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ゴブリン砦に行こう(準備編)

作中において生死どころかレアアイテムすらかかっていない、「ギルドマスターに会いに行って新人をギルドに加入させる」という話だけで1章引っ張るスタイル

『直訴でござる! 直訴でござる! クロウ判官殿、直訴にござる!』

『ほう、強訴は死罪と覚悟しての事か。良いだろう、申せ』

『なんやのんこの茶番』


 ログイン直後、大神殿前に出たばかりの俺の耳にスッ飛んできた何故か時代劇調のリノの言葉と、それになんとなく偉そうに返した俺と、どこか別の場所でギルドチャットを聞いていたらしいメリーのやりとりである。

 ちなみにギルドチャットやパーティーチャットモードにしている場合、喋っていても周囲に声は漏れないので、道端でブツブツ呟く謎の人になることは無い。稀に道端でブツブツ呟く謎の人を見かけるときがあるが、それはチャットモードの切り替え忘れなので、そっと教えてやるか見なかったことにしてやるのが人情である。

 

『ははァ―――ッ!! 蘿蔔郎女(すずしろのいらつめ)を当ギルドにて身請けする話にて御座います!!』

『身請けとなると多分遊女をイメージしたんだろうけど、そっちは女郎な。郎女(いらつめ)は女性に対して付ける尊称で、例えば聖徳太子の嫁さんは刀自古郎女(とじこのいらつめ)と呼ばれるんだが』

『ハシゴ外して歴史の話に持って行きおったわ! メリーちゃん何か言ってやって!!』

『蘇我氏やったっけぇ? 刀自古郎女さん』

『そうそう。兄貴が蘇我蝦夷で、中大兄皇子らのクーデターでやられた奴。そもそも蘇我氏の台頭が厩戸皇子、つまりは聖徳太子の死亡を機にしたもので、そこから大化の改新に繋がってくんだよ』

『……あの、クロさん? メリーちゃん? 私、歴史の授業受けにゲームやってんじゃないんだけど……』


 そして歴史の話題でサンドイッチされたリノが、珍しく本気で戸惑った声で、早々に白旗を上げた。

 学習塾のものとはいえ歴史を中心に担当している俺と、ゲーム知識中心ながらもそこを軸として色々知識はあるらしい“にわか歴女”なるものを自称しているゲーマー娘。そういうタッグなので、俺らは歴史語りだけで1時間は潰せるのだが。


『まぁ、リノが変なフリをしたせいで話が脱線していますが。要は蘿蔔さんをギルドに誘いたいのですが、マスターに連絡を取る手段が無いという話ですね。一応ギルドハウスの伝言板にはメッセージを残してあるのですが』

『もしかして、あの女は1日3時間とはいえずっとダンジョンにログインしてダンジョンでログアウトする廃人レベリングやってんのか……』


 そして会話に入ってきた竜胆の報告から知った、1時間どころか最大1日3時間を戦闘オンリーで潰す真性バトルジャンキーに声も出ない。

 準VRというだけあり、通常のパソコン画面で行うMMORPGなどと比べ、このゲームの戦闘は結構な集中力を要する物の筈なのだが。


 ともあれ、ある程度の予想はしていたが、俺のログアウト後に本命リノ、対抗メリー、大穴竜胆辺りが蘿蔔さんをギルドに勧誘したということだろう。しかし、マスターの不在により、未だにギルド加入が成立していないと、そういうことか。


『まぁマスターのバトルジャンキーっぷりは別に良いとして。それ関係で俺になにか相談か? 悪いが、マスターのメールも電話も俺は知らんぞ』

『あー、うん。やっぱり? まぁそれは余り期待してなかったっていうか、本命は別の策にあるっていうか。クロさん、今からギルドハウス来れる? クロさんとナムさんに手を借りたい事があって』

『りょーかい。ちょい待ってろ』


 会話を一旦切り上げ、移動に集中する。まぁ別にキーボード操作での街中の移動如きで神経を使うわけでもないのだが、リノの物言いからするに、恐らくギルドハウスで全員に直に作戦を話したいのだろう。

 ならば話を急かす事はせず、現場に急ぐのがこの場の優先事項である。こういうのは、ノッてやるのが大人というものなのだ。―――まぁ、何やら突発的なイベントの気配を、楽しみにしていないと言えば嘘なのだが。


『……えーと、聖徳太子というとあれですよね? 1度に10の耳を生やしたとかいう』

『なにそれ怖い』

『……10人の耳を削ぎ落としたんでしたっけ?』

『なにそれもっと怖い』


 そして同時に、春竜胆の微妙なポンコツさに不安を覚えていないというのも嘘なのだが。



▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼□▼

 


「にゃーっすクロさーん」

「お前狐だろ」

「こんばんわだコン☆」


 ギルドハウスに到着すると、恐らくリノが集めたのだろう。現在ログインしているギルドメンバーのうち、マスターと陛下を除く全員がその場に揃っていた。リノの話に出て来ていた蘿蔔さんも座っている。


 入り口横で待っていたリノの挨拶をあしらいつつ、目を走らせる。

 竜胆と並んで壁際で畳に座っていたエルフ娘(メリー)が挨拶エモーションを頭の上に出し、ポニテ剣士(春竜胆)は『こんばんは。お疲れ様です』という言葉とともに、モーションで一礼。

 中央の机を囲むように座っているのは、ロリ巨乳(蘿蔔)糸目魔術師(なむる)だ。最後の奴はギルドチャットでも応答が無かったので、てっきり居ないと思っていたが―――


「あ、ナムさん今AFK(離席中)。コンビニ行ってくるって」

「ログイン可能時間限られてんだから、落としてけよ」

「まぁまぁ、良いじゃんクロさんや。ハーレムだよハーレム、見てこの男女比!」

「歴史上、ハーレム、後宮、或いはそれに類するものの齎した問題について講義してやろうか……!!」

「斬新な脅し文句やなぁ」


 脅し文句―――だろう、多分―――を吐きながら、操作されていないため表情筋の一つも動かさない置物とかした糸目の横に着席。

 すぐさま逆横に、小柄な狐娘が移動してくる。


「そんでさ、ナムさんはすぐにAFK行っちゃったんでまだ話してないんだけど。シロちゃんのギルド加入の為にマスターに会いに行きたいんだよね。でも、連絡手段が無いし、ナムさんとクロさん以外の今居るメンバーで昨日ゴブリン砦目指してみたいんだけど、森すら突破出来なくて」

「だろーな。多分、俺となむるが加わっても、砦到達は厳しいと思うぞ」

「うん、メリーちゃんも同じ意見だったから、多分間違いないと思う。陛下を引き込みでもしない限り、このギルド+蘿蔔さんじゃ、ゴブリン砦への到達は不可能っ!」


 お手上げのモーションで感情表現をするリノ。しかし、そこで話が終わりならば俺を呼んだ理由が無い。

 その部分については、少し離れて聞いていたメリーも同感だったのだろう。横合いから、話を続きを促すような声が飛んでくる。


「んー、リノちゃん何か考えがあるんよね?」

「うん。私達だけで駄目ならさ―――」


 くすくす、と思いの外上品な含み笑いから、


「―――いっその事、人を募集してみようってワケ! 名付けてゴブリン砦特攻見学隊!」


 どうだとでも言うように、大きく腕を広げたモーションと共に放たれた言葉。

 これに対する反応は2つに割れた。


「むむ? えぇと、お金やアイテムを条件に助っ人を頼むのでありましょうか? それはちょっと……」

「あたしらのギルドの問題じゃけぇ、あんま他所様巻き込むんは……」


 否定的な色を滲ませての言葉は、蘿蔔さんとメリー。


「いや、これは……アリだな。別に手伝わせる必要はねぇんだよ、多分」

「そうですね。昔懐かし、黎明期のMMOでもそういうユーザーイベントがあった気がします。良く知ってますね、リノさん」

「ってうわぁ! なむるお前戻ってるなら言えよおかえりなさい!?」

「うん、良い混乱っぷりですねクロウさん。はい皆さん、戻りました。ただいまです」


 肯定的な言葉を返したのは俺と―――いつから居たのか、中身(プレイヤー)が入り直した事により再起動したなむる。

 ただいまの言葉に、『おかえりー』だの『おかー』だのと緩い挨拶が返される。唯一春竜胆だけが『おかえりなさいませ』と逆に堅いくらいの言葉だが、こいつはこれが常なので気にしてはいけない。


 ともあれ、ひとしきり挨拶が終わった所で、リノがこてんと首を傾げてなむるの言葉に疑問を返す。


「ユーザーイベント? 私、そういうのは知らなかったんだけど……」

「ああ、独力で思い付いたんですね。それは凄いです。―――要は、あれですよね? 特攻見学隊なんて名前を付けているからには、生死や効率なんぞ無視して、とりあえず新マップの新ダンジョンを一度見ておこう的なイベントをブチあげる、と」

「割と興味はあるけど辿りつけない、みたいな連中は多いみたいだからな。今やれば結構な人数が乗ってくると思うぞ」


 懐かしきは―――いや、実際にプレイしたことは無いが―――俺がまだヨチヨチ歩きで這い回っていたような頃に全盛を迎えていた、黎明期のMMORPG群。

 その中の一つで発生したユーザーイベント、つまりはプレイヤー主導・主催で行われたイベントの中に、似たような趣旨のものがあったのだ。


 実装されたばかりで、当時はまだ廃人などと呼ばれる最高ランクのプレイヤーしか足を踏み入れないような高難易度マップ。しかし、プレイしている以上はそこをひと目見てみたいという一般プレイヤーが集まって、玉砕前提の突撃を行ったのだ。

 昔、ワールド・オブ・ファンタジア以外のMMOをやっていた時に、ベテランプレイヤーが懐かしむように話していたイベントなので思い出深い。

 そして、リノが自力で考えだしたこれは、確実にそれと同種であり―――新マップ実装後数日のゴブリン砦に対しては、恐らくまだ誰も行っていないイベントだ。

 今やれば、未見のマップを見たいという物味遊山目的で参加したがるプレイヤーは相当数居るだろう。勝算は、それなり以上に高い。そして個々の質はともかくとして、数が揃えば突破の成功率は大幅に上がるだろう。


「そんで、俺となむるの手を借りたいって話だったが、人集めか? そういう意味なら確かになむるは顔が広いし、俺もまぁ、それなりにギルド外にも付き合いのある相手は居るが」


 ちなみに、このギルド所属プレイヤーの顔の広さで言えば、多方面とのアイテムのやり取りをし、wikiを精力的に編集して情報交換をし、果てはゲームプレイ日記的なブログまで持っているなむるが最大だ。

 次点が賑やかし気質のリノか有名人な陛下で、リノの相棒である竜胆がやや遅れてそれに続く。逆に人見知りの気のあるメリーや、独自路線を行き過ぎているきらいのあるマスターなんかは、対外的には顔が狭い。

 こうして並べてみると分かるように、俺は決してそこまで顔が広いわけではないのだが、


「いんや、クロさんに頼みたいのは“仕切り”。一番大変な部分だと思うけど……どう?」


 珍しく申し訳なさげに聞いてくるリノの言葉は、正直なところ予想外だった。てっきり、イベントの仕切りなんかは発案者のこいつがやると思っていたのだが。

 そして、驚きから返事を返さない俺の様子をどう解釈したのか、リノが慌てたように言葉を続ける。


「本当にごめんなさい。でも、私は顔が広くてもマスコット的な扱いだから、仕切りとかそういうのをやるには向いたポジションじゃないと思うの。クロさん、物怖じしないけど、引くべき線は引ける人で、しかも大人の人っぽいから出来るかなって、あの」

「―――とりあえず、もうちょい話を詰めるか。ある程度、参加条件とドロップ品の分配ルールなんかを先に決めるぞ。仕切りを任せたんだから、文句は無いよな? リノ」

「……あ、い、良いの?」

「お前から言い出したんだろ。あと、大丈夫だとは思うが俺が仕切れそうな範疇で、参加人数の上限辺りも決めておく。なむるとメリーは書記っつーか、参加メンバーの人数と名前のチェック頼めるか?」

「勿論構いませんよ。いやぁ、面白そうですねぇ」

「うへぇ。ようけぇ(大勢)集もぅたら大変じゃぁ。ゲーム内のメモ機能、どこじゃったっけ?」

「機能ボタンからその他選んでみ。そこにあるから」


 恐らく俺以上にプレイヤー歴が長いなむるが二つ返事で請け負って、メリーは大変などと言いつつも、喉を鳴らすようないつもの笑い声が漏れている。

 つまりは両者ともにやる気有り、そういうことだ。


 そして、珍しく『えと』や『あの』といった意味を成さない言葉を口から漏らしてオロオロしているリノに、メリーが笑いながら声をかける。


「くっくっく……ええんよ、あんま固くならんで。自分じゃ出来ん思ぅたから、ちゃあんとお願いしたんじゃろ? くくっ、やっぱり根っこは真面目じゃ、リノちゃんは」

「……ぁう」


 赤面エモーションを頭上に出すリノ。

 どうにもこいつは、お祭り好きのイベント好きではあるが、その進行を俺に頼むということに差し障り―――というか申し訳無さを感じていたらしい。

 確かに企画するだけ企画して、実行は丸投げとなったならば、申し訳無さを感じるのも分からなくもない。


 こいつとしても自分ができるなら自分でやりたかったのだろうが、先に自分で言っていた通り、こいつの扱いはレベルとプレイスタイルもあってか、他所からすればマスコットだ。

 良く言えば可愛がられるポジションではあるが、悪く言えば“舐める”人間も一定程度は存在する。上に立っての仕切り役には、差し障りを感じる部分もあるのだろう。

 そういう意味では、レベルがある程度あり、塾講師という仕事もあってか相手に適度に親しく・適度に距離をとってのやり取りに慣れている俺の方が適任という見方は間違っていないと思われる。少なくとも、自分で苦手という自覚はない。


 とはいえ、先の『本当にごめんなさい』やらの言葉から察するに、メリーの言うとおりこいつは本当はかなり真面目な気質なのかもしれない。


「リノから大筋は聞いていたのですが、最悪クロウさんもなむるさんも駄目だったら、その辺で適当に声かけてワーって行こうかと思っていたのですが……皆さん、リノの案にご賛同ありがとうございます」

「……んで、竜胆ちゃんは割と根っこは雑なんじゃねぇ……」


 そして、一見すると生真面目そうだが、実際は場当たり主義極まりない竜胆により、危うく恐ろしく雑なユーザーイベントが勃発しかねないところだったらしい。

 そんな竜胆の言を敢えて聞かなかった事にしつつ、俺が目線を向けるのは横のなむるだ。こいつはゲーマーとしては俺以上に古株な筈なので、或いは仕切りはこいつがやっても良いのではないかと思ったのだが、


「いや、クロウさんが引き受けてくれて助かりましたよ。繰り下がりで僕に来たら、断っていたところです」


 逆にそのタイミングで、なむるの方から嬉しげに声をかけて来た。

 機先を制される形になった俺は、一瞬言葉に詰まってから問いを投げかける。


「お前の方が適任なんじゃないか? このゲームに関してはともかくとして、MMORPG自体に関しては、俺よりお前の方が慣れてそうなもんだが」

「かもしれませんけど、まぁ手前味噌ですが、ブログ含めて色々活動していると、こういうイベントで矢面に立っての主催とかはやりたくないんですよ。イベント自体は好きですから、仕切り役の補助くらいならまだ良いんですけど」

「そういうもんか?」

「ええ。だって第三者面してブログで面白おかしく結果を書くから楽しいんじゃないですか。書かれる側になるのは御免ですよ?」

「……」

「成功を祈って参加し、誠心誠意お手伝いしますが。それはそれとして、面白いハプニングにも期待させていただきますね!」

「……おうよ」


 どうにも、このギルドに数少ない男性仲間であるこの糸目は、結構性格が悪いようであった。


昔懐かし、ズヴァール城突撃。分かる人は分かるユーザーイベントですね。


今後は基本的に1~2週間に1回くらいの間隔で更新していく形になるかと思います。

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