ゴブリン砦へ行こう(出撃篇)
待たせたな! _:(´ཀ`」 ∠):_ ……いや、ホントごめんなさい。
「なになに? なんの集まりですか、これ?」
「エアリアルアックス、誰か使う人居るなら売るよー。200,000Ctで売るよー。誰か買わんかねー」
「あれ、リノきちじゃーん。なむるに誘われて来たけど、リノきちとなむるって同じギルドだったん?」
「そうだよー。あ、すいませーん! 通路はみ出さないでー!」
「開始まで時間まだあるよね? 猫の散歩行ってくるから、参加の注意事項とか聞いといてっ!」
「猫って散歩するもんなの!?」
「トイレ行きたいんだけど、このイベントって今行ってもまだ大丈夫かな?」
「いや大丈夫だろ。早く行ってこいよ」
「それがさ、3日前から出てないんで相当な大物との決闘になると思われるから、時間が―――」
「シモの事情なんぞ話すな!? さっさと黙って行けっつーか最悪シモネタで通報されるぞ!」
「あのあの、なんの集まりですか、これ?」
―――中央広場。俗にそう呼称される王都の中心部がある。正式には何やらもっと長い名前が付いてあったと思うのだが、俺を含めた多くのプレイヤーは覚えておらず、単に『広場』、或いは『中央広場』と呼んでいる。詳細な名前や設定、由来まで理解しているのは、俺の知人友人では設定マニアくらいではなかろうか。
大神殿と公売所の真ん前にある事から人の行き来が非常に多く、臨時パーティー―――1回狩りに行く間だけの、期間限定のパーティーのことだ―――の募集はいつの間にかここで行うのがサーバの文化になりつつある。
特に運営から通達があったわけではない。なんとなくの話ではあるが、大人数で同じサーバで同じゲームを遊んでいると、それなりに文化のような物が出てくるものなのである。
『この辺で募集をすれば人が集まる』『この辺では良く募集をやっている』。
このような共通認識を持つ人間が一定数出れば、自然とその場所でのパーティー募集が増える。共通認識を持っていない人間もそれを見て、『ああ、ここで良く募集をやっているのか』と認識し、共通認識は拡大していく。
そういう認識が拡大していけば、さて、いつの間にやら中央広場はパーティー募集のメッカというわけだ。
そしてその中央広場。その中でも通行の邪魔にならないように選んだ端の方で、しかし既に通行の邪魔にならないのが困難なレベルの集団が出来つつある。
―――俺とリノとなむるが知り合いで乗ってきそうな連中に声をかけ、中央広場の端で待ち合わせをした上で、更に広場にたむろしていたパーティー探し中の人々に向けて大声で呼びかけをした結果、ざっと目算50人だ。
「えー、と。ログイン可能時間にも限りがありますし、とりあえず説明進めて行きますよー。私、今回の進行役を任されましたクロウといいますので適宜よろしくお願いしまーす」
その集団の前方で、外向きの崩した敬語モードで話す俺。
『はーい』だの『うーい』だの『ヒャッハー』などの返事の他、聞いているアピールなのか、モーションやらエモーションやらがその声に反応して乱舞する。手を挙げるモーションや豆電球のエモーションはわかるが、泣き出すエモーションや不思議な踊りのようなモーションについては割とどうして良いか分からないのでスルーだ。
「なんだかよく分からず、人が集まってるんで来たみたいな人も混ざってる感じですんで、改めてざっくり説明していきまーす。えー、今回の我々の“ゴブリン砦特攻見学隊”の目的はゴブリン砦見学です。現状でハイエンドコンテンツとなっているゴブリン砦を、高レベルプレイヤーじゃなくても見てみたいという趣旨のものですね」
その際にマスターを発見し、メッセージの一つでも叩き込むというのがウチのギルドのミッションなのだが、その辺りは言ってもややこしくなるので言わないでおくのが処世術である。
怪しい踊り―――上体を上下させないようにステップを踏みながら、左右の腕を交互に上下させつつ機敏に左右に動いている―――を目に入れないようにしつつ、なんとなく納得っぽい雰囲気が場に行き渡るまで待ってから、話を続ける。
リアルと違って表情や仕草での雰囲気の見分けが難しいので7割勘だが、こればかりは致し方無い。
「その趣旨からしてとりあえず見ることだけが目的なので、特攻上等・死亡前提・死して屍拾うもの無しとなっております。その為、特に参加頂くプレイヤーのレベルに上限も下限もありません。ただし、経験値その他についても期待してはいけません。多分死に戻りのペナルティの方が高くつきます。参加費等は徴収しませんが、補償やお礼の品などはありませんので、ご承知おきくださーい」
この時点で、趣旨に興味を無くしたプレイヤーが数名ばかり去っていく。が、入れ替わりのように周囲に居た野次馬の中から、興味を持った人が十名ばかり輪に入ってきた。
「人数が予想以上に多く集まっているため、通常換金ドロップについては分配しません。新マップとはいえ店売りで売っても200とかそこらの単価が関の山で、1つにつき1人頭4,5ckとかにしかなりそうにしかないんで、拾った人が処分してください。んで、無いとは思いますがレアドロ、プチレアなどの高額アイテムが出た場合、参加メンバーで即興で競売やった上で、ウチのギルド以外の人数で頭割りかけます」
「せんせー、主催ギルドの人は頭割りの含まないんですか?」
「はい、見知らぬ神官さん。正直にぶっちゃけますと、こういうイベントで主催側が得するシステムにすると突き上げとかが面倒くさいのでこの形式で。その代わり、死んだり到達できなかったりしても文句の言いっこ無しでお願いします」
再び『はーい』だの『うーい』だの『ヒャッハー』などの返事の他、聞いているアピールなのか、モーションやらエモーションやらがその声に反応して乱舞する。バンザイのモーションや親指を立てるエモーションはわかるが、魚のエモーションや体調の悪いバッタのように四肢をついて跳ね回るモーションについては本気でどうして良いか分からないのでスルーだ。
その他、注意事項を伝え質問事項に答えていき、それらが一段落した所で視線を巡らせる。
横のメリーからはアワアワとした空気が伝わってくる。カタカタと忙しないキーボード音を僅かにマイクが拾っているので、恐らく参加メンバーの数をメモ機能にまとめて整理しているのだろう。
―――説明終了までの間に輪に入った人数、輪から抜けた人数。差し引きして、残った人数は大凡60人。
なんの大規模戦闘にでも行くのかという人数だ。1パーティーの上限人数は15人なので、当然のごとくキャパシティをオーバーしている。
「えー、それではパーティー分けですが、レベルよりも移動速度を軸として組む感じでやってきます。人数多いんで、個々の希望を聞かずにある程度機械的になるのはご了承下さい。ええと、パーティーリーダーは―――」
「チャッピーさん、ヤヤヤさん、1パーティーずつ頼めます? 後はクロウさんと蘿蔔さんで1パーティーずつ立ち上げますので、そこで拾ってく感じで。あと、各パーティーに1人ずつは斥候やれる人が入る感じでお願いします」
パーティー分けを提案し、その暫定リーダーを誰かに頼もうと目線を巡らせた所で、メリーの逆横に居るなむるからのフォロー。
主催側でパーティー立ち上げをやるのは俺と蘿蔔さんだけだが、蘿蔔さんとなむるは鈍足型、俺とリノはど真ん中程度、竜胆はやや素早いがリーダー向きじゃないし、メリーは慌てると言語が乱れる関係上、竜胆以上に不向きだ。
となれば特に遅いプレイヤーを蘿蔔さんのところで引き受けて、ど真ん中程度を俺が引き受ける。残りは高速型と、真ん中程度がもう1組あればありがたいわけで、それは一般参加のプレイヤーに委託する事になる。
その委託先は、なむるの目端と顔の広さを考えるに、適切な人材を選んでくれたと信用する事にする。俺は顔が狭い方ではないが、さりとて広い方でもない。対するこいつは、ネットゲーム歴自体が長く、人気のブログまで持っている生粋のゲーマーだ。顔の広さはダンチである。
そしてなむるから指名された髑髏兜の髭面のドワーフ―――コワモテ極まりないが、名前はチャッピーとやたら可愛らしい―――と、口ひげを整えたジェントルな雰囲気の壮年のエルフ―――返事はなんと女性声だった。ネナベか―――が各々返事をしてパーティーを立ち上げる。
「蘿蔔さんでしたねぇ。そちら射手ですかぁ? 僕はアサシンですからぁ、足の遅い人からそちらに入れてもらう感じでぇ」
「はい、そうであります! えーと、では魔術師職、ドワーフなどの特に足の遅い人はこっちに集合お願いするでありまーす! 整列! エイ、オー!」
「真ん中くらいの移動速度の人はこっちかクロウさんのところでぇ。それと盗賊系の人ぉ、誰か1人、蘿蔔さんのところに入って下さいねぇ~」
通路の更に端に寄るようにして、髑髏兜のチャッピーさん―――やたらおっとりした喋り方の兄ちゃんっぽい―――が蘿蔔さんと一緒に離れていく。
そちらに特に足の遅いプレイヤーを中心にぞろぞろと流れていくのを見送ってから、声をあげたのはヤヤヤと呼ばれていたネナベエルフだ。
「はっいはーい。エルフのソードファイターやってます、ヤヤヤでーっす☆」
ただのネナベどころか、高校生くらいのギャルのようなテンションの、ただし銀髪オールバックなナイスミドルなエルフ。
視覚と聴覚のギャップが恐ろしい光景だ。
「移動速度の速い人はこっちに集合でお願いしゃーっす☆ あ、クロウさん盗賊系の人は間に合ってる~?」
「横で書記やってるメリーが入ります。こいつ探索師ですんで」
「わぁお、仲良しさんだぁ☆ りょーかーい! それじゃ、みんなパーティー組んでこー☆」
ハイテンションなネナベが、チャッピーさんとは逆方向に人を誘導していく。エルフや盗賊系など、移動速度重視のプレイヤーがそちらに流れていく。
ちなみに視界取りの役目を果たす斥候役―――多くは盗賊系―――を1パーティーに1人は入れるのは、このゲームで大勢でパーティーを組む時の不文律のようなものだ。
誰かが発見した敵はパーティーの全プレイヤーのマップに表示され、視認が可能になる。逆に言えばパーティーの誰も発見していない敵は視認が不可能であり、画面上に描画されないため、攻撃を当てるのは実質的に不可能に近くなる。
広範囲攻撃の魔術師系の場合は盲撃ちという手も無いでもないが、やはり確実に視界を取って敵を発見できる斥候役が居ると居ないとでは、戦闘効率や安定性が段違いなのだ。
「メリー、メンバーの把握は大丈夫か?」
「し、しわいわぁ……じゃけど、大丈夫、うん。人数あっとぅよ。名前、多分抜け無し。……これ以上増えたら、はぁ、そりゃやれんじゃろぉけど……」
「うーむ、俺もまさかここまで集まるとは。何のレイドにでも行くんだって人数になったな」
実際、60人が『これからどこかへ出撃します』という体で集まっていると目立つようで、今も遠巻きに見ているプレイヤーが結構居る。
それどころか興味を持った様子で声を掛けてくるプレイヤーも居たが、近場に居たリノが要領よく募集は締め切った旨を伝えている。
或いは興味を持ったプレイヤーらが、同じような企画を今日明日にでも立ち上げるかもしれない。
「―――ま、なんにせよ。これで一先ず、準備第一段階は完了ってわけだ」
「これでマスターんとこまで行けるん?」
「知らん。可能性は低くないとは思ってるが、それよりイベントちゃんと運営して成功させて楽しめれば良いかな的なスタンスだぞ俺は」
「わぁい、本末転倒やぁ」
くっくっく、と。
相変わらず喉を鳴らすような笑い声を上げながら、しかしメリーの言葉に否定的な空気は含まれていない。
「まぁ、楽しまにゃ損じゃもんねぇ」
「ゲームだもんな。あんまガチガチにやっても仕方ない。駄目だったら蘿蔔さんには暫くは仮入団で通して貰おう」
「そん時は皆でごめんなさいせにゃぁね」
そしてまた、喉を鳴らすような笑い声をあげている、楽しそうな相棒と共に。
現状のハイエンドコンテンツであるゴブリン砦への、見学と言う名の無策特攻チーム総勢59名―――後に“特攻勢”と呼ばれ恒例行事となる、新マップへの強行偵察―――というか強行見学―――部隊の出撃と相成ったのだった。
■アイテム図鑑■
『黒塗りのブーツ』
▼雑感
メリー愛用の足防具。戦士系、或いは盗賊系、並びに一部の射手系が装備することが出来、敵からの被発見距離を若干補正する効果がある。
視認性をデータ化した結果なのか、防音性をデータ化した結果なのかは定かではないが、僅かながら敵に発見されにくくなる隠密効果と、それなりに高い防御力をバランスよく持つ装備であるため、斥候寄りの戦士系、或いは前衛寄りの盗賊系からの人気は高い。
デザインとしては膝丈までの黒革のブーツであり、割とスタイリッシュな外見からも評価が高いが、カラー選択が可能となった結果生まれた原色レッドの『黒塗りのブーツ』とかいう存在が自己矛盾している存在については賛否両論である。
▼説明(ゲーム内で表示される説明書き)
ブラックウルフの毛皮をなめして作ったブーツ。主に野外で活動する狩人が愛用していたものが、都市部へ逆輸入されたもの。
性能に目をつけたとある企業がブラックウルフの毛皮を大々的に買い取って量産にこぎつけたが、様々な色合いでのファッション性を追求した結果、これを黒塗りのブーツと呼称して販売した某社に対して消費者庁案件が発生している。
また、美女エルフなどが履いていたとしても、ブーツは臭うので定期的に匂い消しをするか、或いは専門の業者に洗って貰おう。