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だいこんとの遭遇

蘿蔔すずしろとは春の七草の一つで、大根のことです。

 聞こえてきた悲鳴と同時に、エネミーの光点が表示されたマップに視線を走らせる。F-6、E-5―――つまりマップの中央付近―――に居る光点、動きなし。マップ北西に6体ほど固まっていた敵―――動き有り。


「誰かがA-0辺りの敵の群れに突っ込んだみたいだな。エネミーの動きから察するに、その突っ込んだ誰かは南に逃げてるっぽいが」

「わぁ、さざらもざら(滅茶苦茶)やぁ!」


 一斉に南下を開始した光点から察するにうっかりモンスターハウスに突っ込んだプレイヤーがダッシュで逃げていると、そういう状況だろう。

 しかしシステム上、ダッシュすればどの職業・どのクラスにしてもこのダンジョンのスケルトンよりは速く走れるが、ダッシュやジャンプ、攻撃防御、その他物理系スキルの多くなどの『身体を動かす』類の行動はスタミナゲージを消費する。

 ビーストの盗賊職などは通常移動でも骨より速いが、移動の遅い種族やクラスであった場合は長くは逃げ延びれまい。


 そこまで思考を取りまとめ、さてどうするかと考えている間に、横のエルフはさっさと次の行動に移っていた。


「えぇと……逃げてる人、聞こえますか!? そのまま南に真っ直ぐ進んで、A-7辺りまで来れます!?」


 オープンチャットに切り替えて、意識して共通語に口調を直しての、大声を出しての呼びかけ。引っ込み思案なところがあるくせに、こういう時はこいつは俺よりも思い切りが良い。

 そして数秒の間を置いて返って来たのは、心なしか引きつったソプラノボイス。女性にしては低めでハスキーな声のメリーとは対照的だが、先ほどの悲鳴も女性の声だったので、ほぼ間違いなく同一人物だろうと内心でアタリを付ける。


「お、おお、援軍でありますか!? かたじけない! 自分、これよりランデブーポイントに向かうであります!」

「……ら、らんでぶー?」

「合流地点ってことだ」


 そして返って来た声の言葉の端々から、『あ、なんか濃い奴だ』とアタリを付ける。キャピキャピのソプラノボイスの割に、語尾と用語が妙に軍事的だった。

 ともあれ、聞き覚えのない用語に一瞬呆けていたメリーだが、横から入れた解説に慌てて頷くことで再起動を果たし、頭上にポンと浮かぶは笑顔のエモーションアイコン。


「はぁ、まぁ、それは別にええわぁ。それよりクロウ、なんや面白なっとぅなぁ!」


 くっくっく、と喉を鳴らすように笑いながら、恐らくアバターを操作しているプレイヤーはキラキラと目を輝かせているだろう声音でメリーが言う。

 まだ2ヶ月程度の付き合いだが、こいつは引っ込み思案であるが、同時にかなり好奇心旺盛でお祭り好きだ。ルーチンワークな狩りも嫌いではないが、それ以上にハプニングは大歓迎と、そういうことだろう。


「楽しそうなのは良いし、助けるのも異存はないが。作戦とかあんの?」

「A-7辺りで南北を繋ぐルートが狭くなっとぅんよ。ようけ(大勢)来てもそこなら……」

「一度にかかってくる敵は少ない、か。分かった、それで行こう」


 どうやら地形に関する記憶では俺より上らしいメリーの言葉に頷き、ダッシュボタンを押して合流予定地点に移動を開始する。

 クラスとしての神官戦士の足は遅い部類だが、平均よりは下といった程度だ。恐らく、スケルトンの集団が到着するまでに場所を確保する事は出来るだろう。

 とはいえ、移動速度で見ると平均値をかなり上回っているメリーの方が、同じダッシュという条件だと、自然と先行する形になる。


「お先ぃ。1,2体くらいまでならどがぁーにも(どうにでも)なるしぃ、先に行っとぅね」

「無理すんなよ」

「状況次第っ!」


 すいすいと瓦礫を避けるような形で先に進んだメリーの姿が視界から消える。メリーとスケルトンの相性は決して良くはないが、戦闘非重視型の盗賊とはいえLvで見れば38のメリーならば、確かにLv25~27程度のスケルトン相手ならば近接型相手でも2体程度までは捌ける。

 3体以上になると保証が無くなってくるが、そこまで増える前に俺が現地について壁になれば問題あるまい。


 俺がそこまで考えた直後、メリーはマップのA-7地点が見える場所まで到着したらしい。Aー7に緑色の光点―――パーティー外のプレイヤーを意味する―――が表示され、そのすぐ後ろに2つの赤い光点。

 どうやら逃げているプレイヤーはその途中に、メリーが瓦礫に登った時には死角に居たか湧いていなかった敵にまで引っかかって来てしまったようだ。


射手(アーチャー)型!? ……下がって! そして、出来れば援護してください!」

「そうしたいのは山々でありますが、スタミナゲージがぁぁ!」


 そして行く先からは女2名の声。メリーの共通語は聞く機会が少ないので、かなり違和感を感じる。

 もう片方―――つまりは逃げていたプレイヤーは射手型、つまりは遠距離攻撃タイプのクラスのようだ。俺やメリーよりよほどレベルが上でもない限り、近接型のスケルトンに囲まれたならば死ぬしかあるまいし、俺もメリーもサーバ全体で見ると上の下程度のレベルにはあるので、それよりレベルの高いやり込み勢がここまで迂闊を晒すとも考えにくい。

 となれば、スタミナも切れているようであるし、あまり戦力として勘定しない方が良いだろう。


 そう考えながらも、メリーに遅れることおよそ2,30秒。マップでいうところのA-7地点へ飛び込んだ俺の目に入ってきたのは、細剣でスケルトン2体と切り結んでいるメリーと、その後ろでまごまごしている巨乳ロリ―――つまりはドワーフの女性キャラの姿だ。

 射手にしては頑丈な、鮮やかな銀色の金属製の軽鎧。豊かな乳白色の髪が緩く三つ編みにされ、背中側に垂らされている。手には大きなクロスボウを構えているが、スタミナが切れているという言葉通り、その弓を巻き上げる事も出来ずに困っているようだ。


「はいちょっと通りますよ、っと。メリー下がれ!」

「あいよっ!」


 そしてそのドワーフの横を通り抜けざま、スケルトン相手に前線を張っていたメリーに声をかける。

 以心伝心というほどではないが、それなりに連携経験は豊富な俺達だ。指示に対して振り向く事もせず、メリーが素早くバックダッシュ。

 彼女が陣取っていた場所は事前の作戦通り、人間大のキャラクターならば並べて2人程度の狭い通路である。そこに密集する形になっているスケルトン2体が、メリーを追うように前にでようとするが、


「通行止め、っと」


 スキル選択、シールドバッシュ。スキルの使用選択に伴い、俺のアバターが突進の勢いを乗せて大きく盾を突き出した。

 ―――ワールド・オブ・ファンタジアの戦闘は、一人称視点でのアクションRPGに近い。攻撃コマンドを選択すると、白兵攻撃系はその場で武器を振るい、射撃系はボタンを押している間は照準(レティクル)が表示され、徐々に絞られていく照準で狙いをつけて、ボタンを離せば射撃攻撃が発射されるというものだ。

 俺が選んだシールドバッシュは白兵攻撃系のスキルなので、狙いを付けるでもなくそのまま発動。眼前に居た2体のスケルトンが、突き飛ばされるように大きく後ろに下がる(ノックバック)


 シールドバッシュは戦士が取得できるスキルの一つであり、打撃属性のダメージを眼前の敵に与えると同時に、ノックバック効果を与えるものだ。ノックバックの距離は自分と敵の装備含めた総重量で決まる。

 人間はドワーフに次いで重量がある上に、目の前の骨は軽量級の相手だ。大きく吹き飛び、スケルトン同士での接触に寄る追加ダメージも微量であるが入ったようである。

 そして、これでメリーが陣取っていた前衛に俺が居座り、後ろからメリーがちくちくと援護をするというフォーメーションが完成した。


「メリー、回復は?」

「ポーション飲んどぅ。それより、そっちのドワ子さんにスタミナヒールしたげてぇ」

「はいはい」


 体ごと振り向かないように、アバターはスケルトンの方を向けたままでロックし、マウス操作で視界をぐるりと後ろに向ける。スキルの対象とするために、ドワーフさんを視界に入れねばならないのだ。

 防御ボタンを押しっぱなしなのでアバター自体は盾を前に出して防御しているのだが、敵の動きが見えないこの状況は少し怖い。

 怖いので素早くスキルからスタミナヒール―――スタミナゲージを少しだけ回復させる神官系魔法を選択、発動。HP回復に比べてコストは割高だが、スタミナ切れに対する緊急措置としてはかなり有効な魔法だ。


「わっ……感謝するでありますっ!」


 そしてスタミナ回復の緑の光に包まれたドワーフ娘のアバターが、クロスボウの中央にあるレバーを回しての巻き上げ動作を開始する。いわゆるクレインクインと呼ばれる、片手廻し式ハンドルを回して歯車と歯竿で弦を引く方式のクロスボウだ。

 現実での初期のクロスボウには、先端に足をかけ体全体で弦を引くなどの動作が必要な物も多かったようだが、このゲームにおけるクロスボウはクレインクイン型に統一されている。

 長弓や他の遠隔攻撃武器は装填しながら動けるのに対し、クロスボウだけそれができないのは流石に……という判断だろうか。まぁ、その辺りは開発側に聞いてみないとわからないが、それなりにユーザーフレンドリーな判断であるとも言える。


 そしてクロスボウ系は巻き上げに時間とスタミナを大きく消費する分、同じ射手系のメイン武装である長弓より威力と精度が高い。

 ただ、物理攻撃には斬撃属性と打撃属性が有り、スケルトンは通常の弓や剣が属する斬撃属性に強く、打撃属性に弱い設定になっている。通常の矢弾を装填しているならば、その高威力も半減だろうが、


「弾種、銀矢(シルバーアロー)! リローディング!」

「うわ、御大尽やぁ」


 どうやらこのドワーフ娘、このダンジョンに来るにあたって、それなりにスケルトンに対する備えはしていたようである。店売りの単価が通常の矢の40倍する属性矢、その中でも神聖属性を発揮する銀矢を用意していたらしい。

 スケルトンは打撃に弱いが、それ以上に神聖属性や火属性に弱い。この分なら、火力支援は期待して良いだろう。


「それじゃ、俺がシールドバッシュで押しとどめ続けるから、メリーは横合いからヒット&アウェイでチクチクやってくれ。敵が回りこんで来てないかの警戒も頼む。そっちのドワーフさんは―――」

「あ、自分は蘿蔔(すずしろ)でありますっ!」

「うん、蘿蔔さんはその場から援護射撃をお願いします。出来れば、敵の射手が見えたらそっち優先で」

「了解でありますっ!」


 元気な返事であるが、果たして信用していいやらして悪いやら。PK(プレイヤーキル)可能エリアではないので後頭部に矢が刺さった所でノーダメージではあるのだが、出来るだけ援護射撃は正確である事が好ましい。それに、ダメージは無くとも精神的に少し怖い。

 押し寄せてくるスケルトンに、再度のシールドバッシュをかまし、ノックバックしたところにヒールを叩き込みながら、後頭部や背中に矢が飛んで来ないようにと祈る俺。

 しかし、その祈りは良い方に裏切られる。


「FOX2! FOX2!」


 耳に心地よい高さのソプラノボイスと共に、射撃音。

 スキル発動後の硬直時間を縫うように、クロスボウから放たれた矢が俺の横を抜け、ヒールを食らって動きを止めていたスケルトンの頭に突き刺さったのだ。

 綺麗なヘッドショット。近接型の特徴である頑丈さから、2度のバッシュと1度のヒールを食らってなおも半分ほど残っていたスケルトンのHPが、一気に0にまで削り取られた。


 崩れ落ち、光に包まれて消滅するスケルトン。その足元にドロップアイテムが出たようだが、今は拾っている余裕が無いので後に回す。幸いにして5分間は消えずに保持されるので、よほど乱戦が続かない限りは大丈夫だろう。

 それよりも、予想外なのは今の攻撃の威力の高さだ。筋力の高いドワーフ、威力の高いクロスボウ、弱点属性、弱点部位(ヘッドショット)と4拍子揃った結果とはいえ、全体として威力が低くなりがちな射手の攻撃としては非常に高い火力である。

 

「次弾装填しますっ! 前線お願いするであります!」

「あいよ。つーか威力高いですねそのクロスボウ。弱点属性、かつ弱点部位に当てたっつっても、射手系の火力舐めてたかも」

「自分、ロマン砲型の剛弓師(ハードシューター)でありますから!」

「ああ、そいつは道理で」


 そして、その理由はすぐに解明された。

 剛弓師―――射手系の上位クラスであり、射手の弱点である単発火力を補う事に特化した“火力の高い射手”である。

 しかし隠密性能・移動性能は低く、火力と引き換えにリロードタイムを遅くするスキルなどもある始末だ。


 特に照準(レティクル)のガバガバっぷりには定評があり、どこへ飛んで行くか分からない事を揶揄して『フォーク、カーブ、シンカー、スライダー、ナックルとあらゆる変化球を投げ分ける名投手』などとwikiに書かれているほどだ。出来ればストレート一本でお願いしたいところである。

 一応時間をかけて照準を絞ればそれなりの精度にはなるのだが、狙撃戦には不向きなクラスと言って良いだろう。


 結果として、剛弓師は射手の上級職としては人気は若干控え目となっている。要は火力を重視しすぎて使い勝手が宜しくないのである。まぁ、その火力に魅せられた一部プレイヤーからは熱狂的な支持を受けており、選択スキルなどでもひたすら火力に振ったのが、蘿蔔さんの言う“ロマン砲型”なわけだが。


「これだけ近ければ照準のガバガバっぷりも余り気にならないでありますっ! 援護射撃は任せて下さい!」

「そうですね。お代わりも来たみたいだし、頼りにさせて貰います」


 見やると、通路の奥からは射手も含んだ骨の群れがやって来ていた。これがA-0に溜まっていた敵集団だろう。

 しかし、追われていた射手が意外と戦力として期待できる事と合わせると、ここからの負けは恐らくあるまい。


 とりあえず奥から来ている集団の合流前に、残った1体を潰しておくべく、戦槌での近接戦闘を開始する。

 戦槌は威力は高いが、攻撃後に再度攻撃可能になるまでの隙が大きいタイプの武器だ。ただし打撃属性なため、刃物に強いが打撃に弱いスケルトン相手には滅法強い。

 攻撃が当たる度にゴリゴリとHPが削れていくスケルトン。俺の横に出てきて、戦槌の攻撃の隙間を縫うようにして剣を振るっていたメリーが、ふと呟いた。


「あのー……ところで。さっきのFOX2ってなんですか?」


 オープンチャットかつ共通語なので、俺に対してというより蘿蔔さんに対してでもあるのであろう質問。

 しかし、知ってる単語だったため、返答は意図せず蘿蔔さんよりも俺の方が早かった。


「ミサイル発射って意味。ミサイルの種類によって1とか2とか3とか番号あった筈だけど、詳しくは知らん」

「……えっ、射撃しますって意味じゃないんでありますか!?」


 そして、俺の回答に何故か後ろで蘿蔔さんがぶったまげていた。

 スケルトンを殴り倒しながら、俺はその反応から蘿蔔さんの人間像に、一つの結論を見出すこととなる。

 

 ―――ああ、この人、にわかミリオタだ。


 と。

 



まだまだ解説の多い今回、皆様いかがお過ごしですか。



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