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22 店でお肉を食べたら

 ファンタジー世界の街に着いたら、一度は行ってみたい武器防具屋。


 自分でそれを使うかどうかはともかく、無性にわくわくするのは、たぶんゲームの影響だ。


 ほら、やっぱRPGで新しい街に着いたら武器屋か防具屋に必ず行くじゃん?


「おおこの武器すげーつええ」とか「防具かっけえ、でもたけええ」とか「これを買うために金貯めよう」とか思って、モチベーションを高めるわけだ。


 んで、実際金が貯まって目的だった武器防具買ったらそこで満足しちゃうとかね……あるある。


 まあゲームと違って“武器防具買ったところで飽きてやめる”ということはありえない。


 現実にこの世界が存在してて、俺自身そこでこうして生きちゃってるからね。


 やめられない以上は続けるしかない、というか、現状楽しくて仕方ないのでやめろって言われても断る。


 というわけで、俺は再びルーシェに先導してもらって、“最果ての街”アグエルの防具屋に向かっているのだが――


「…………」


 先ほどから前を行くルーシェは黙ったままで、微妙に重い空気が漂っている。


 もちろん、その理由は先ほどのやりとりのせいだろう。


 ルーシェ渾身の“主人になってください”というお願いを、俺は“それより防具屋見たいんだけど”と言って、保留にした。


 いやまあそう言うと誤魔化すために防具屋云々の話を出したみたいだが、これ自体は最初から思っていたものだ。


 具体的に言うと《深淵の森》にいたとき、メツ子に脅されたルーシェが……アレしちゃったときから。


 本人はそのことを気にしてないっぽいが、それは素振りなだけかもしれないし、素振りじゃないにしても当たり前のように受け入れているのは……納得がいかない。


 あとついでに首の鎖も外したい。


 道行く人間も、超絶銀髪美少女のメツ子や、こっちの世界基準で奇妙な格好をしているのだろう俺に視線を向けることはあっても、首輪に鎖なんていう、元の世界だったら十秒で通報される姿のルーシェはほぼスルーしているので、奴隷エルフは見慣れているのだろうが、ならそれでよし――とはしたくない。


 これは倫理的にどうとかではなく、俺個人の感覚の問題だ。


 なんか嫌だ。


 ひたすらこれに尽きる。


 防具屋に行って服を見繕えれば、強制的に着替えることになるし、鎖を外すチャンスもある。


 そう、だからこれはルーシェのためなのだ。


 ……うん、言えば言うほど言い訳じみてくる気がするわ。


 いやでもほんと、ルーシェのお願いから逃げたとかじゃなくて、メツ子のためにも――と、元最強竜さまに思い至ったところで。


 俺は気づいた。


「あれ、メツ子どこ行った?」


 さっきから周囲をきょろきょろと見回しては「やはり、この程度のものか」とか「ふん、これだから人族は」とか「む、なんだあれは」「ほう、これは……」などとうるさかったメツ子がいつの間にかいなくなってた。


 どおりで静かだと思ったわ。


 俺が一人納得していると、前を行っていたルーシェがこちらを振り返って言う。


「ハ、ハルカさま……あそこに……」


 ルーシェの指さす先。


 とある露店の前で、メツ子はそこに並べられているものに釘付けになっている。


「なにやってんだあいつ……」

 

 露店から立ち上る香ばしい肉の匂い。


 食欲がないのでまったくそそられないが、どうやら食べ物屋らしい。


 なんか、肉系の……串屋?


 店主らしいじいさんは、焼き鳥というにはでかすぎるボリュームのものを、バーベキューのときに使うようなでかい串にいくつも突き刺し、そこに刷毛のようなものでソースを塗り――なぜかメツ子に手渡す。


「っておい、まさか」

 

 メツ子は“口の中は涎でいっぱいです”という顔で、ごくりと唾を嚥下すると、


「ちょっと待――」


 俺の声にも止まらず、そのまま笑顔で肉にかぶりついた。


「~~っ、んまぃ!!」


 頬を赤くし、これ以上の興奮はないとばかりに、目を輝かせる元最強竜さん。


「んまぃぞ貴様! やるな!!」


 ……店主のじいさん褒め出しちゃったよ。


「はっはっは、ありがとよ! あんたもいい食いっぷりだねえ綺麗なお嬢ちゃん」


「こ、こんなもの……はぐはぐ……食いっぷりもなにも……むぐむぐ……んますぎる!!」


 口にソースらしきものがつくのも気にせず、そのままどんどん食べていくメツ子に、じいさんは笑みを浮かべていたが、やがて言った。


「はっは、褒め言葉をもらえるのはありがてえんだが、お代のほうももらえるかい?」


 当然のように手を差し出すじいさん。


「んむ? お代? なんだそれは」


 予想通りというかなんというか、きょとんとするメツ子。


「……へ? いやそりゃ串の代金をくれってことだが」


「代金……代替としての金――ああ、貨幣をよこせということか」


 すでに串焼きを食い終わっていたメツ子はぽんと手を打つと、


「そういえば貴様ら人族はこういった細々としたものにまで貨幣経済を行き渡らせていたのだったな」


 うんうんうなずく。


「……? まあいいや、串焼き肉一本150シニーくれるかい」


 そうして怪訝そうに首を傾げ、手を小刻みに上下させたじいさんに。


「ふん、金などあるわけがないであろう」


 傲岸にそう言いのけ。


「実に美味な肉の提供、ご苦労であった。これからも励むがいい」


 元世界最強らしい態度で腕を組み、堂々と立ち去――


「――おうこらガキぃ、待てやっ!!」


 ――れるわけがなかった。


「食い逃げが許されると思ってんのか!?」


 露店から飛び出し、青筋立ててキレるじいさん。

 右手には肉切り包丁らしきものまである。


 いやまあ……そりゃそうだ。


 どう考えてもメツ子が悪い。


 にわかに騒然とする往来で、一人きょとんとしているメツ子さんに、俺はあー……と、顔を覆うことしかできない。


 メツ子が串手に取った時点でこの展開は読めてたわー……。


 止めるのが間に合わなかったのが悔やまれる。


 まあ。


 すでに起きてしまったことは仕方ない。


 俺は防具屋で売って金にするつもりだったとっておきのものをポケットから取り出そうと――したところで。



「す――すみません! お代のほうはわたしが払いますっ!」



 ルーシェが、肉切り包丁片手の物騒なじいさんに迷うことなく駆けより、何度も頭を下げながら、こっちの世界の貨幣っぽい銅貨を両手で差し出す。 


「ああん? この嬢ちゃん、トンガリ耳の連れかい?」


「…………わたしの……主人の、お客様です」


「……客ぅ? はん、確かに身なりはともかく、顔かたちだけは上玉だもんなあこの嬢ちゃん」


「む……? 貴様今我を――もごっ」


「はい口はさまなーい」


 俺はメツ子の口を無理矢理手で押さえて小声で言う。


「せっかくルーシェが丸くおさめようとしてんのにややこしくなんだろ」


「――もが、もごっ」


 すげえ不満そうだけど無視無視。


 じいさんはメツ子とルーシェ双方に侮蔑するような視線を向けて、


「はん、とんでもねえ奴らに売っちまったぜ」


 そう言い捨てて店に戻っていった。


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