21 街と娼館
やたらと高圧的な守衛のおっさんたちのあいだを抜け、近くで見るとなかなか頑丈な造りだとわかる門をくぐると。
「おーついに来ちゃったか」
“最果ての街”アグエル。
名前だけだとラスボス前に寄りそうだが、俺からすればこっちの世界に召喚されてはじめての街だ。
どきどきわくわく初めての異世界の街は――ぱっと見た感じ割と普通だった。
踏み固められた広い土の道とその両脇に立ち並ぶ幌のついた露店。
行き交う人々はおかっぱおっさんたちの率いていたような騎士たちよりは、もうちょい粗野な感じの男が多く、傭兵といった風情。
ときおり、美しい銀髪をさらすメツ子に下卑た視線を向けてきたり、口笛吹いてきたりするが、手までは出してこない。
あとは商人っぽい男が荷車を馬やロバっぽいなんかに引かせたりしているのを見かけるぐらい。
閑散としているわけではないし、人通りもそれなりに多いが、街の規模としてはそんなに大きいものではなさそうだ。
一応立派な看板を出し、きちんとした石造りの家もあるが、高い建物が見当たらないし。
せいぜい二階建てが限界――と思ったら。
「お、一軒だけでかいのがあるじゃん」
それ単体で見ればそこまでではないのだが、周りが周りだけにやたらと目立つ。
なんか他のに比べて装飾っぽいのも豪奢だし。
なにあの無駄にひらひらした布。
あれか。
この街の長的なのが住んでる場所か。
「よしとりあえずあそこに行こう」
まず街の長の顔は拝んでおかないとね。RPGの基本としてね。
冗談半分でそんなことを言った俺に、
「え……」
ルーシェがなぜか目を見開き、まじまじとこちらを見てから、恥ずかしそうにうつむく。
そうして指先をこすりこすりし、上目遣いにこちらを見て――消え入りそうな声で言った。
「……ハルカさまが……お望みと、あれば……」
…………うん。
これはなにかおかしいとさすがの俺でもわかるよね。
「ちなみにあそこなんの施設なの?」
軽く訊いた俺に、答えたのはルーシェではなくメツ子だった。
「しょうかんであろう」
「商館?」
ああ、市長とか町長とかそういうのが住んでる場所じゃないのね。
いやでも商館の割にはやたらと派手な――と思ったところで、不意にそこから顔を出した化粧の濃い女に笑いかけられ。
「あー……はいはい。娼館ね」
俺はルーシェの妙なリアクション込みで納得してぽんと手を打つ。
そりゃ恥ずかしそうにうつむきもするわ。
知り合いの女の子連れで娼館行くとか変態かよ。
「ってよく知ってたなメツ子」
竜のくせに人間様のことを知っているとは。
俺の言外の言葉まで聞き分けたように、メツ子はふふんと軽く胸を張って言う。
「貴様がモノを知らぬだけだ。あの布は万国共通の証。この世界の者なら誰でも娼館だとわかる」
いやじゃあ俺わからなくてもしょうがないじゃん、この世界の者じゃないんだから――と思ったが、それよりも万国共通というところに反応せざるをえなかった。
「それってあれか、ギルド的なやつ?」
「む…………そうだ」
なぜ貴様が知っているとでも言いたげに不満そうな顔をするメツ子。
いやいやそりゃ知っていますとも。
「おー出たよギルド。娼館とかもギルド作ってんのか。いやまあ作るか」
ギルドギルドと繰り返す俺に、むーっと口をへの字にするメツ子が補足するように言う。
「ちなみに茜色の布が出ているということは、連れ込み宿として使用することもできる。これは知らなかっただろう」
……いやこれは知らなかっただろうもなにも。
「連れ込み宿?」
「自分が連れてきた女も交えて性的享楽にふけることができるということだ」
得意げにそんなことをおっしゃるメツ子さんに、俺は先ほどのルーシェが見せた反応の真の意味を知る。
……ははあ、なるほどね。
そりゃあんな風になるわ。
というか。
「……あールーシェ。俺が言うのもなんだけど、そういうのは軽々しくオッケーしたらダメだろ」
俺の言葉に、ルーシェは再度顔を赤くし、うつむいて。
「…………あ、主の……求め、ですから……」
んー、ルーシェ可愛い。
っていうのはおいといて。
「ちょっと待て。今主つった?」
いつから俺ルーシェの主になった。
これは、ルーシェも確信犯だったらしい。
俺の問い返しに、驚きも怯えもせず、ただまっすぐ必死に――真摯にこちらを見つめ返してきて。
「ハルカさま、は……わたしの主には、なっていただけませんか」
ルーシェがはじめて見せた明確な意思表示。
その強すぎる眼差しと、お願いの内容に、俺はポリポリと頭をかいて。
「いやーそりゃ、“おっけーなるわー”って答えたいのはやまやまだけど……」
もちろん俺視点で見れば、奴隷エルフとか最高です本当にありがとうございます――という気持ちしかない。
ないが。
ルーシェの視点から見れば、どれだけの期間かはわからないが、おかっぱおっさんに虐げられていて、やっと解放されたという状況なはずだ。
にもかかわらず、自らまた奴隷の身に戻る――というのは、個人の自由だと理解していても、“それでいいのか?”と思ってしまう。
何度も言うが、今はボロをまとっているが、ルーシェは普通に可愛らしい容姿をしている。
きちんと身なりを整えれば、見る者が“見惚れる呪いにかけられた”と訴え出るほどに美しいものとなるだろう。
……というか。
「あー、まあとりあえずそういう話も含めて落ち着ける場所に行かね? あと防具とかも見たいわ。ちゃんとした装備あったほうがよさげだし」
もちろん俺のじゃない。
いやまあ見たいというのは嘘ではないが、それよりも――ルーシェ……ついでにメツ子にも、ちゃんとした服装をさせなくちゃいけない気がしてきた。
特にルーシェは……アレしちゃってるし。
さりげないつもりだった俺の視線はそうでもなかったのか、真剣な表情をしていたルーシェがはっとした表情で身体を縮こまらせて。
「わ……わかりました。ご案内、します……」
たぶん自分のものを見るとは思っていない感じで、そう答えてくれた。




