27 服を着たら
ミザイが持ち出してきた何着かの魔族用の服と、旅人用の服。
その中からこれというものを選び――といっても実際に「ふむ、こちらのほうがいいか? いやそちらも……」などと言って服を物色していたのはメツ子だけで、ルーシェは遠慮がちに一枚目を手に取っただけだったが――店の一角のブラインドがあると言えなくもない場所で着替えた結果。
「……おー、いいじゃん」
二人ともかなりちゃんとした姿になった。
メツ子はこれ魔族用じゃねーの? と思わず突っ込みを入れたくなる感じの、白と黒を基調としたいわゆる魔法使いっぽい衣装で、スカートが膝上丈でかなり短いのと、その下にちょっとゴツイ印象のブーツをあわせているのがポイント高い。
あとはまあ全体的に暗い色調なためか、ただでさえ綺麗な銀髪の長い髪がいっそう映える。
下はスカートのように巻いた布、上着は俺の制服のブレザーという以前のひどい姿から考えるとだいぶ見違えるし、一緒にいるうちにわかってきたいろいろと残念な元世界最強竜、まさかの名誉挽回と言ってもいい。
ただまあ不満があるとすれば。
「ふん、どうだ似合うであろう」
腕を組み、今度こそ褒めるしかあるまい? とばかりに胸を張るメツ子に、俺はとりあえずうなずき、
「いやまあ確かに似合うけど……」
上半身を指さす。
「それにブレザー合わせるのはおかしくね?」
魔法使い然とした衣装で決めたメツ子、なぜか俺が流れで貸してそのままにしていたブレザーを無理矢理羽織っていた。
なんだろう。
別にまったく似合わないというわけではないのだが、そのブレザーがあるとないとで“凄腕の魔法使い”が、“魔法学園の生徒”くらいには格落ちする気がする。
「つーかもうそれいらないよな?」
別に寒くはないし、防御力的にも問題ない……というかあっても大して変わらないのでなくても困らないが、使わないのなら返してもらうか――と思ったら。
「――」
俺の伸ばした手から逃れるようにメツ子が一歩下がった。
「ん?」
もう一度取り戻そうとした手は、再度動いたメツ子によって空ぶる。
なんだよ――そう思いつつそちらを見ると、メツ子は他の誰よりも自分が驚いているとでもいわんばかりの表情をしていて。
やや早口に言う。
「こ……これは、貴様が我によこしたもので……そう、もう我のものだ! であるからして返す義務はない」
「……はあ?」
そんな執着するものか?
と思ったが、まあ本人がそう言うなら別にいいやと、すぐに思い直す。
ブレザー一枚とかこだわるものでもないし。
で、もう一人――ルーシェのほうだが。
「――うん、超可愛い」
思わず率直にそう言ってしまうほど、ルーシェはメツ子以上に劇的変化を遂げていた。
たぶんメツ子用に持ってきた旅人の服を着ているだけなのだが、一部になめした皮を使ったシンプルな胸当てとぱっと見ショートパンツとしか思えない旅人の服は、それようにしつらえたのかと勘違いするほどルーシェにぴったり合っていた。
……というかあれだな。
思った以上にルーシェのでかかったわ。
なにって――
胸が。
元々のルーシェの格好がボロ布をただ羽織っているだけと言っていいものだったので、体の線なんて見えようもなかったし、直接その部分に触れることがなかったのでわからなかったが、全体的に華奢で細い体つきの割に……結構なモノをお持ちだった。
大変よろしいと思います。
あとヘソ出しスタイルいいね。
――と、あまりにもじろじろ見過ぎたせいか、ルーシェは両手を体の前で組み合わせて恥ずかしそうにもじもじしだした。
「あの……わ、わたし……体が汚れているので……」
「……あー」
そういやそっちを先に気にすべきだったか。
自分がそうじゃないのであまり意識していなかったが、生物は生きるために飲食し、排泄もすれば、新陳代謝も起きる。
ようするに汚れていくわけだ。
一応《深淵の森》でも『凍絶』を使った少量の水で体を拭うくらいのことはしていたが、数日で二、三回という頻度だったし、とてもじゃないが綺麗清潔とは言えない。
新しい服に着替えるのであれば、先に水浴びなりなんなりで身を清めさせてあげるべきだった。
「悪い、配慮たりなかったなー」
デリカシーなかったわー。
「あ、う……い、いえ……!」
と、俺が謝っちゃうとルーシェはさらに申し訳なっちゃうか。
うーむ、ままならない……。
と頭をぽりぽりかいていると、同じように汚れているはずなのにまったく気にしていないようなメツ子さんが、軽く言う。
「ならば、ここの水場を使えばいいであろう」
「――は?」
と声をあげたのはミザイだ。
たぶんメツ子の“うちの水使えばいいじゃん?”的なイントネーションが気になったのだろう。
自分の家でそんなこと言われてたら普通そうなる。
だが、メツ子さんのほうはそういうミザイの機微には気づかなかったらしく、首を傾げて言う。
「水場くらいあるであろう? ――ふむ、我が思うに……こちらのほうか」
「いや、ちょ、待てよっ、なに勝手に――」
「勝手? なにを言っている。ここはもう貴様の家ではなかろう?」
突然の“てめーの家ねーから”発言に、目をまん丸くするミザイ。
……気持ちはわかる。
ミザイの気持ちも、ついでにメツ子がどういう勘違いをしているのかもわかったので、俺は軽く言う。
「あーメツ子。先に言っとくけど、俺の“店主以外のすべてをもらう”って発言、あれ冗談だからな?」
キミそれ真に受けてるよね?
その場合でもあくまでミザイの店は俺のもので、お前のものじゃないんだけどな。
それはともかく。
「……なにを言っているのだ貴様は。奪わないというのか?」
「……奪うのが当然みたいに言うお前が“なにを言っているのだ貴様は”だわー」
まあ元が世界のすべてを敵に回してた最強の竜だってこと考慮すればわからなくもないけどさ。
俺は口をへの字にして、心底わからん、という表情をしているメツ子に言う。
「あのさ、逆に訊きたいんだけど、この店奪ってどーすんの?」
「拠点にすればいいではないが。金の心配もなくなる。ついでに服も調達し放題であろう」
「うんうん表面上だけならそうなるな……でもこの店結構評判の防具屋らしいぜ? 今日はまだ早い時間だから俺たちだけだが当然客も来る。そいつらにどう説明するわけ?」
「説明などしなければいい。店自体はこやつに切り盛りさせればいいではないか」
「代価は?」
「命の保証で十分であろう」
「慈悲深いことに殺さないでやるから俺たちのために働け――ってそれもうただの奴隷じゃん」
「なにか問題があるのか?」
「問題しかねーよ……いいか? まず、そんな状況は絶対に長続きしない。ミザイが逃げ出し、自分は脅され、店を奪われたとしかるべき機関――治安を守る警察機構のようなものに訴える。あるいは傭兵を雇ってもいいし、おかっぱおっさんクラスの上層階級とも交流があるならそっちのツテを伝ってもいい。いずれにせよ、遠からずミザイの店を強引に奪ったことが周囲に知れ渡り、それに対する騒動が起きることになる。そうしたらどうだ? 俺たちは悪――追われる立場になるじゃねーか」
「そんなもの、かたっぱしから力で言うことを聞かせれば――」
「だからそれやったら終わりだっつーの。人間社会で力押し一辺倒は悪手。んなことしたら屋台で肉も食えなくなるぞ? 竜の姿で肉とか食えなかっただろ?」
「む……」
と呻いて、それは困るとばかりに黙り込むメツ子さん。
マジかよそれで納得するのかよ。
なんなのこの食いしん坊。
……まあ納得したのなら深くは突っ込むまい。
俺はなにやら腕を組んで考え込みはじめたメツ子を放置し、いまだ戦々恐々としているミザイを見る。
「あー、まあとりあえず服はこれでいいや。んで支払いの件なんだけど」
「支払い……あ、お、おう」
どれだけ心ここにあらずという状態でも、支払いという単語にはきちんと反応する商売人の鏡。
俺はそんな鏡に、ニコリと笑いかけて。
「つけといて」
「――――は?」
「ツケだよツケ。あとで払うからよろしくってやつ」
「ちょ――」
「あーわかってるわかってる。後からちゃんと払ってくれる保証がない、ってんだろ? だからさ、そのために――ほい、これ」
俺がポケットから取り出したのは――スマホ。
電波が入らず、電池も切れていて、異世界では現状無用の長物である元文明の利器である。
その利器さんを俺はミザイの手に押しつけ――
「これさー、すげえ大事なものだから。それでいて超価値あるからね? 絶対、ぜーったいいつか取りにくるから、そのときまで持ってて。――あ、そのときにツケも払うからさ」
これ以上ないほど力押しの笑みを浮かべるのだった。




