさんもたいがいだよ。と思ったが、思うだけにしておいた俺を横目に、話を振られたルーシェは困ったように俯き、


「え……ええと……わたしにとって、ハルカさまは――」


「ハルカさま!? ……え? 待て待てその耳魔族だよな? 魔族で様付けって……おいちょっとハルカくん、キミもしかしてこの子のご主人さまなの!?」


 無視。


「無視すんなよ!」


 天井を仰ぎ、とん、とカウンターを軽く叩いたおっさんマスターに。


「――おい、貴様」


 メツ子がジロリと視線を向ける。


「少し……うっぷ……かしましいぞ」


 そう言ってお腹をさすりさすりする元最強竜さん。


 超満足そうで、なんか血色もよくなってるし、マジ威厳のかけらもない。


「お前さあ……」


 俺はなんかいろいろ台無しな銀髪美少女にため息をつく。


 もうちょっとこう……さ。あるよね?


「む? なんだ? 我に言いたいことでも――ああそうだ。おい、かしましい貴様。ヒコイチとか言ったか?」


「だから名前はやめてくれって……つーか覚えたのかお嬢ちゃん」


「当然だ。うまい飯を作った人間の名前は覚えることにした」


 たった今から、と小さく付け加えたことを俺は聞き逃さなかった。


「お、なんだなんだ、飯褒めてくれんの? 美人に褒められると数百倍嬉しいねー。さっきの俺の質問スルーされてる気もするけど、嬉しいわー」


「うむ……? ああハルカのノリとやらが悪いという話だったか。ノリ……ノリというとあれか、勢いだったか。ふむ、確かにノリは悪いな」


「だよなー!? 嬢ちゃんとは話合いそうだわ! 名前なんてーの!?」


「我の名か? 我の名は――」


 そうして口にされた名前を聞いた瞬間、こちらの世界で十五年生きてきたおっさんマスターヒコイチは、うっかりその場で倒れそうなくらい衝撃を受けるのだった。


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