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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
1章 馴れ初め
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5話「パレードの夜に」

 パレードが行われるこの日、主要の通路は人々によって埋め尽くされた。

 一歩を外を出ると建物は全て華やかな装飾がされていた。ユウトがお世話になっている宿も同様に飾りつけが行われた。

 市場に行くと、いつもの数倍以上の露店が並び、移動が困難になるぐらいの人だかりで溢れていた。しかし住民達は誰もが笑っており、暗い顔をしている者は誰一人としていなかった。ユウトを除いて。

 


「ここなら見えるだろ」



 ユウトはすっかり仲良くなった果物屋のおじさんと中央広場にやってきていた。

 中央広場の中心には辺り一帯を見渡すことのできる高さの時計塔がある。また、景観もよくここからだと王城もかなりはっきりと見える。ここは一般市民と貴族や王族の土地の境界線であり、下級階級と高位階級の人間達が一同に集まる大きな広場なのである。

 本日来国されるという隣国の王子――マイアルズ王国のブリジット・セースレイン王子はこの中央広場から王城へと向かう。

 

 しばし待っていると、喧騒が一際大きくなった。まるで津波のように横から流れていく。ブリジットがもう間もなく現れるのだろう。

 王子を護衛するたの数頭の黒い馬達の中心に、白い馬にまたがり、緑を基色とした正装を身にまとう男がいた。あれがブリジットだろう。彼がそこにいるだけで周囲の空気が一層輝くように見える。その気品の高さはあまりにも周囲の人間達とかけ離れている。

 あれこそがユウトの想像した王族というものだ。

 ブリジットは優雅な動作でさっと手を小さく挙げると馬の動きを止めた。周りの護衛達もブリジットに倣う。

 


「少しいいかな」


 

 ブリジットは馬を下りると中央にある時計塔へと歩みだした。その際、ちょうど正面からブリジットの顔が見えた。

 男でも惚れてしまいそうなくらい整った顔立ちをしていた。男らしいというより、中立的な面相で、ちょっと微笑むと安心感を与えてくれるような爽やかさがある。

 一目見て男として負けたという感想を抱いた。


 ブリジットは時計塔の内部に入った。時計塔の内部はねじ巻き状の階段があって、登り切ると塔のてっぺんに出る。すると丁度王城の謁見の間から続くベランダと高低差が一致し、城からのスピーチを同じ地面で聴取するような感覚になれるという。

 時計塔のてっぺんに姿を現したブリジットは王城の方を向いた。一度小さく席をすると、堂々とした態度で口を開いた。



「アリゼ・ベルクシュトレーム王女よ。私の声が聞こえているのなら姿を見せてくれないであろうか」


 

 周囲がざわついた。何事だ、と所々で囁きあっている。おじさんも隣で動揺している。

 ユウトだけが真剣な眼差しでブリジットを見つめていた。


 しばらくして窓が開き、そこからアリゼが姿を現した。



「お久しぶりです、ブリジット・セースレイン王子様。元気そうで何よりです」



 アリゼの声はここからでもよく聞こえた。

 これは風魔法を応用して、マイクのような効果をもたらしているからだ。ユウトがこのことを知るのはパレードの後である。



「いえ……アリゼ様もそのお美しい姿が健在なようで何よりです。病で伏せられたと聞いておられましたが、無事回復したようでご安心いたしました」

「ありがとうございます」



 アリゼが微笑んだのがわかった。やっぱり無理矢理作ったものだ。



「このように民衆に囲まれた場で、恥ずべき行動をしたことをまずは謝らせていただきたい。ですが、私はこの場でアリゼ様にどうしても伝えたいことがあり、このような愚を犯したのです」



 ブリジットが柔和な笑みを浮かべてアリゼに向けて手を差し出した。



「アリゼ・ベルクシュトレーム王女。貴女はとても可憐なお方だ。セースレイン家としてではなく、男として貴女にそのような気持ちを抱いている。だから王族としてではなく、一人の人間として言わしていただこう」



 真摯な眼差しだった。ブリジットはアリゼのことだけを見つめている。



「アリゼ・ベルクシュトレーム王女よ。私、ブリジット・セースレインと婚約の義を交わしてくれないだろうか」



 周囲がまたどよめいた。だがそれも一瞬で、市民からは歓喜の声が上がる。

 アリゼを見る。アリゼは面を食らっているようで、戸惑いの顔をしている。



「ブリジット様。……貴方の申し出はとても嬉しいです。しかし私にはまだ……」

「分かっておりますアリゼ様。急にこんなことを言い出した私がおかしいのだから。これは私なりの決意の表れです。この問いかけの答えはいずれ聞かせてください」



 ブリジットは優雅に一礼すると、踵を返して時計塔の内部にもぐりこんでいく。先の入り口から出てくると停めてあった馬に跨る。彼は周囲を眺め回すと、



「皆の衆、驚かせてすまなかった。此度のことは祭事の些細な一興だと思ってくれ」



 そういって甘い笑顔を振りまいた。

 ユウトはその間、無意識にブリジットを睨んでいた。

 喧々囂々たる中、険しい顔をしているユウトはさぞ目に付きやすかったのだろう。そのため首を巡らせていたブリジットはユウトのほうに視線を向けたようだった。

 彼はフッとさらに笑みを深くする。君では役不足だ――そう告げるかのように。

 

 ブリジットは視線を王城に向けると馬を動かし、王城へと続く大通りを走り始めた。

 小さくなっていく彼の背中をある程度見届けた所でもう一度アリゼを見上げた。

 アリゼは胸に手を当て、視線を彷徨わせていた。まるで自分の帰るべき場所が分からぬ子供のように。

 ブリジットがいた広場を見ていたアリゼはふとこちらを見た気がした。誰かに助けを縋っているような目だ。

 中央広場には人ごみに溢れている。アリゼから見れば人形が蠢いているように見えるはずだ。その中からユウトを見つけるのは至難の業だ。だから彼女は偶然こちらを見ただけで、ユウトに気づいたわけではない。頭では分かっているのに、淡い希望を捨てきれない。

 それに例え彼女が本当にユウトに気づいてたとしても、ユウトが彼女に出来ることは何一つないのだ。

 ここからでは小石を投げたって彼女の元には届きやしない。

 自分はどうしようもなく無力だ。か弱き少女一人すら助けられないぐらいに。

 未来や運命だって見上げたままじゃきっと、何一つ変えられない。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「これはまあ、荒れてるねえ」



 ぼんやりとした頭で声のした方へ目をやる。真っ先に視界に飛び込んでくる大きな胸に、健康的な肢体。しかし腰はキュッとしまっている。存在自体が扇情的だった。



「……ランスロットか」

 


 ふらつく視界の中でようやくそそられる体型の持ち主の顔を拝むことが出来た。しかし一度正体が判明した後、ユウトはランスロットの身体をジロジロと眺める。

 ランスロットはため息をつきながらユウトの反対側に腰を下ろした。



「ユウトはもっと理知的な人間かと思ってたけど、そうでもないみたいだね」

「残念ながらただの一人の若者だよ。しかも男だ」



 アルコールの入った頭では思考が働かない。視線はランスロットの女の部分に雪がれ続けている。本能がそれを求めている。



「この前のユウトの話を聞いてたら荒れるのも納得がいくけどね。まさか王子が大衆の場で求婚するなんて予想外だったしね」



 ランスロットの言葉にふらつく顔がピタリと止まった。



「王子はアリゼ様に惚れてたようだね。しかし国民はその方が嬉しいだろう。マイアルズ王国は大国だ。ここ、ウルカト王国は魔族の住み東の領域とマイアルズ王国の在る西の土地に挟まれている。魔族の対処で精一杯なのに、マイアルズに責められでもしたらただじゃすまないしね。王子と結ばれれば自然と国同士の国交も深くなる。誰にとっても幸せなわけだ」



 民衆は皆、ブリジットとアリゼが結ばれることに大きな安堵と喜びを感じている。国のためにも、アリゼのためにも二人がくっつく未来が最良だと信じて疑わない。

「……アリゼはどうなんだよ?」



 ユウトはランスロットを睨む。が、酔いのせいで首がガクガク揺れる。



「アリゼが王子様との結婚を望むなら、別に何もない。けど、今日のパレードで姿を見せたアリゼはちっとも嬉しそうなんかじゃなかった。ブリジット王子とかいう奴の求婚どころか、最初の顔合わせの時点で取り繕った笑顔だった。あれのどこが求婚だ。王子はあいつ自身の意思とか言ってたけど、結局は己の地位を利用してアリゼを逃がさないようにしただけじゃねえか。あれは素敵なプロポーズなんかじゃない。あれはアリゼの首に鎖をかけたのと同じじゃないか!」



 ぐわんぐわんと頭が揺れる。今、ユウトに意志を押さえつける力はない。頭を揺らして中に溜まっている鬱憤を吐き出すだけだ。



「前々から疑問に思ってたんだが、ユウトはどうしてそこまでアリゼ様の事にこだわってるんだい? 惚れたわけでもないし、自分に大きく関わる存在でもない。なのに、何故?」



 周りを見渡してもユウトと同じ意見のやつなんて一人もいない。

 それはユウトが異端だからだ。だから、アリゼを王女としてではなく、一人の少女として見られる。

 

 人は有名人を羨望の眼差しで見る。しかしそれは同時に同じ舞台に立つ人間のように思えなくなるのだ。

 ユウトも一度だけライブに行ったことがある。テレビ番組に出演していたアーティストを実際に生で見た。高揚感はあっても、遠い存在であることには変わりなかった。どんなに近くで見たとしても彼らはユウトとは別世界の人間だったのだ。

 地位が違えば、同じ人間でもそうは見えなくなる。それは上から見ても下から見ても同じことだ。


 この世界の住人は皆そうだ。ユウトだけが違う。ユウトだけが同じ世界の人間だと感じている。

 そしてだからこそ、彼女に隠された感情を読み取ることが出来る。



「――あいつは俺によく似てるんだ」



 苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。



「あいつって……アリゼ様のことかい?」

「それ以外に誰がいるんだよ」

「予想外の言葉が返ってきたからつい、ね。でもユウトとアリゼが似てるってどういうことだい?」

「……それ、貰うぞ」



 ユウトは自分の酒をまずは一気飲みし、次にランスロットが持っていたグラスを奪い取って口を付けた。飲み終えると視線をテーブルの下に落としながら静かにグラスを置いた。



「俺はこれまでの人生で色々な経験をしてきた」



 頭が上手く回らない。ポロリポロリと胸の底にしまっておいた感情が零れていく。



「例えばスポーツだったら、野球もやったしサッカーだってやった。ドラムやギターとか、音楽活動だってした。そのために知識を蓄えるために勉強だってした。他にも色んな人が趣味と呼べるようなものをたくさん経験したんだ」



 どんなものだって好き嫌い関係なしにやった。最初は軽蔑していたオタク趣味だって、一度始めたら人の目を気にせず出来るようになった。……ただそれが続かなかっただけだ。



「特に大学生になってからは出来ることも増えて、一層頑張ったよ。お酒だって少ないバイトの収入で高いもの買って飲んださ。女とも何人かと付き合った」



 普通の人がやらないようなことも、大抵の人間が経験することも全部やってきたつもりだ。



「でもどれも続かなかった。お酒は嫌なことを忘れるために飲むだけだ。女だっていたら寂しさが紛れるだけで、好きとか愛してるなんて感情は湧かなかった。結局気がつけば楽観的に生きる術だけを身につけて、流されたまま未来を歩んでいるんだ」



 ユウトは未来を自分で決めたかった。小学校、中学校、高校、大学、そして就職。ほとんどの現代人が歩むことになる大きな流れだ。

 この流れに逆らいたいわけではない。この大きな流れの中で、小さな分岐点を自分自身の意思で曲がって終着点へ辿りつきたいと願っていたのだ。

 でも、気がつけば自分のやりたいことや夢などは何一つ見つからず、友人と遊びほうけて惰性に生きているようになった。

 そんな自分自身が一番嫌だった。けど、それを表に見せることはない。ユウトは仮面を被って未来へのい漠然とした不安を隠したのだ。

 

 アリゼの笑顔にあるのはまさにユウトが隠したはずの感情だった。笑顔の裏に貼られた感情は未来に対する不安に違いない。

 ユウトの場合は先の見えない未来への不安、アリゼの場合は決定した未来への不安。詳細こそ違うが、感じるものは同じだ。



 ランスロットはユウトの心の叫びを静かに聞いていた。


 

「ユウトはアリゼ様に同情してるってわけかい」

「ああ、そうだよ。みっともないだろ?」

「別にそんなこと思っちゃいないさ。誰にでもある感情だしね。でも私にはユウトは怒りで自棄になっているように見えるんだけど?」

「同情しか出来ない自分が嫌で嫌で仕方ないんだよ」



 だから少しでも心を軽くするために店に来てすぐ一番度数の高い酒を頼んだ。それからもガンガンアルコールを摂取している。

 しかしそれは逃げだ。分かっているからこそ、どんなに酔っても気分は晴れない。



「じゃあ、同情以外に何か出来るとしたら何をするつもりなんだい?」



 ランスロットは珍しく神妙な面持ちで訊ねてくる。おかしいとは思いつつ、真剣な顔に隠された何かを推測することは今の状態では出来なかった。



「さあね。分かんないよ。ただとにかく、アリゼと話をしたい。今はそれだけだ」

「じゃあ、話をしたらそれが見えてくるかもしれないのかい?」

「見えるかもしれないし、見えないかもしれない。そんなのやってみないと分かんない」

「それもそうだろうね。でも、ユウトの気持ちにケリを付けるための何かは個人の範囲で解決できるものじゃないんじゃないか? そうだね……この国を動かすほどのものになるんじゃないかい?」

「はあ?」



 ランスロットの言ってる意味が良く分からない。酔ってるせいだろうか。



「まだ決まってないし、推測で構わない。アリゼ様と会うことでこの国を変えることが出来るかい?」

「どういうことか、全く理解出来ないぞ……。けどまあ、アリゼを何とかできるんだったら、国だって動かしてみせるさ」

「……そうか」



 ランスロットは満足げに呟くとカウンターの方に向かった。この店のマスターと思わしき人物に耳打ちしている。話し終えるとこちらに戻ってきて、右腕に抱きついてきて椅子から立たされた。



「……何すんだあ?」

「ユウトが今晩は共に過ごすかもしれないと誘ったんだ。さっきも情熱的な視線を貰ったしね。マスターがお奨めする宿に行こう」



 腕に抱きつかれたまま引っ張られる。おぼつかない足取りだったので移動はかなり緩慢だったと思う。

 ランスロットに先導されて、気がつくとユウトはどこかの宿のベッドの上にいた。

 

 少し横になると意識が飛んで、次に目を覚ましたときは酔いが大分醒めていた。

 首を巡らせてみるがランスロットはいない。耳を澄ますと微かにシャワーの音が聞こえてくる。

 ボーっとしたまま天井を眺めていると浴室に続くと思われるドアが開いて、ランスロットが現れる。

 


「……ランスロット?」



 ランスロットは以前の身なりの上に黒いジャケットを羽織っていた。それしか服装の違いはないのだが……身にまとう雰囲気がいつもと違う。少なくともこれから夜を一晩過ごす熱情みたいなのは感じられない。



「私のフルネームはランスロット・ガウナーだよ」



 突然の名前晒しに首を傾げるしかない。彼女が小さく「やっぱりこの名前を聞いても驚かないのかい」とつぶやいていたが、これもまるで分からない。



「突然何だよ。抱かしてくれるんじゃなかったのか?」

「出来るならそうしたいところだけど、ユウトはノリ気じゃないだろ? 最中も姫様のことばかり考えて、私のことを見てくれそうにないからね。ユウトが完全に吹っ切れたら熱い夜を過ごそうじゃないか」



 ランスロットが意地悪くニヤリと笑う。



「ならこれは一体何の真似だ?」

「今回は私達の賭けだ。結果がどうであれ、少ない可能性を信じたい。だからお金とかは一切必要ない」

「ランスロット?」



 呼びかけにも彼女は反応しなかった。ただ、酒場にいた時の彼女と違って重々しい口調で喋り続ける。



「三日後、ウルカト王国の近衛騎士団がマイアルズ王国に遠征に出る。あちらの騎士団と手合わせをするためだ。互いに実力を見せ合うことで国家の友好を示す目的が存在する」



 ランスロットの意図が読めない。急に真面目な顔で真面目な話をして、これまでの彼女と別人のようだ。



「だけど騎士団が城を離れる期間は僅か一日だ。次の日の朝日が昇りきる頃には戻ってくるだろう。それに、騎士団がいなくなったところで警備が薄くなるわけじゃない。それでも通常時より遥かに難易度は低くなるけどね」

「ど、どういうことなんだ?」

「つまりだ」



 険しい顔を崩してランスロットは唇をつりあげる。



「望むなら、ユウト、お前さんをアリゼ様に会わせてやろうじゃないかい」




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