18 奴隷エルフと一緒
「わ……わたしが知っていることは、魔族が人族の方々に奉仕しなければならないということ、だけです。それは、その……遥か昔に魔王が人族の方々を苦しめたからだ、と……」
下を向いたまま、ぼそぼそと呟くルーシェ。
その表情と話の内容に、俺はポリポリと頭をかく。
「んー、やっぱ人族が上にきてるから、魔族の中で聞く話もそうなるってことか」
じゃなきゃこんな奴隷みたいな状態にならんよな。
俺の確認にこくりとうなずいたルーシェは、俯いて続ける。
「ですから、えっと……メ、メツ子さまがおっしゃっていたことは知りませんでしたが、それで魔王が人族の方々を苦しめていた事実が否定されるわけではないので……」
「ふーむ……」
なるほど、そうなるのか。
なんかこう、魔族は人族に対して罪の意識があるわけだ。
あるいは植え付けられたのか?
少なくともルーシェは魔族の非というか人族の優位を認めている。
「それであんなおかっぱおっさんを主人として、健気にも仕えているわけね……ってそうだ。そういやルーシェたちはなんで《深淵の森》に来てたわけ?」
そこ訊いてなかったわ。
「それは……」
ちらっとメツ子を伺ったルーシェは、言いにくそうにしながら。
「“終焉の滅竜”……あ、メ、メツ子さまの」
「そこは言い直さなくていい」
「いや言い直していい」
メツ子と俺のツッコミに困るルーシェ。
ごめんて。
黙って先を促すと、びくびくしながら言う。
「……数日前に『竜晶結界』が解けたので……アウグス侯爵さま自ら先遣隊をお組みになられ、調査に訪れたのです」
「ふん……どうせ、本国の《七聖人》どもから成果を出せと散々せっつかれていたのだろう? 名ばかりとはいえ《四族同盟》盟主としての面目もあるしな。その状況で我の結界が解ければ、我自身の不在はほぼ確実だ。今までまったく仕掛けてこなかった臆病者でも踏み込んでこよう」
「そ、それは……」
つまらなさそうに指摘するメツ子に、答えにくそうに目を伏せるルーシェ。
このリアクションは、だいたい合ってるって感じかね。
まあそれはそうと。
「『竜晶結界』?」
俺はメツ子を見て言う。
「なにそれ。そんなスキルなくね?」
我の結界って言ってたけど。
俺の問いに、メツ子は自分の下腹部に触れて。
「当然であろう。『竜晶結界』は『永久竜晶』を所持する我自身を鍵とし、空間そのものに組み上げたものだ。スキルではないし、『永久竜晶』を所持する我がその場所にいなければ発動しない」
あー数日前まで発動してて、今発動してないってことは谷底がその場所ってことか。
というか。
「お前ほんと世界の敵って感じなのな」
《七聖人》とか《四族同盟》がなんのことかは全然わからんけど、そういう単語が出てきた上で“終焉の滅竜”を倒そうとしていたとか言われると俄然現実味を帯びてくる。
そういやメツ子、この美少女姿に慣れすぎて忘れてたけど、初見時はすげえでかくて綺麗で凶悪そうなドラゴンだったしなー。
「だから貴様は我を今までなんだと……いや言わなくていい」
先を拒むように手を突き出すメツ子。
そのまま一度長く息を吐きだし、精神を落ち着けるようにすると、
「ふん……“終焉の滅竜”を討つために、人族、魔族、獣族、地族の四族がまがりなりとも手を結んでいるのだぞ? こんなことは歴史上一度も存在していない。翻って、“終焉の滅竜”はそれだけの脅威だということだ」
どうだ、参ったかとばかりに軽く胸を張り、ドヤ顔するメツ子さん。
「へーすごいな、“終焉の滅竜”。今はもういないけど」
「いる!! ここに!!」
と突っ込んでくるメツ子は無視して、俺はルーシェのほうを向く。
なぜかルーシェは俺のほうを見て驚いていて。
「ん? どした?」
「…………あの……いえ」
と言って、いったんは引いたが、俺がしつこく見続けていると、うつむいたまま、おずおずと口を開く。
「終焉――えっと、メツ子さまが……少し、想像と違って……」
「だよなー」
ここぞとばかりに俺が乗っかると。
「あの……ハルカさまも…………」
あれ。
俺も?
「我はともかく、こやつはおかしいからな」
メツ子もメツ子でドヤ顔でそんなことを言ってくるが、ルーシェは本当にかすかに首を横にふると、上目づかいにこちらを見あげてきて。
「……お……お優しい……です」
ぼそぼそとそう続けて、自然に和らいだ表情を浮かべた。
――かわいい。奴隷エルフかわいい。
口元のゆるんでいるその表情は笑顔とも言えなくて、反射的に「やっぱ笑顔可愛いわー」と口に出しそうになったが、ぎりぎりのところで踏みとどまる。
美少女エルフの笑顔禁止とかマジ意味わかんない。
俺が人族の王ならそんなこと言い出したやつ即刻死刑にするね。
ともあれ。
少しずつルーシェの怯えガードはゆるんできているらしい。
この調子なら割と早く打ち解けられるかもなー。
打ち解けられたらもうちょい色々と訊こう。
主にエルフ少女の話とかエルフ奴隷の話とか――
俺は適当極まりなくそんなことを考えながら、彼女の長い耳を見つめた。