ゴブリン砦に行こう(森林篇)
圧倒的な力で薙ぎ払うことをなんと呼称するか。
人により想起される表現は分かれるだろうが、無双、蹂躙。まぁ、そういった表現がパッと思いつくところだろう。
もっとも―――数の暴力を無双と呼ぶのは、些か言語学的な矛楯を感じないでもないのだが。
「敵発見! 進行方向向かってやや右! あの茂みの辺り!」
「あのってどの!? 幾つかあるけど」
「あ、すいません。3つ並んでるのの真ん中と左のの間くらいです!」
4パーティー合同で、質はピンキリだが数だけはレイドボス攻略並に揃った冒険者が、共通語モードのメリーの声で纏まりなく停止する。
陛下のところのような前線攻略パーティーならばこの辺りの連携も洗練されているのだが、上はチャッピーさんがなんとLv41だが下はLv1桁の新米プレイヤーまで混ざった、まさしく烏合の衆と呼ぶべきこの集団には、そんな事まで期待できない。
むしろ呼びかけでの全隊停止が成立しただけで御の字と言って良いかもしれない。というか、さっき遭遇した時にはキーボードの前進キーを押し続けるのが面倒でオート前進かけてた1人がうっかり止まり損ねて突出し、初の死亡者と相成った。蘇生させたが。
そしてメリーの声に応じるように、他のパーティー―――つまり、俺とメリーが所属しているパーティー以外に所属し、マップ情報の共有が行われていないメンバーからバラバラと声が返ってくる。
「B班、こっちのパーティーのマップ、まだ敵情報表示されませーん! 視界範囲外でーす」
「C班同じくー」
「D、表示されました。いけまーす」
「メリーちゃんやっぱ視界広いねぇ。他で発見出来たのは一番レベル高い盗賊系のチャッピーさんだけかぁ」
「タイミング見るに、メリーさんは僕より早く発見してましたねぇ。エルフの探索師は流石に視界の広さが違いますよぉ」
「よーし皆さん射撃攻撃準備ー。目標、あの辺。茂み3つ並んでるのの中央と左の間辺り。見える人は狙って狙って、見えない人は範囲攻撃重視で一斉射撃!」
索敵範囲が広いメリーとチャッピーさんの所属するパーティー以外は、まだマップに敵が描画されていない模様。しかし想定の範囲内だ。
描画されていないとはいえ、敵自体はそこに存在しているため、攻撃がそこを通れば当然ヒット判定となりダメージが入る。故に大雑把な位置を口頭指示し、見えない連中は範囲攻撃主体で薙ぎ払え、となるわけだ。
ちなみに暫定的に進行役である俺の所属しているパーティーをA班として、ヤヤヤさんのところをB班、蘿蔔さんのところはCでチャッピーさんのところをDとしている。まぁ、メンバー把握や連携の為のもので、メンバー枠が埋まったパーティーからアルファベットを振っただけの雑なものだが。
そしてその雑さに負けない雑な攻撃指示に従って、各パーティーから遠距離攻撃が飛ぶわ飛ぶわ。
なむるら魔術師系の人からは火や氷や雷やレーザー、蘿蔔さんら射手系の人からは矢玉が雨あられ、盗賊系も一部の射撃武器装備者からは矢が飛んだりナイフが飛んだり。
残った射撃攻撃を持たない俺達のようなメンバー―――戦士系と神官系、並びに盗賊系の一部で実際のところ約半数―――は、その辺で拾った石を思い切り投げつけた。
「魔法やら矢やらが一斉に飛んで行くのはファンタジーっぽくて実にワクワクするが、大勢の人間が一斉に投石カマす姿はどっちかっつーと発展途上国での暴動なんかを想起させるな……」
「世知辛い連想ですね、クロウさん。僕は狩りゲーの縛りプレイ動画を思い出しましたよ」
「いや、お前の連想はニッチ過ぎんだろ、なむる」
飛んでいった攻撃の行方を見守りながら中身の無い会話を交わす俺たちの視線の先で、弾速の早い攻撃から次々と敵、或いはその付近に着弾していく。
剛弓師特有にガバッガバな照準のせいで、茂みどころか大分味方に近い位置で地面に突き刺さった自分の矢を見た蘿蔔さんが『あーっ!』などと悲鳴をあげているが、見たところ概ね良い着弾分布だ。
着弾地点の周囲を焼き払う範囲攻撃型の火球や氷弾、雷撃により、直撃はせずとも結構なダメージを受けるゴブリン。
更に降り注ぐ矢まではHPゲージがミリ残りでなんとか耐えたが、続く30個からの石礫―――弾速が遅く山なり弾道なので、届くのが遅い―――を食らって、遂にHPゲージを削り切られたようで、ばたりと地面に倒れて粒子に変わっていく。
ログ表示を見るにゴブリンウォーリア。Lvは36。森マップに出現するゴブリンの中では特に攻撃力の高い戦士系であり、シャーマンに次ぐ高レベルの持ち主であるが、さしもの高レベル戦士系の耐久力といえども60倍の人数からの集中砲火はどうしようもなかったようだ。
というかそのゴブリンシャーマン、ウォーリアの更に奥に居たらしい1体居たらしく、いきなり描画されて出て来て倒れて消えて行っている。お前、発見されてなかっただけでそこに居たのか。
「投石によって倒れゆく姿は、さながら内戦の―――」
「だからなんで一々例えが世知辛いというか殺伐としてるんですか」
無常観を具体的に口に出した俺に、横合いからなむるのツッコミが飛んでくる。普段の狩りの最中の話し相手はほぼメリーなので、これはこれで新鮮だ。
そのメリーは油断すれば方言が出るのを恥ずかしがってか、このようなパーティー狩りでは口数が少なくなる傾向がある。今も無言で周囲に視線を巡らせ索敵中だ。
「戦闘ログかっくにーん。ウォーリアにトドメ刺したのはこっちのパーティーだね。レア、プチレアは落ちてないみたいよ、クロさん」
「シャーマンはこちらのようですね。同じくレア、プチレアなどのログに表示されるドロップは無いようです」
メリーの代わりというわけではないが、手早くログに視線を走らせて報告してくるのはリノと竜胆。別々のパーティーに配置している意図を察してか、この手の対応をしっかりしてくれるのは実に助かる。ドロップログは倒したパーティーにのみ表示される仕様なのだ。
表示されるログはプチレア以上―――つまりはそれなりにドロップ率が低いアイテム以上なので、それが無いということはアイテムが落ちていたとしても二束三文の換金ドロップだろう。
「んじゃ、換金ドロップとか拾っても大した額にならんし、ルート変更しての回収なんかは考えず通り抜けます。予定ルートから外れて、リンクした敵集団を引っ掛けたりとかが怖いんで」
「そーねっ☆ ヤヤヤさんも賛成っ☆」
「僕も異存は無いですねぇ」
そして安い換金ドロップを拾いにルートから外れた結果として敵に見つかるリスクを避ける判断を打ち出した俺に、実質的にギルド外の参加者を纏めてくれている2名から同意の声が届く。
他のプレイヤーにも異存ありげな様子は無いので問題あるまい。約1名ほど、何の祈祷か大地のエネルギーを吸収しているのか謎なコマネチのようなモーションを披露しているプレイヤーについてはよく分からんが、反対ではないと思いたい。
「メリー、他に敵は?」
「発見無し。どうやら敵がこちらを視認する前に撃破出来たようで、リンクした敵がこちらに接近してくる様子は無い……です」
「よし。それじゃ、全隊前進しまーす。敵発見したら今後はこんな感じで数で倒して行きましょー」
やや無理した感のある共通語の索敵要員の判断を聞いてから、全員に向けて声をかけた俺の言葉に、「はい」だの「うぃ」だの「ヒャッハー
」だの「ヤヴォール」だの―――最後のは蘿蔔さんだ―――各々好き勝手な返事が返って来る。
―――質が足りないなら数で補う。
先制発見から、数を揃えて飽和砲撃という現代戦のセオリーに従った手段により、烏合の衆は圧倒的な勢いで森マップを進軍していく。
マップの攻略というものは、基本的に1パーティーかそれ以下の数で行うものだ。人数が多くなれば多くなるほど経験値もドロップアイテムも分散し、敵の再発生までの時間なども考えると、一定のラインを超えると稼ぎ効率は逆に悪くなる。
故にこの人数での攻略は、正直経験値も金も効率を投げ捨てたものだが、それだけに飽和火力の質量は圧倒的だ。単純に数で計算すれば、1パーティーで今の俺たちと同等の火力を出したければ、1人辺り4倍の攻撃力か手数が必要となる。最高レベル帯のパーティーでも、それだけの倍率はあるかどうか。
まぁ、相手の防御力という要素も絡んでくるために単純に比較しがたい部分もあるのだが、ノックバックによる硬直も考えるとトントンといったところかもしれない。
だが、その有利もこの森マップまでだろう。
森マップと言いながらもこの辺りは比較的視界が通るし、茂みなどの軽度の障害物は敵にも味方にも平等に視界ペナルティを与えてくる。
ゲームバランスの関係か、林立する樹の数も森というより林というライン。致命的に視界を遮るほどではない。何が言いたいかというと、“不意打ち”や“遭遇戦”が発生しづらい、射撃型向けの地形なのだ。
しかし、逆にここを抜けた先の渓谷は曲がりくねった岩場と無数の岩で視線が塞がれ、曲がり角でばったり遭遇やら障害物の影に居た敵に不意打ちを食らうやらの危険が一気に増える、近接型向けの地形だ。
近接戦・かつ狭い地形という条件では火力の集中も難しくなるし、連携の難易度もグンと上がる。
今のところ、犠牲は『オート前進押しっぱ突出即死事件』だけで済んでいるが、渓谷マップからはこうは行くまい。
「―――ま、それもまだ先。森マップはメリーの探知範囲があれば割と安定だな」
「優秀な斥候って、一人居るとすっごい助かるよねっ☆ 視界特化型って大人数パーティーへの貢献が物凄いけど、ソロや少人数だと火力不足で稼ぎが渋いから、割とやってる人少なくって……メリーさん、このヤヤヤちゃん様のギルドに来る気無いかなっ☆」
「え!? あ、アタシはようけぇおるギルドよりちんまいギルドの方が……っ! アタシ、びったれじゃけぇ!」
「…………何語かなっ☆」
「主に広島らしいですよ。はい、勧誘はまた今度にでも。メリーも落ち着け」
中堅規模のギルドの幹部をやっているらしいヤヤヤさんの、恐らく冗談9割での勧誘に、思わず素で返したメリー。
素の喋りを受けて半瞬硬直するヤヤヤさん。確かにド田舎に住んでいたらしいとはいえ、テレビや電話、インターネットなどが普及しまくって今の時代で、こいつの若さでこれほど方言が抜けてない奴は珍しいのだが。
あわあわするメリーが更に方言度合いが深まった言葉遣いで、こちらに返事を返してくる。
「い、いきなり勧誘されたんよ!? はぁ、そりゃわやにもなるわ! クロウ、ゆうとったるがの! アタシ、今のギルドからの移籍とか考えとぅないから! また今度とか思わせぶりなんはゆーたげんさんな!」
「お前ホント見てて飽きんな」
「うん、ニュアンスで断られてるのはわかったっ☆ 他は知んないっ☆」
リアルで見たら―――いや、会ったことはないが恐らく―――両手をバッタバタ振り回してそうな慌てようで返すメリーに、いっそ感慨深く頷きながら流す俺とヤヤヤさんだった。