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26 奪ってはみたけれど

 というわけで防具屋店主ミザイさんに“てめー以外の全部よこせや”(意訳)――とは言ったものの。


「よく考えたら別にいらないんだよなー」


 この店ごと強奪したところでデメリットのほうが明らかに多いし、欲しいのは主にメツ子とルーシェの普通の服。

 まあついでに俺のもあればいいかな程度で、がっつりした鎧やら兜やらは見る分にはいいが、別にいらない。


「過ぎたるは及ばざるがごとしってのはいい言葉だな」


 商品を目の前でスクラップにされ続け、グロッキーになっていたミザイは、そんな俺のセリフに面白いくらい目を剥いたが、


「ん? なに?」


 俺がそう言うと、あからさまに目をそらした。


 どうやらさっきのやりとりでかなりビビってしまったらしい。


 端っこの壁に座り込み、小さくなっている。


 さりげなく大きめの盾を身に寄せているのが涙ぐましい。


 小声で「なんなんだよあいつ……」と呟くのも聞こえたが、聞かなかったことにしてあげよう。


 いろいろ握りつぶしてたら結構すっきりしたし。


 ……MPどれくらい消費したかとかは考えたくないなー。


「貴様にしては珍しく力押しだったな」


 一連のあいだ特になんということもなく眺めていただけのメツ子にそう言われて、俺はポリポリと頭をかく。


「んーまあちょっとね」


 あんまりこういう形での解決って好きじゃないんだけど。


 自分でも意外なくらい頭にきてたっぽい。


 まあいまさらミザイに謝るつもりもやったことを取り消すつもりもないが。


「ふむ、つまりこやつが愚弄されたのがそれだけ気に障ったということか?」


 などと疑問系で、ルーシェを顎で指し示すメツ子さん。


「…………え」


 指し示されたほうのルーシェは驚いて俺を見てくるし、メツ子はメツ子で“やはりそうか、当たっていたぞ”と言わんばかりにドヤ顔。


 思わず「いやいやそこドヤ顔するところじゃねーから」と突っ込みたくなったが、それ以上にルーシェの“まさか自分のために――?”という視線に耐えかねて、俺は顔を覆いたくなった。


「あのさあメツ子……」


「なんだ」


「いやだからなんでお前ちょっと嬉しそうなんだよ」


「ふふん、貴様の考えていることなど簡単に見通せるということだ」


 どうだ? と言わんばかりのメツ子さんに俺は「あ、はい」としか答えようがない。


 その程度で全部お見通しみたいな顔されても。


 というかお見通しとか言うならさ、


「そういうことは思っても口に出すのやめてくれる?」


「む? なぜだ」


「それはわかんねーのかよ」


 アホかよ。アホ竜メツ子かよ。


「そんなのお前――」


 こうなるからに決まってんだろ。

 と、俺はさっきから上目遣いでこちらを見るルーシェにちらりと視線を向ける。


「――――」


 その眼差しには、誰がどう見ても感極まった感が込められすぎていて、とても直視できない。


 直視すると目が焼かれる。


 と、目が合ってしまった。


「あ……あの……ハ、ハルカさま――」


「待った待った待った」


 俺は勢いあまって泣きそうですらあるルーシェを落ち着かせるように、片手を前に突き出して言う。


「確かに俺が頭にきたのはこいつのルーシェに対する態度がきっかけだ。うん、それは認める。でも、別にそれだけが理由ってわけじゃないからな?」


 ミザイの店主らしからぬ対応、なんかいけすかない感じの長髪……は別に気になってなかったけど、気になってたことにしよう。


 あとまあ、いろいろ。いろいろあるのだ。あるということにしておこう。


 と、四苦八苦しながら説明し、ようするにまとめると俺が勝手に苛々しただけでルーシェが恩に着る必要はまったくない――と言ったつもりだったのだが。


「ありがとう……ございます……」


 なにを言ったところで、ルーシェはふるふると小さく顔を横に振り、礼を言い続けるだけ。


 ……あーほんとなにやってくれたのかね、あの全裸竜は。


 ルーシェだってもしかして自分をかばってくれて? くらいのことは頭をよぎったかもしれない。


 けれど確信は持てないし、自分のためにわざわざそんなことをしてもらえるわけがないという思いのほうが強かったのだろう。


 それはそれで問題があるかもしれないが、自分のためだと思えなければ礼を言ったり恩に着る方がおかしい。


 だからそれでよかった。よかったのに。


 どこかの元最強竜さんが“ルーシェのために俺がキレた”とか確信を持って断言しちゃうから――


「あの……ハルカ、さま……」


 いつのまにかものすごく近くに寄っていたルーシェは、瞳を潤ませ、おずおずと、恥ずかしそうにこちらを見上げていて。


「……何も持たないわたしには……その……この身を捧げることでしか――ご恩を返す方法が思いつきません……」 


「あー……」


 あー言うと思ったわー。


 別に俺はルーシェの主人ではないし、いちいちそんなことぐらいで恩がどうとか言う必要はない。ないのだが、ルーシェ的にそういうわけにはいかないのだろう。


 それは単に性格の問題ではなく、そういう生き方でなければならない理由があるのだ。


 正直マジめんどくさい……が、めんどくさいの一言で切って捨てていいことでもないのはさすがにわかる。


 なので、俺は仕方なく言った。


「わかったよ……」


「では――」


 と言って、ルーシェが次の行動を取る前に、俺は意図的に笑顔を作った。


「とりあえずその点については保留な」


 保留。素晴らしい言葉。


 ぱちぱちとまたたくルーシェに、さらに続ける。


「ルーシェ、俺たちはこの防具屋になにをしにきた? ――そう、防具……というか服を求めてだ。服、欲しいじゃん? でも、見つかってないじゃん? だからまずはそっちを優先すべきだと思わないか?」


「…………」


「もちろん、宿かなんかでさっきの話はちゃんとしよう」


 宿、というフレーズが微妙にいかがわしい気もするけど、別にそういうつもりはない。


 ――いやほんとだよ?


「…………………………はい」


 小さくうなずいてくれるルーシェ良い子。


 単にこの場を誤魔化すためだけの言葉だったので、適当にもほどがあったし、最後のほうは目をそらしてしまったが、そこはそれ。


 空気を読むって大事。


 そらした視線の先で、メツ子がなにやら熱心にこちらを観察していた気もしたが、それもスルーして、俺はミザイに向き直る。


 座り込んだままのミザイはいまだびびってるっぽかったが、なぜか驚いたように目を見開いていた。


「あんた……ルーシェはアウグス侯爵から借りてたんじゃ」


「……はあ?」

 

 だからその、人間を貸し借りするって言葉にイラっとくるんだけど。


 俺のそんな言外の言葉が伝わったように、余計にビクついたミザイは、半ば震えながら言う。


「まさか本気でルーシェに――魔族の肉体に手を出すつもりか……?」


「だから俺がいつルーシェに手を出すって――」


 ……ん?

 魔族の肉体に手を出すとなんかまずいことあんの?


 ――いや別にそんなつもりないし?


 今それをこの場で口に出すと、必然的にその対象はルーシェということになるので、俺は苦渋の決断で喉まで出かかっていた言葉を呑み込む。


 ……なんか無駄に疲れたな。


 肉体的には疲労のひの字もないが、いろいろ考えさせられたりして気疲れした感じ。

 あくまで俺にしては、だけど。


「まあいいや。もうなんでもいいから服くれ服。ああ、ルーシェとメツ子――こいつに似合う服ね」


 似合う服という条件を付加することでさりげなくハードルをあげたが、そんなことより金は……と言いたげな顔をしていたミザイに、俺は笑ってみせる。


「ああ大丈夫大丈夫。金ならあとで払うから――」


 そう、あとでね……。


 意味深な笑みが伝わったのかどうか。


 頬を引きつらせたミザイは、やがてのっそりと立ち上がって、店の奥へと急ぎ足で向かっていった。


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