未来で待ってて
恋愛経験値マイナスな野郎がラブストーリーを書くとこうなります。それでも頑張りましたので是非読んで下さい!
「大輝って好きな人いる?」
休み時間にクラスメイトの女子が聞いてくる。
密かに学年で噂になっている『俺の好きな人の話』。どこから伝わったのかわからないが、根拠の無いことを信じるのは好きじゃない。だが、しだいに伝染していき、クラスから別のクラス、また別のクラスへとその噂は拡大していった。まるでインフルエンザだ。たちが悪い。実に不愉快だ。良い噂ならまだしも、好きな人がいるなんて噂が広まるとは……。そもそもいると思うか? この俺に。
……実はいるんだ。内側に隠しているが、こんな俺にも。大雑把で人の目を気にしない目立ちたがり屋な俺にも。さっきまでこの女子と話をしていたもう1人のほう。沙希菜だ。
沙希菜はよくマンガとかでみるモテキャラ、いわゆる優等生だ。そのキャラ通り、彼女はモテる。可憐で清楚で、少し天然でおかしな所もあるけど、やはりそこが可愛くて……。
そんな彼女に恋してる。
彼女とは席も近く、話も弾むし、気も合う。おそらく、そんな風景をクラスはよく見かけるから噂になったのだろう。持論だが彼女と仲が良い男子は俺しかいない! といっても過言ではないと思う。一緒にいて楽しい。ずっと一緒に、そばにいて欲しい。そう思ってる。
さて、彼女と話をしていたこのクラスメイトに返事を返すのだが、
「いないよ。いるわけないだろ」
と答えた。悟られたくなかった。コイツにチクられてしまうと思うと怖かった。クラスには俺のことを気にくわないと思っている奴だっているし、俺の方も気にくわないと思っている奴がいる。ソイツに知られてしまうのが嫌だった。
何より、自分から彼女に直接伝えたい。告白なんてしたことないけど、不器用なりにってやつだ。そのくらい沙希菜が好きだ。
「なぁ~んだ。つまんない」
「いたとしたらどうなんだ?」
「沙希菜は正直に言ってくれたよ?」
この瞬間、俺のアタマに衝撃が走った。
それは、つまり、沙希菜に好きな人がいるってことか?
深刻な問題だ。……どうすべきか。
「ねえねえ。あたしなんてどお?」
「お前なんか問題じゃない。カエレ!」
「ヒドイ!」
泣き真似をしながら沙希菜のもとに帰っていくクラスメイト。その日、1日中俺は悩みに悩んだ。友人に呼ばれても、教師に呼ばれても、俺は考えあぐねるばかりだった。
〇
その日の帰り道という名の悪魔は、精神的に不安定な俺にトドメを刺しにきた。
見てしまったんだ……。
気にくわない奴。ソイツと笑顔で話ながら帰路につく沙希菜の姿。
ショックだった……とても。ただ彼女の姿を見ているだけで、熱い何かが胸から、腹の底から込み上げてきた。しだいに頭部へ。眼へ。
どうして? いままでそんなことはなかっただろ。
お前が男と帰るなんてこと、なかったはずなのに。
あちこちからその状況についての声が聞こえてきた。俺以外の奴らにとってもその光景は珍場面だったらしい。
俺より、ソイツに魅力があるって?
俺より、ソイツが優れているって?
強く握った手が震えだし、足は動かなかった。ただ、彼女を見つめるだけだった。それしか、今は出来ない。
〇
夜、俺は親友のノブヒロに電話をした。親友。コイツにはすべてを話せる。沙希菜が好きだということもすべて。
『大輝か。どうした?』
「ノブヒロ……俺……」
すっかり気力を失った俺はふやけたようになっていた。力なく自室のベッドに横たわり、ノブヒロに事情を説明した。
「俺はどうしたら」
『……お前はどう思ってる?』
「……俺は」
あの時を思い出す。あの時の感情を思い出す。でもその感情を俺は押し殺した。あれが、沙希菜の選んだ道なのだろうか。だとしたら、俺は彼女に協力したい。気にくわない奴に好きな人奪われて、ただそれを見ているだけで、無力な自分に腹が立って。
でも……
「アイツがそれで幸せなら、諦めがつくかなって」
『惨めだな、お前』
途端に親友のキツイ言葉がアタマに響いた。
『嫌な奴に女奪われて、女が幸せならってか? お前の人生の主役はソイツなのか? 自分が幸せにならないでどうする。1度惚れた女は手放すな。死んでも離すな』
「でも、自信がない」
『そもそも、奴らは本当に付き合ってんのか?』
「……わからない」
『じゃあクヨクヨするな! 気張っていけ!』
つくづく俺は単純な男だと思う。たった1度の友人との会話で元気付けられて、その気になる。
だが、俺の恋心は他の感情と同じように単純というわけにはいかなかった。
〇
「聞けなかったのか? 『付き合ってる人がいるんですか?』って」
単純な俺は次の日、沙希菜に付き合っている人がいるのかを確認しようとした。でもできなかった。自分の恋心が傷つくのが怖くなってしまったのだ。「いるよ」なんて返事を聞いたら耐えられない。「アイツと付き合ってる」なんて言われたら失神するか、あるいはソイツを殴り倒しにいくか。
帰り道の途中、ファーストフード店でノブヒロと作戦会議。不甲斐なさに俺は小さくなり、ノブヒロは態度デカく足を組んで頬杖をつきながらドリンクを飲んでいる。
「お前さ、お前、いいのかそれで」
「……」
「俺たち、もう卒業しちまうんだぞ。話すきっかけはたくさんあるはずだ。これが最後。わかったな」
「ああ、ごめん。ありがとう」
「奢りだ。これで元気だせ」
もう後がないことを告げられ、焦り始める。ファーストフードを食べるペースも自然と早まる。
「さて、SNSで奴らの行動でも探るかい」
ノブヒロは俺のケータイに手を伸ばし、画面ロックを軽々解除し、SNSアプリを起動した。よく知ってたな、俺の画面ロック。なんて感心してる場合じゃない。
「お、おい! 返せって!」
「ふむふむ。ほほう。よかったな」
ノブヒロは俺が伸ばした手をスルスルくぐり抜け、目前にケータイの画面を押し付けた。頼りになるけど勝手で自由な奴だ、まったく。
俺のケータイの画面にはSNSのタイムライン、いわゆるTLと呼ばれるページが開かれていた。そこに表示されていた沙希菜の一言に目を奪われる。
『今日の帰り道変な警察官に声かけられた』
『一人だったからナンパかな? って思ったけどすごくやさしい声だった。誠実な感じだった』
『誰かに似てた気がする……(笑)』
「どこが『よかった』だよ!」
思わず店内で声を荒げて叫んでしまった。沙希菜は完全に変質者に狙われていた。
「落ち着けって。今日はアイツとは帰ってないみたいだし、事件事故なく帰れたみたいだし」
ケータイを制服の内ポケットにしまいファーストフードを口に含む。ノブヒロのほうはドリンクをストローでズルズルと飲み干したらしい。
「そんなに心配になるかい? よほど好きなんだな」
「……」
「良いと思うぜ。さあ、やり残したことに片付けようぜ」
俺は最後の一口を頬張り頷いた。
エネルギーチャージ完了! 卒業するまでの数ヵ月の間──
──結局、何も聞けずに卒業し、沙希菜とは別々の大学へ進学することとなった。
〇
その後、俺は普通な大学生活を過ごした。普通に勉強して、普通にバイトして、普通に遊んで、ただ恋愛はしてない。あれ以来、いや、以前からずっと俺は沙希菜に釘付けのままだった。
今は親友ノブヒロと共に警察官をやっている。ノブヒロとは小学、中学、高校、大学、就職とずっと一緒だ。それは嬉しかったが。
「お前が沙希菜だったらなぁ……」
「ん? なんの話だ?」
交番勤務の俺とノブヒロ。あともう1人先輩がいるが、彼は現在パトロールで留守中だ。
ノブヒロはデスクワークとけん銃磨きを繰返し、たまにニヤリと笑みを浮かべる。先輩からは「危ないからけん銃をしまえ!」と怒られてばっかりだが、先輩がパトロールに出掛けた直後、「ペッ、これだから日本は平和ボケ国家なんだい」とヘドを吐いてけん銃を抜き出しピッカピカに磨いて見せた。
俺はというと、デスクに突っ伏したまま腕を枕に昔を思い出し、たまにため息を吐いていた。沙希菜のことが未だにアタマから離れない。元気でいるだろうか。彼氏はいるだろうか。ひょっとしたら、もう結婚とかしてる!? ああ、学生だった頃の自分が憎い。あれだけノブヒロにお世話になりつつも、何も出来ないまま終わってしまった。今の心情はただ短い寿命を待つだけって感じだ。辛いし寂しい。
「はぁ……」
「またかよ。もう忘れろ。悪い夢をみてたんだよお前は」
「ノブヒロ、なんかごめんな……」
「急にどうした?」
ノブヒロは走らせていたペンを止め、サングラスで隠れた目をこちらに向けた。
俺は永くもずっと面倒を見てくれたノブヒロに何も応えをあげられずにいたことを凄く恥じ、不甲斐ないと思っていた。その気持ちが不意に口から零れたのだ。
「ごめん、ずっと面倒をかけちゃって」
「おいおい、ネガティブはもうやめろ」
「でも、申し訳ない気持ちで、つい」
「……あの時、好きな気持ちは出なかったのか?」
その通りだ。俺は単純で直感で行動する。そのくせ自分が傷つくのを恐れる。傷を癒す方法は知っている。でも、自分がどれだけ傷つくのか、癒すことができる傷なのかがわからない。それが怖いのだ。
「お前らしく突っ込んで行けよ。そんで腹から声だせ。後悔する前に言っとけ」
言葉に違和感あり。
「探せってのか? 沙希菜を」
「後悔したくなければな」
ノブヒロは軽く応えるとけん銃を取り出し、磨き始めた。本気で言ってるのか、冗談で言ってるのか。
「戦原! 何度言えばわかる! 銃をしまえ!」
「げっ! お帰りっす」
パトロールから帰ってきた先輩に習慣を見られたノブヒロは椅子から数センチ跳び跳ねて先輩に頭を下げた。
「先輩お帰りなさい。次は自分が行ってきます」
俺は席を立ち、先輩からパトロール装備を借りて出発準備をする。今日から意識して町を見てみよう。まだ地元にいるかもしれない。探そう。沙希菜を。
〇
と意気込んだものの、町はいつも通り平和で変化はなかった。いつもの店に入るいつもの人。駅周辺で道を訪ねてくる老人。下校中の学生。いつも通り、見慣れた人々。いや、これが良いのだ。平和が一番。
学生を見ると思い出すあの頃。
沙希菜と話す楽しさ。
ノブヒロと会議する緊張感。
アイツの憎さ。
振り返す悲しさ。
でも、今は謎の勇気が湧いている。あれからいろいろな人に会って、過ごして、力をもらってる。警察官という仕事、交番勤務は俺に向いてるかもしれない。
なんて考えている午後3時。
「きゃああああああ!」
甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。俺は我に返り、ざわめく人々を押し退け悲鳴の方向へ急いだ。
「俺と別れるだと!? ふざけんなよ!」
たどり着いたのは町の商店街のど真ん中。周辺の人は避難済みだ。俺に見えたのは、銃を持った男とその彼女らしい女だった。女は男に怯えながらも説得しようと必死だ。
「落ちついてって。ちゃんと話聞いてよ」
「うるさい! お前を手放したら、俺は終わりだ!」
不思議だ。どちらの声にも聞き覚えがある。
「お前……!」
男。憎きアイツ。女。ずっと探し求めてた沙希菜だった。見間違えじゃない。面影が残っている。沙希菜、可愛くなったな。
「俺にはお前しかいない! 頼む! 別れないでくれぇ!」
「そんな……! や、やめて……」
怯える沙希菜。こんなとき、警察はどう切り込んだら良いのだろうか。「警察だ! 動くな!」と言ってこちらも銃を引き抜くか。いや、街中で銃撃戦になるかもしれない。駄目に決まってる。そもそも、俺は射撃の腕に自信がない。どうすれば……。
──バスンッ!
考えている暇など無かった。引き金は引かれ、飛び出す弾丸。その軌道は真っ直ぐに沙希菜の脳天へと走る。命中。鮮血を撒き散らし、沙希菜は死んだ。
「はあはあ……お前が、悪いん──」
──バスンッ!
コイツが何かを言いかけたとき、俺は力なく倒れた沙希菜をずっと見ていた。
「まったく、平和ボケ警官が。おい! しっかりしろよ! 大丈夫か」
ノブヒロの声だ。男の持っていた銃を自慢の射撃で弾き落とし、拘束したらしい。わからない。見てもいないし、聞いてもいない。それどころではなかった。
──お前らしく突っ込んで行けよ。
──お前らしく突っ込んで行けよ。
──お前らしく突っ込んで行けよ。
それだけがアタマにある。俺は、また友人の言葉に応えられなかった。
それとともに好きな人、沙希菜を亡くしてしまった。
力が抜け膝から崩れ落ちる。俺はうずくまった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
〇
気がつけば周囲は赤色に包まれていた。自分が元いた場所とは違う場所だ。
どうしてここに? ここはどこだ? 何故景色が赤い? 沙希菜はどうなった?
見覚えのある街並み。学校。下校の道。ファーストフード店。何故だろう全てが懐かしく感じる。あの頃、学生時代に戻ってしまった気がする。少し歩いてみた。俺の靴の音だけが聞こえる。車道に車も走っているというのに。俺の音だけが聞こえる。
そのうち、自分の鼓動が高まってくるのがわかるようになった。胸が鼓動で跳ね、音までもが聞こえる。苦しい。ついに耐えきれず、歩みを止め、胸を押さえて地面に手をついた。何が原因だ。
──ドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッ!
いつもこうだ。辛く、苦しい負の感情を背負うと鬱ぎこんでうずくまる。身体で。または気持ちで。誰もがそうなのだろうが、俺は特に。
鼓動はどんどん強くなる。このままではいけない。強い自分に、変わらなくては。鼓動に耐え、立ち上がり前を見つめる。
一面赤色の世界。無機質じみて、生命を感じない。だが、俺の目のにはある人物だけ色を帯びて見えていた。鼓動の原因、死んだはずの沙希菜だ。大人な姿ではない、『あの頃の沙希菜』だ。下校中なのか、制服姿で不思議そうにこちらを見ている。俺は思わずかけて行き、正面から両肩をがっしりとつかんでしまった。驚く沙希菜。俺自身も驚いた。アタマに浮かんでいる言葉のせいかもしれない。いや、おかげかもな。
──突っ込んで行けよ。腹から声だせ。
「ごめん沙希菜! 君を……君を守れなかった。でも、次は守ってみせる。だから──」
言いかけた途端に地面が崩れた。俺だけが自然の摂理にしたがって自由落下をはじめる。暗く深い奈落へ。最後に言いかけた言葉を、俺は腹から声を出した。
「──未来でまってて」
目に映る景色は、沙希菜の笑顔だった。
〇
「きゃああああああ!」
悲鳴で目が覚める。もとに戻ったのか。今のはいったい……。不思議な、かつ不気味な気分のまま時計を確認した。午後3時。あの時と同じ状況ならまだ間に合う。行こう。沙希菜のもとへ。
急いで現場に向かったため息は切れてしまった。男は銃を沙希菜に向けている。間に合った。あの時と同じだ。
「俺にはお前しかいない! 頼む! 別れないでくれぇ!」
「そんな……! や、やめて……」
ここだ。このままだと沙希菜は頭を撃ち抜かれて死ぬ。俺が、俺が助けないと。
──お前らしく突っ込んで行けよ。腹から声だせ。
走って疲れているはずの体が自然と動いた。息切れも嘘であるかのよう、声も出た。
「やめろ!」
──バスンッ!
出来事は刹那的だった。シナリオ通りの発砲。想像以上の痛み。弾丸は俺の喉を直撃し痛みが襲った。激しい痛みと威力にそのまま倒れる。苦しい……。
「おい! しっかりしろ」
シナリオ通りノブヒロが現れた。苦しい……。痛みが脳を蹂躙し、しだいに意識が薄れていく……。
──しっかりして!
……透き通るような声。沙希菜だ。
……せっかく会えたのに、声が出ない。
……目も開かなくなった。最期に顔だけでも見たかった。
……結局、「好き」の言葉が言えなかったな。
…………………………………………………………。
〇
ある男は墓石の前に立ち、煙草をふかしていた。濃いサングラスが印象的なこわもての男だ。表情はわからない。彼は墓石の主の親友だった。学校と呼ばれる収容所じみた場所では常に一緒だった。その後も、墓石の主がそこに埋もれてしまうまでずっと。
彼は一服終えると、しゃがみこみ言った。
「お前、満足か?」
皮肉な一声だった。墓石の主は彼によく相談事をしたが、そのたびキツい一言を返すのだ。
「結局何も言えずに、こんなところに埋もれやがって。ずっと一緒だった俺を1人にしやがって」
男は昔の日々を思い出したのか、涙声になりながら語った。
「あの娘もだ。あの娘も1人だ。お前は好きな娘を1人にした。後悔してるか? お前の負けだ」
その言葉を最後に男は立ち去った。寂しそうに。
彼は警察職を失った身だった。親友を殺した犯人をその直後に射殺し、仇を討ったのだ。キツい言葉をどれだけ並べても、男は墓石の主の真の親友だったのだ。
墓石から去る男。彼とすれ違う女性がいた。
「おめでとう。お前の勝ちだ」
男は親友にそう告げた。
~End~