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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
1章 馴れ初め
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7話「王女の真実」

「誰ですか、あなた」



 その一言はユウトの心を打ち崩すには充分すぎる威力を持った矢だった。

 視界が狭まり、立っているかどうかも分からなくなる。愕然とした気持ちが身体を覆う。



「動くなと言ったはずですが……」



 力が抜けてユウトは床に膝をつく。ユウトを抑えていたレイナも彼の異変に気づいたらしい。



「……良く分かりませんが、抵抗する気力はもうないようですね。近衛兵に引渡しましょうか?」

「いえ、待ってください。もしや、あなたはアリゼの言っていたユウトさん……でしょうか?」



 覇気のない顔でアリゼを見上げる。

 ユウトであると分かってくれたのだろうか。でも今の口調を聞くに、そうではないような……。

 ぼんやりとアリゼを見て、そこである違和感に気づく。

 見た目は彼女そっくりだ。声の様子も非常に似ている。

 しかし決定的に何かが違う。アリゼと接する時にいつも感じていたあの弱々しさが感じられない。口調もよく聞けば、以前の彼女より毅然とした口ぶりだ。

 


「あんたこそ、一体誰だ? アリゼじゃないな」



 その返しに偽者のアリゼはおろか、後ろにいたレイナも驚きの声を漏らしていた。



「……あなたは私とアリゼが別の人物だと認識しているのですか?」

「見た目は似てるけど、雰囲気は全然違う。俺の目は誤魔化せないぞ」

「…………」



 偽者のアリゼは黙ってしまう。その間、ユウトは睨むような目つきで見ていた。



「あなたのお名前を聞かせて頂きますか」

「さっき呼んだ名で合ってるよ。俺はユウトだ」

「そうですか、あなたが……」



 偽のアリゼはホッと胸を撫で下ろした。しかしすぐに顔を引き締めてレイナのほうに視線を向ける。



「レイナ、彼を解放して下さい」

「しかし……」

「彼は悪いお方ではありません。本物のアリゼ様が証明してくれるはずです」

「……承知しました」



 直後、ユウトの腕が解放される。



「た、助かった……。状況は飲み込めないけど、とにかくありがとう」

「礼には及びません。ただどんなにアリゼ様にお会いしたくても、その手段は褒められたものではありませんが」



 偽のアリゼは苦笑する。



「それは……申し訳ありません」


 頭を下げて素直に謝る。

 やってることは賊に代わりないのだ。ただの一般人が女王様に会いたいというだけでおこがましというのに、あろうことか城をかき乱してまで行動に移したことは、決して許されることではない。



「頭を上げてください」



 言われた通り頭を上げると、偽のアリゼは笑いかけてくれていた。



「それほどアリゼ様と再会したいのだと強く伝わったのは確かです。……さて、悠長に話している時間はありませんね。ユウト様がお聞きになりたいと思われることをまずはお話いたします」



 彼女は目を閉じて深呼吸をする。次に目を開けたとき、ユウトは彼女のことを別人のように感じた。

 ユウトを真っ直ぐに見つめる目は真剣そのもので、引き締まった顔には高潔さが満ち溢れている。



「私の名はリオン・ベルクシュトレーム。元々王家の人間ではありませんでしたが、困ったところを王様に拾われてベルクシュトレームの性を頂きました。以降、私はアリゼ・ベルクシュトレーム様の影武者として活動しておりました」



 アリゼの影武者と言い放ったリオンはやはり、アリゼよりもハキハキとした物言いだ。不思議とその声を耳に入れていると元気が湧いてくるようだ。



「影武者……そうか、そういうことか……。ようやく謎が解けてきたぞ」



 聞いた情報だと民の前に姿を現していたアリゼは、民衆を奮い立たせるような王族らしい高貴な姿勢だったという。しかしつい最近、病で倒れ、姿を隠していた……。

 そのアリゼこそが目の前でベッドに座るリオン・ベルクシュトレームだったのだ。

 違和感を感じたのはそのためだろう。何せ、姿形が同じだけの別人だったわけだから。



「ユウト様のことはアリゼ様から聞いております」



 リオンはポツポツと語りだす。



「ここ最近のアリゼ様は元気がないようでずっと気にしていたのです。アリゼ様を見栄を張って笑顔を浮かべておりましたが、それは私や他の者を心配させないためのものでした。しかしユウト様の話をしていた時のアリゼ様は本来の素敵な笑顔を見せてくれました。口調も弾んでいて、とても楽しそうでした。あなたが城から追い出されたことを言うアリゼ様は沈痛な表情でしたが……」



 リオンは寂しそうな顔をみせる。



「えーっと……」

「私の事はリオンでいいですよ」

「分かった。リオンはその、アリゼと仲が良いのか?」



 リオンは頷いて肯定した。



「おこがましい発言だと思います。しかし私とアリゼは信頼しあっている関係だと私は信じたいです。アリゼ様は影武者である私にも優しく接してくれました。ですからその信頼に応えたいと心の底から思っているのです」



 アリゼのことを話すリオンはとても楽しそうだった。影武者と本物の関係というより、双子の姉妹のようだ。

 暖かな気持ちに包まれていると、背後から階段を駆け上がる音がした。

 かなり速い。多分、足止めしてくれたランスロットを兵士が突破してユウトを捕らえに来たのだ。



「やばい、兵士が……」



 分かりやすくうろたえていると、リオンは冷静に手招きしてきていた。



「ユウト様、どうぞこちらへ。レイナは対処をお願いします」

「かしこまりました」



 レイナは優雅に一礼するとゆったりとした動作でユウトに近づき、



「くれぐれも声はあげないでくださいね」



 先ほどの殺意の篭った声音とは全然違う。むしろ熱をともう甘い声で囁いてくるのだった。

 思わずドキッとする。レイナはユウトの様子を見て悪戯に微笑むと外に出て扉を閉める。



「ユウト様、早く!」

「あ、ああ!」



 フリーズしていたユウトはリオンの声によってようやく動き出す。

 リオンの傍にやって来る。ここまではいい。この後はどうすれば……。



「毛布の中に潜ってください」

「え? ……マジで?」

「緊急事態ですから」



 有無を言わせる前にリオンが布団の中に頭を押し込んできた。続いてリオンの首から下が毛布に収まる。どうやら横になったようだ。



「すまない、我々の不手際で賊が侵入した! こちらに賊が入ったはずだが、リオン様は無事か!?」

「ええ、無事ですよ。それよりも賊ですか? そのような者は見ておられないのですが……」



 聞き取りにくいが、外から兵士とレイナの会話が聞こえる。ユウトは声を洩らさないよう、念には念を入れて口を塞ぐ。



「我々も下のほうを捜索したが、賊の姿はなかった。逃走した形跡もない。ならこの階に来ているはずだが」

「失礼ですが、私が見落とすとでもお思いで? リオン様と王女に楯突く輩は例え敵国の王子だとしても指は触れさせませんわ」



 関係ないのにゾクリと悪寒が走る。レイナの冷めた声は遠くから聞いても恐怖が湧く。正面から対峙したら正気でいられなくなりそうだ。



「う……しかし、では賊は一体どこに行ったというのだ!?」

「存じませんね。あなたがたの不手際では?」

「そ、そんなことはない! 確かにここに入って行ったのだ!」

「ですが、姿はないと……」

「ありえない! もしや既にリオン様を手にかけようとしてるんじゃないか!? レイナ、そこをどけ! 俺が直接確かめる!」

「待ちなさい!」



 兵士はレイナの制止を聞かずに扉を開けたようだ。



「リオン様! 突然の無礼をお許し下さい! ここに賊は入られませんでしたか!」

「……本当に無礼ですね。女性の部屋にノックすらしないのですね」



 リオンは横になったまま不機嫌な声で対応している。



「申し訳ありません! 現在敷地内に複数の人間が侵入してきており、城にいる兵たちが対処中です。こちらにも一人、侵入者が来られたはずですが……」

「そんな物騒な方が来ていましたら、のうのうと横になっていたりしません」

「そうですが……あの、つかぬことをお聞きいたしますが、ベッドのその膨らみは一体……?」



 口を塞いでおいてよかった。思わず声が出そうになってしまったからだ。



「別に何でもありませんよ」

「そんなことはないと思われます。まさかですが、そこに侵入者が……」

「何故、私が侵入者を匿うような真似をする必要があるのです?」

「それは……その通りですが……」



 リオンは上手く追及をかわしてくれている。しかし兵士の意識は確実にベッドの中の膨らみ――すなわちユウトに向いている。このままではまずいかもしれない。



「ふぅ……なら、あなたには私の秘密を教えて差し上げましょう」

「秘密ですか?」

「はい。実は最近、私は寝つきがあまり良くないのです。ずっと横になっているので寝飽きてしまったんだと思います。しかしそれではいつまで経っても症状はよくならない……。ですから安眠を取れるように快適な抱き枕を作って頂いたんです」

「抱き枕……ですか」



 この時兵士が感じ取っていた疑問をユウトも感じていた。この子は急にこんな誤魔化し方をしてどうするつもりだろう。

 冷や汗が頬を流れた瞬間、同じ布団の中に存在していた細い肢体がユウトに絡みついてきた。全身に女の子の体温を感じる。



「やっぱり……気持ちいいです」



 甘く蕩けきった声をリオンは出す。兵士の見えない部分では、リオンがユウトに抱きついていた。

 ユウトは驚きのあまり、抵抗することが出来なかった。

 しかも更にギュッと抱きつかれ、顔面にリオンの胸部が押し付けられる形になる。

 これは色々とやばい。主に身体の熱と、下半身のある部分が……。



「う、疑って申し訳ありませんでした! 直ちに外の兵達の応援に駆けつけます!」



 少女の撫で声に変な罪悪感を感じたのだろう。兵士は上擦った声でそのまま部屋を逃げ出した。



「……あの方のことは後でリーチェさんにご報告しておきましょう。リオン様にユウト様、無事ですか?」



 戻ってきたレイナが心配そうな声で訊ねてくる。



「ふぅ……ようやく行きましたね。こちらは大丈夫です。ユウト様はそのぅ……苦しくなかったですか」

「ま、まあ……」



 むしろ気持ちよかったとは言えるはずもなかった。

 リオンを見ると頬を赤らめ、瞳は潤んでいた。しかし頬は緩んでいる。その色っぽい姿に更に熱が過熱されていくのが分かった。



「ユウト様、リオン様の美しい姿に発情するのは仕方ないことです。ですが、私の目の前で獣になることは許せません。もっと親密になられて、かつ私も交えた上で盛ってください」

「どさくさに紛れて爆弾発言してないか、あんた……」

「とにかく、これでしばらくは誤魔化せるでしょう。リオン様、どういたしますか?」



 レイナは何もなかったかのようにリオンに話しかけていた。変わり身の早さに呆れてしまう。



「ユウト様はアリゼ様にお会いになられるためにここまでやって来たんですよね?」



 リオンが真剣な眼差しで見つめてくる。しっかりと頷いた。



「アリゼ様と会って、どうなさるつもりなのですか?」

「とにかく話をつけたいと思ってる。堂々と侵入しといてなんだけど、具体的に何かしたいって考えてるわけじゃないんだ」



 ユウトは肩をすくめて笑った。ようやくいつもの余裕を取り戻してきたのだ。



「そうですか。でしたらここで留まっていては時間の無駄でしょう。あなたが感じている疑問は直接本人から聞いた方が良さそうですしね。――レイナ」



 リオンはレイナに視線を飛ばす。



「準備は出来ております、リオン様」

「流石ですね。ユウト様のことをよろしくお願いしますね」

「ええ、お任せ下さい」



 いつの間にか灯りを手に持ったレイナが微笑んだ。



「えっと、つまりどういうことだ?」

「実はこの建物には秘密の通路というのがあるのです。王宮へと続く道ですね。そこを経由してユウト様をアリゼ様のお部屋へご案内します」

「私がそこまでご案内いたしますので、何も心配せずについてきてください」



 ニコッとレイナが笑う。灯りに照らされて、ようやくレイナの顔を正面から見ることができた。

 銀髪のショートカットは白いカチューシャと相性抜群だ。ゆったりとした丁寧な動作はメイドというイメージにピッタリだ。それも黒白のメイド服を着ているからというのもあるが。

 しかし彼女を表す上で一番気にかかったのはその尖った耳だろう。所謂エルフ耳ってやつだ。



「あら、私のことをジーッと見つめて……照れちゃいます」

「悪い。そんなつもりじゃ……」

「ユウト様は罪な男ですね」



 リオンはからかうようにくすくすと笑う。



「さあ、行ってください。ユウト様、またお会いできるのを願っています」

「こちらこそ。……今度会う時はリオンのことも話してくれよ?」

「ええ、是非」



 別れの会話を交わすと、ユウトはレイナは部屋から出た。先に進むレイナに遅れないようついていく。

 通路の行き止まりに来ると、レイナは正面に立てかけられた絵画に触れる。小さな声で詠唱のようなものを唱えると壁が左右に開いて下へ続く階段が現れた。

 恐らく、魔力を介して作動する隠し扉なのだろう。

 階段を下りると石垣で出来た地下通路に降り立つ。等間隔にランタンが提げられていた。

 静かな通路をしばらく歩き、今度は上に続く階段にたどり着く。そこを登ると、通路の最奥と思われる場所に出た。しかし様子は若干違う。離宮から王宮へ移動した証拠だろう。

 


「城の中には兵がおります。くれぐれも大きな音は立てないように」


 

 レイナに勧告を貰って静かに移動を開始。角を曲がり、階段を伝い、大きな部屋を通って……まるで迷宮のような広大な城の中をスイスイと進む。

 やがて、他の部屋とは一見して違うと分かる部屋の前にやって来た。大きな扉に真っ白な扉。間違っていなければ、ここが……。



「アリゼ様ならここでお休みになられているはずです」



 ――アリゼの部屋だ。


 レイナは殊勝にノックし、ドアノブをまわす。どうやら鍵はかかってないようだ。扉が小さく音を立てて開いていく。


 ようやく、アリゼと会える。

 胸が躍っていた。しかし同時にきちんと話をしないといけない、ランスロットやリオンの期待に応えねばならないという責任感もつよくのしかかってきていた。

 苦労してここまで来た。気が済むまでとことん話し合わないとな。

 ユウトは覚悟を決めると部屋の中に足を踏み入れた。




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