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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
1章 馴れ初め
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4話「酒場の出会い」

 アリゼと別れてから一週間が経過した。

 最初の一日は疲れを完璧に取るため、一日中睡眠を貪っていた。

 二日目以降は外を出歩き、慣れないうちは宿の周辺を散策するだけだった。三日目、四日目ともなると異世界の街並みにも慣れていき、探索の範囲は少しずつ広がっていった。

 今日は早目に散策を終えて市場で食料を買おうと考えていた。

 お金は使いの者からたんまり貰っている。ポケットの中の金貨を触りながら市場へ赴いた。

 市場に一度だけ行ったことがある。あまりの賑わいに面食らい、まともに買い物が出来なかった。今日こそは……。



「おう、この前の兄ちゃんじゃないか!」



 市場を物色していると、以前の訪問で唯一言葉を交わした果物屋のおっちゃんが話しかけてきた。



「俺のこと覚えてくれてたんですね」

「珍しい服装だったからな。外国のもんか?」

「そうですね。旅をしてるんです」



 このように言えば大抵の人は納得してくれる。リーチェと比べたら大分緩慢だ。



「だとしたらちょうどいい時に来たな。今度隣国の王子が来国されるんだ。で、それに合わせてパレードを行う。だからいつも以上に賑わっているんだ」

「なるほど。毎日こんなに騒がしいのかと思ってました」

「ははは、いつもはこの三分の二くらいの熱気だな。来国記念で安くしてるところも多い。うちも然りだ。どうだい? 何か買ってくか?」



 おっちゃんはニカっと笑う。

 大分年がいってるのにこの人懐っこい笑顔は少年のようだ。



「話の流れが上手いですね。じゃあ、折角だし頂きます」

「おう、買ってけ買ってけ」



 安くなった品に加え、ちょっとのおまけを貰っておっちゃんの店を後にする。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 夜は晩飯を終えた後、すぐには寝ずに宿の外に出る。

 数日前、空気を入れ替えるつもりで歩いていたらいい感じの飲み屋を見つけたのだ。今日もそこに向かう。

 路地に入り、謙虚に明かりの付いた店に入る。

 外装に比べて中は意外と騒がしい。元の世界の居酒屋とバーを足して二で割ったようなお店だ。

 適当な席に着いて酒を一杯頼む。

 壁際の大きな席ではいい年したおじさんがグラスを持ってぎゃあぎゃあと騒いでいる。

 一度だけ彼らに一緒に飲まないか、と誘われた。しかしユウトは断って一人で飲むことを選んだ。

 いつものユウトだったらきっと頷いて集団に混じっていたはずだ。現実の飲み会でもあれと同じくらいの酔っぱらいを対処することがあるから余裕だ。

 ユウトが断ったのも今は何をしても楽しくないからだ。モヤモヤした霧のような感情が心にはずっと渦巻いている。


 陽が昇っている内は見せないようにしている憂いた顔をグラスの中の氷に映す。

 本当なら落ち込んでいる場合じゃない。異世界トリップという状況の変化に対応するために、前向きに行動するべきだ。いつまでも過去を引きずって停滞している時ではないのだ。

 なのにユウトの頭からアリゼの顔が消えて離れない。フッとあの儚い笑顔が浮かんでくる。あの、今にも消えてしまいそうな笑顔が……。

 酒を喉に通すと、グラスをテーブルに置いて小さく溜息をつく。



「おやおや、若いのに元気がないねえ」



 甲高い声に顔を上げると褐色の赤い髪をした女がいた。ウェーブのかかった赤髪は腰まで伸びている。もっとも特徴的なのが眼だ。いわゆるオッドアイというやつで、左眼が青色、右目が黄色だ。

 さらに身体の方も凄い。溢れんばかりの豊満な胸は黒い布でどうにか押さえ込んでいるように見える。またへそを露出し、更に視線を下げるとかなり際どいタイトスカートを履いている。

 見た感じユウトより二、三歳ほど年上のお姉さんといったところか。



「女にフラれでもしたかい?」



 オッドアイのお姉さんは許可も取らずに向かいの席に座ってしまう。



「フラれたというより一方的に切り離されたって感じかな」

「ほう。一方的とはよっぽどだねえ」



 お姉さんは店員を呼んで適当に飲み物を頼んでいる。



「傷心のお兄さんに一杯奢ってやろうじゃないか」

「そういうあなたもそれほど年は変わらないように見えるけど?」

「女はいつだって若くみられたいのさ」



 微妙に答えを逸らされたような気がする。しかし別にどうとも思わない。

 飲み屋の店員がやって来てそれぞれの正面に酒を置く。



「それよりもあなたじゃちょっとそっけないねえ。私はランスロットだ」

「……ユウトだ」



「じゃあ、お約束の挨拶といこうじゃないか。この出会いに乾杯」

「乾杯」



 グラスがぶつかり合い、中の氷がカランと波打つ。



「早速だけど、何で俺に話しかけてきたんだ?」

「今、この街はどこもかしこも浮ついているのに、ユウトはこの世の終わりなような顔をしてたんだよ? そりゃあ、気になって声もかけるってもんじゃないかい」

「お人好し? それともおせっかい?」

「ただの酒好きだよ」



 ランスロットは証明するかのように酒を半分近く煽った。



「それに傷ついた異性を狙って話しかけるのは何も男の専売特許じゃないからねえ」



 これ見よがしに胸を強調するように身を乗り出してくる。

 あまりの迫力に思わず目を奪われてしまう。



「おっと、刺激が強すぎたかな」

「目の保養にはなったよ」



 これは嘘ではない。



「言うじゃないか。ならどうする? 今晩ぐらい嫌なことは忘れるかい?」

「いや、いいよ。マジでそういう気分じゃないんだ。どうせだったら情報を教えてほしい」

「情報? 私より良い女の情報かい?」

「そうだな……アリゼ・ベルクシュトレームって名前の女の子の情報がほしい」



 アリゼの名前を出すと不敵な笑みを浮かべていたランスロットの顔が驚きに満ちる。



「……なんだい、そっちの方の趣味なんだね」

「ロリコンではないからな?」



 余計な勘違いをしてもらっては困る。



「最近、アリゼ様に元気がないように見えないか? それって今度訪れる隣国の王子が関係してるんじゃないかって思うんだけどランスロットはどう考える?」

「元気がないように見えるとは面白いことを言うね」



 言葉とは裏腹にランスロットは怪訝な表情を浮かべている。



「ように、しゃなくて本当にないんだよ。まさかユウト、知らないのかい? 姫様は一ヶ月前に病にかかって、床に伏せてるはずだよ」

「なっ……⁉︎」



 思わず目を見開く。

 ユウトが見たアリゼの姿は、今にも消えてしまいそうな雰囲気ではあったけれど、健康的には問題なさそうに見えた。

 そもそも、病人が……しかも国を背負う立場の人間がやすやすと外を出歩いていいはずがない。

 なら、ユウトと出会ったあの少女は一体何だ。王女という肩書きはあの待遇を見る限り嘘ではないだろう。なら、間違っているのは市民の方だろうか。



「とはいっても最近は快方に向かっていると聴いているけどね。王子の来日も活気付いてる理由だけど、姫様の吉報もそれを加速させてるんだよ。来日の時には久しぶりに姿を見せるそうだ」



 ランスロットの言葉を信じるなら、病が治ってからアリゼは王城を抜け出したことになる。

 となるとますます隣国の王子が関係してくるように思える。

 こういう時、真っ先に思いつくのはその王子と会いたくないから逃走を諮ったというもの。



「これは推測だけど、その隣国の王子とアリゼ様は婚約を結んでたりするのか?」

「正式にはしてないよ。けど、近い将来嫁ぐことになるだろうとは言われてるね」



 やっぱりそうだ。

 アリゼはその王子と結ばれたくないから逃げ出した。こう考えるとしっくり来る。



「なんだか不思議な口ぶりだねえ」

「俺はこの前、この国に来たばかりなんだ。その時偶然アリゼ様と出会ったんだ」



 ほう、と驚きの声音をあげるが、そこまで驚いた様子はない。もしかしたら今までの話の内容から見当がついてたのかもしれない。



「何度も見せてくれたアリゼ様の笑顔は可憐で、上品で……けれど幻想のようだった」

「つまり、空元気だったってことだね?」

「その通りだ」



 頷いて見せると、ランスロットは顎に手を当てて思案する。



「あの姫様がねえ……どちらかというと、病がまだ完全に治ってない事の方が理由な気がするけどね。以前のアリゼ様は元気のある人だったよ。ハキハキした様子で民を元気付け、凛とした仕草と声で魅了する。女の私も惹かれそうな美しい少女だ」



 美しい少女というのには同感だ。

 しかし、元気のある人、というのにはいまいちピンと来ない。

 アリゼは触れてしまえば壊れてしまいそうな危うい雰囲気の少女だった。どちらかというと手を差し伸べてあげたくなる少女が民に手を伸ばし、元気良く励ます姿は失礼だが想像できなかった。



「アリゼ様は王子様のことについて何か言及してたりしないのか?」

「良い御方である、と言っておられるけどね。でもそれは表向きの言葉だ。公式の場で否定的な言動を取ったら国家の関係だって危うくなるかもしれない。だからアリゼ様が本当はどんな感想を抱いていらっしゃるかは見当もつかないね。ま、ユウトの言うことが事実ならあまり嬉しく感じていないとは思うがね」



 ランスロットは憂いた目で喋っていた。



「アリゼ様は女の子である前に王女様だ。自分の未来に我侭を言っていられる立場じゃないんだよ、きっと」



 王子様と出会い、話が進めばアリゼは王子の妃となる。その未来に嫌気が差したからアリゼは城から抜け出した。

 体調を崩したのだって未来のことを気に病みすぎたことが一つの要因なのかもしれない。

 高貴な姿勢で民を魅了していた面影が消えたのも、それが原因なのかもしれない。

 

 これらは全てユウトの妄想だ。勝手な考えだと自分でも思う。

 けれどそう思ってしまうほど、ユウトが見たアリゼとランスロットの話したアリゼの人物像は乖離している。

 このような強引なこじつけをしないとまるで別人のように思えてしまう。



「しかしまあ、つい最近まで王女様であることも知らなかったのによくそこまでアリゼ様に肩入れできるね。もしかして本当に惚れたのかい?」

「少なくともそんなんじゃないさ」

「ならどうして自分のことのように苦い顔を浮かべているのさ」



 ランスロットに指摘されてようやく己がどんな表情をしているかということに気づいた。



「いや、まあ、色々思うところがあってな……」



 事実、アリゼに恋をしたとかそういうわけではない。

 あの儚げな笑顔がユウトの胸を締め付ける。不安になってどうしようもなくなる。

 そしてそれは多分、彼女の浮かべている表情が自分の奥底に眠っている感情に近しいものがあるのではないかと思う。つまり、ユウトはアリゼにこれでもかというくらい同情してるのだ。



「パレードってやつはいつ行われるんだ?」

「三日後だよ」

「そうか」



 ユウトはグラスに残った酒を一気に煽る。



「三日後の夜は予定空いてる?」

「空いてるよ」

「そうか……。じゃあ、三日後の夜にここでまた会おう」

「おや、もう次の約束かい。望むなら今度こそ一晩共にするかい?」

「気分次第だな」



 ランスロットは妖艶な笑みを浮かべる。

 もしも自分の想像が正しかったら、三日後はあまり良い気分にはなっていないはずだ。嫌な気持ちを全て忘れるためランスロットを求める可能性は非常に高い。

 ランスロットはとてもそそられるスタイルをしている。こんな極上の女と過ごせたら悪い夢は全て醒めてしまうと思われる。

 なのに何故、虚しい気持ちの方が先に湧き上がってくるのだろうか……。


 バーを出て、外の涼しい風に当たる。夜の街は静寂としており、人通りが少ないから身体全体に風が当たって体温を冷やしていく。

 何ともいえぬ気持ちのまま、ユウトは静かな闇に包まれた通路へと姿を消した。




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