19 食いしん坊メツ子
それから都合七日間。
これはようするにメツ子とルーシェの疲労度を見て、休息を六回入れたということだが――約一週間ほど、銀髪美少女(元世界最強竜)と魔族の少女(奴隷エルフ)との三人旅が続いた。
そのあいだ起きたことと言えば、戦闘に次ぐ戦闘と、女性陣二人との限りなく無益で適当な会話。
ぶっちゃけそれはそれで大満足だ。
なにせ今さら確認するまでもなく、ここはまごうことなき異世界である。
言ってみればすべてが未知。全部わかんない。
翻って、耳にすることのほとんどに驚くことができるのだ。
いやーもう。
それはそれは超楽しい。
楽しいのだが。
「おいメツ子」
ルーシェが同行して八回目の休息準備中。
食事用モンスターの解体作業をしていた俺は、炊き火の前ですでにできていたこんがり骨付き肉を頬張る食いしん坊に声をかけて。
「もぐもぐ……もぐ、なんだもぐ」
「いやその語尾もぐらにしか許されてねーから。元世界最強竜の美少女が使っちゃいけないやつだから。――じゃなくて」
ちらっと横目でルーシェを見て、彼女がまだなにも口にしていない――どころか、メツ子に驚嘆の眼差しを向けていることを確認してから、言う。
「うすうすそうなんじゃねーかなーとは思ってたけど――君、もしかして肉食い過ぎガール?」
若干オブラートに包みつつ指さし尋ねた俺に、メツ子はぱちぱちと不思議そうにまばたき、しっかりと骨付き肉を完食してから、
「違うが?」
そう言って二本目に手を伸ばす。
「お、ギャグかな」
真顔でそう言った俺に、メツ子は意味がわからないとばかりに眉をひそめる。
いやうん、意味がわからないのは俺のほうだから。
本人に訊いてもラチがあかなそうなので、俺はもう一人の同行者に意見を求める。
「ちょっとルシェ子ー、これどぉ思ぅ? ぁりぇなくなーぃ?」
イマドキJKっぽくルーシェに話しかけてみたら。
「ル……ルシェ、子? ぁ、え……えと……」
ルシェ子、目を白黒させて、一生懸命どう答えたらいいか考えこんでしまった。
うーんめっちゃいい子。
いい子なんだからこういういじり方したらあかんね。
俺はなよっとした仕草をやめ、普通に言う。
「いや、常識的に考えてメツ子の食欲ってさ――」
「ル、ルシェ子は、メツ子さまはすごく食べているとお、思うますっ」
…………。
「…………だよな」
思うますか。
「――ぁ、あ、す――すみませんすみませんすみません!!」
顔どころか耳の先まで真っ赤にし、その場で何度も頭を下げて謝るルーシェ。
「いやいや」
普通に無茶ぶりした俺が悪いんだけど。
その無茶ぶりに合わせようとがんばった挙げ句、タイミングバッチリはずして、しかもめっちゃ噛むルシェ子――――――超可愛い。
こんなの見られるなら何度でも無茶ぶりしちゃうわ。
などと、奴隷エルフに健気ドジという属性まで加わったことにほくほくしていた俺を見て、メツ子がジト目で言う。
「ふん、たった一人味方を増やしたところでなんだというのだ。そやつが小食なだけかもしれないではないか。というより、確実にそうであろう」
別に責めているわけではないのだろうが、メツ子に指さされて申し訳なさそうに小さくなるルーシェ。
「いやルーシェが仮に小食だったとしても、お前その五倍以上は食ってるからね?」
「は、そんな戯れ言は――」
俺はメツ子がちゃんちゃらおかしいとばかりに先を続ける前に、黙ってメツ子の前を指さす。
そこにはすでに四本の骨が積み重なっており、メツ子の手には五本目の肉。
対して、ルーシェはいまだに一本目の半分もいっていない。
「…………」
火にくべられた薪がパチリと鳴って、メツ子は自らが感じた気まずさを振り払うように言う。
「し、仕方ないであろうっ、それとも貴様は我がまた空腹で倒れてもいいというのか!?」
「いやまあ、確かにメツ子に倒れられると主にMP的な意味で困るけどさ」
モンスター狩って肉皮その他切り分けるのも結構めんどいんだよね。
「ほら、そうであろう。そもそも我だって好きでこんなに食べているわけではないのだ……もぐ……む、これはなかなか」
目をキラキラさせて、肉汁を滴らせるメツ子ちゃん。
自重しろや。
しかしまあこれはこれで、一つ疑問が解消された。
例のメツ子が餓死しそうになった一件。その後全裸トイレをのぞかれたあれ。
俺がこの世界に召喚され、力を奪って二日程度だったにもかかわらず、メツ子はエネルギー不足から餓死寸前になっていた。
無敵状態が解除されたとはいえ、そこからエネルギー切れまでいくらなんでも早すぎるなと思ったが、どうやら単純にメツ子の燃費が極端に低いだけだったらしい。
そしてそれはルーシェのリアクションと、メツ子の答えかたの感じだと、種族の特性っぽい。
だからまあ竜族というのは。
「スポーツカーかよ」
「……あ?」
竜族というフレーズが出ただけでなぜかキレそうになるメツ子。
これもいつものことだ。
メツ子さん、どうやら竜族にはなにか並々ならぬ想いがあるらしい。
本名のステラレギスを呼ぼうとしたときもそうだが、人の姿をとっていたらしい昔の話を訊こうとすると露骨に不機嫌になって黙る。
それとなくルーシェにも竜族のことを訊いてみたりもしたが、ルーシェは竜族自体を知らなかった。
もちろん、竜は存在するし、それについてはルーシェも知っている。
だが、それはかつての“終焉の滅竜”のように全身に鱗の生えた、恐ろしいモンスターの姿をしているものであり、竜“族”と呼ばれることはないし、人の姿をするという話も聞いたことどころか絶対に考えられないと言う。
言葉のしゃべれないモンスターである竜と、意思疎通など不可能なのだから。
それでも『全知』ではメツ子の種族名は“竜族”となっているのだ。
俺の適当な勘では、ここら辺にメツ子が強大な力を持った支配者となり、世界の敵となった理由があるような気がしたが。
「まあ現状、割とどうでもいいよな」
「なんだと?」
「いやこっちの話」
そう、割とどうでもいい。
どうやらこっちの世界に来てるらしいクラスの連中同様、暇だったら調べるかなーくらいの感覚。
そんなことよりも今の俺には知るべきこと、楽しむべきこと、優先すべきことがたくさんある。
それはたとえば――
「おいメツ子、それ九本目だから。それ食べちゃったら俺また狩り行かないといけなくなるから」
「……? 行ってくればいいであろう。こやつの分が足りなくなるからな」
「だから食うなっつってんだよ」
はあ? なにいってんだこいつって感じの顔してるメツ子に、そっくりそのまま同じ表情を見せてやって。
俺はどうしたらこの銀髪食いしん坊の卑しさが治るか真剣に考えはじめた。




