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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
1章 馴れ初め
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3話「事情聴取」

 屈強な二人の男性の間に挟まりながらユウトは馬車の中で揺られていた。

 何か会話を試みようにも威圧的な視線を向けられるだけで交流は図れそうにはない。

 なのでユウトは黙って流れに身を任すことにした。


 アリゼの正体を告げられた後、ユウトはリーチェの手によって拘束された。アリゼの必死な懇願によって処刑は免れたものの、何らかの処分を受けることは回避出来なかった。

 リーチェの目的は城から脱走したアリゼの確保だ。アリゼを城に連れ戻すのと一緒にユウトの尋問も王城で行われることになった。

 森の中で一晩過ごし、森の魔力が薄まったことを確認すると彼らは帰還を逐次開始した。ユウトも幾つかの馬車の内の一つに入れられ、こうして王城に向かう最中だった。



「着いたぞ。出てこい」



 揺れが収まるのとほぼ同時にリーチェの声が外から聞こえた。

 言われた通り、ユウトは馬車から体を出す。



「……これが王城か。でかいな」



 ユウトの目の前には荘厳で華やかな王城が聳え立っていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 リーチェに付いていくようにしてユウトは城の中を進む。

 外装も立派なら中も当然立派だった。床には赤いカーペットが敷かれ、柱の一本一本が輝きを放っている。壁には宝石の淵の中に絵画が等間隔に飾られている。天井に吊るされた明かりも光源がなくともキラキラ輝いている。

 その中をキビキビと動くリーチェもまた絵になるような美しさだった。

 腰まで伸びた黒髪が歩みを進めるたびになびく。正面から見た顔も、精悍で引き締まっており、凛としたまつ毛が特に綺麗だった。可愛いというより美人な人だ。

 流石異世界。アリゼといいリーチェといい、秀麗な人が多い。



「入れ」



 案内されたのはどうやら閣議室のようだ。丸いテーブルが中央に置かれている。



「私としては不本意だが、貴様の尋問にはアリゼ様も同席したいとの希望だ。王女が来室するまで待たれよ」



 リーチェに誘導されて席に座る。



「あなたは座らないんですか?」

「アリゼ様には軽い口を聞いていたのに、私には敬語で話すか。面白い趣向だな」

「お望みならタメ口でも良いんだけど」



 こういったプライドが高いというか、責務を全うしているお偉い人間は少々鼻につく。姫様の護衛を勤めているのだから仕方ないことだとは理解出来るのだが。



「今更どんな口を聞いても貴様の処分は変わらん。勝手にしろ。それよりも質問に答えてなかったな。私はこの城を守る近衞騎士団の隊長だ。今も部下が働いているというのに、私だけのんびり座っているわけにはいかない」



 責任感が強く、それでいて部下を重んじるタイプだ。さぞかし部下からの信頼は厚いのだろう。

 それよりも驚いたのが、ユウトの質問にも答えてくれたことだ。話が通じないタイプかと思いきやそうでもないらしい。


 とは言っても下手な質問をしたらどんな目にあうか分からない。アリゼがやって来るまで大人しくしていた。



「すいません、お待たせしました」



 アリゼは他の護衛といかにも重臣といったおじさん達を連れて部屋に入ってきた。

 チラっとアリゼが視線を向けてくる。大丈夫だ、と意味を込めて微笑み返した。



「それでは尋問を開始します」



 リーチェの一言により、尋問と言う名の事情聴取が行われた。

 森の中で起きたことについては意外とあっさり認めてもらえた。というのもアリゼが同伴していたためで、彼女が事実を裏付ける証言をしてくれたからだった。

 問題はユウトの出で立ちだった。東の島国が封じられた彼は異世界から来たことを正直に話すしかなかったのだが……。



「つまり貴様は何者かが開いたゲートを通り、この世界にやって来た、と」

「合ってるかはわかんないけど、考えられるのはそれぐらいだ」

「アリゼ様はこの男の言葉を信じたのですね?」

「はい。ユウトさんは私にこの世界にはない人々の生活や文化をお話ししてくれました。それはもう、どれも素晴らしいものでした」

「……なるほど」



 アリゼはリーチェの同意にわかってくれたと思ったのだろう。ホッとした顔を浮かべていた。

 しかしリーチェはまだ険しい顔を崩していない。まだ疑っているようだ。



「アリゼ様、いい加減甘い考えは捨てて下さい。貴女は一国の王女なのです。身元の分からぬ殿方の戯言を簡単に信じないで下さい」

「ユウトさんはそんなことをする人ではありません」

「アリゼ様は何をもって彼が無害な人間だと思い至ったのですか? 人がゲートを通ってやって来るなどあり得ません。どうせ嘘に決まってます」

「……そんなの嘘かどうか分からないじゃないですか!」

「作り話なら幾らだって出来ます。彼は東から来たと最初に言ったそうですね。もしかしたら本当に彼は東から来た可能性だってあります。魔族が人の姿に化けてやって来たのかもしれません」

「あ、あり得ません、そんなこと!」

「例え魔族でなくても、敵国のスパイである可能性だってあるのです」

「ですがユウトさんは体を張って私を助けようと……」

「それは貴女に付け入るためです。森に魔力が満ちたのも、魔獣がタイミング良くでてきたのも考えれば怪しいとはお思いませんか? 貴女の信頼を勝ち取り、この国の懐に入り込もうとするーーそういった可能性もあるのです。それを考慮して、この王城に入れるのにも反対しました。王女様の思いを汲んで仕方なく了承したのです!」



 ユウトはアリゼにまくし立てるリーチェを見てある違和感を抱いた。



「そもそも、貴女が城を抜けださなければこんなことにはならなかった……! アリゼ様はウルカト王国の王女であることを自覚して下さい! 今迄のようではいけないのです!」



 リーチェの激しい言葉にアリゼはついに反論をやめた。苦々しく体を縮こませる。


 近衞騎士団の隊長であるとリーチェは言った。近衞騎士団と聞いたら、王族を直接護衛する上級の騎士団のことを想像する。今迄の出来事を考えても、この世界の近衞騎士団もそれと同等と考えていいはずだ。

 近衞騎士団の隊長ともなればある程度に口を出す権利もあるだろう。しかし、あくまで軍事的なものであって国事や私事に文句を付けたりしないはずだ。

 けど、ここでのリーチェとアリゼは出来の悪い妹に優秀な姉が叱っているような光景を想起させる。


 リーチェも流石に言い過ぎたと思ったのだろう、罰の悪そうな顔を浮かべてその場に膝をついた。



「出過ぎたお言葉をお詫びします。ですが、これもアリゼ様の思っての事です」

「いえ……貴女の忠誠は心より信じております。ですから顔を上げて下さい」

「ありがたきお言葉、感謝いたします」



 二人のやり取りにユウトどころか他の者達も口を挟めないでいた。

 アリゼとリーチェの二人はもしかしたらこの中で一番親密な関係なのかもしれないと思った。



「それでユウトさんをどのようにするおつもりですか?」

「本来なら拘留、もしくは王都からの追放となりましょう。ですが王女様を助けたことは事実。そのことを踏まえてこの場から釈放及び礼金を授けるといったところです。しばらくは監視がつくのと、王宮に今後近寄ることは禁止とします。何かご不満な点はございますか?」

「いえ、結構です。彼がどんな人物であれ、私を救ってくださったのは事実です。ですので最低限のもてなしを心掛けて下さい」

「はっ」



 リーチェは御意を示すためにアリゼに向けて膝をついた。



「それとアリゼ・ベルクシュトレームとして命じます。しばらく……いえ、少しの時間で良いので、私と彼を……ユウトさんと二人きりにして頂けないでしょうか」

「ですが王女様、それは……!」

「異変を感じたらすぐに飛び込んできても構いません。その場合の彼の処分については異を挟みません。それでも駄目でしょうか?」



 リーチェは逡巡した顔を見せる。だがすぐに諦めたようだ。



「いえ、二度も口答えをしてしまいましたことをお許し下さい。私への処分も後ほど言いつけて下さい」



 最初と違って疲弊した顔でリーチェは引き上げを命じた。二人のやり取りを見ていた重臣や騎士団の部下達は困惑気味に部屋を退出していく。

 そしてアリゼとユウトの二人が残される。



「恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたね。申し訳ありませんでした」

「いえ、アリゼ……王女様が頭を下げる必要など……」

「今迄通りで結構ですよ。ユウトさんには気楽に接していただきたいんです」

「……分かった」



 敬語を解くとアリゼはホッとした顔を見せる。



「お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね。本来ならユウトさんは歓迎されるべきなのでしょうけど

 私が至らないせいでこのような結果になってしまいました。申し訳ありません」

「頼むから頭を上げてくれ。流石に王女様の……それも年下の女の子のそんな姿を見る方が辛いしな」



 むしろ感謝するべきはこちらの方だ。リーチェの言い分はこちらからしてみれば理不尽でしかない。けど、真実を知らない方からして見ればリーチェの方が至極正しいことを言っていると感じる。

 この場合はユウトの世迷いごとのような話をすぐに信じたアリゼが甘いのだ。



「身元もわからないようなやつのためにここまでしてくれてありがとう。アリゼがいなかったら今頃死んでたかもしれないし。だから、気にしないでくれ」



 心で思ったことをほんの少し変えて言葉で伝える。



「そう言って頂けると助かります」



 気持ちが伝わったのか、アリゼは笑みを見せた。けれどどこか弱々しい。



「でも私は本当に信じてます。ユウトさんがニホンという異世界からやって来たことを」

「もしもう一度ゲートが開いたら俺の暮らす世界を案内するよ。そうだ

 どうせだったらあのリーチェっていう騎士も呼んでやろう。そうしたら嫌でもアリゼの言うことを信じるしかなくなるしな」



 森の中を歩いていた時にアリゼはスマホに入っている画像を見ていた。特に注視していたのはいつかの旅行で撮った青々とした大地が眼下に広がる写真だ。生の風景を見たらきっと度肝を抜くはずだ。その姿を隣で見たい、という叶わぬ願いを浮かべる。



「うふふ、それは楽しみですね。いずれ本当に行ってみたいです。ですが……」



 アリゼは目を伏せる。でも口は笑っている。

 おかげで先ほどから感じている違和感の正体にピンときた。



「私とユウトさんがお会い出来るのもこれが最後でしょう。……残念です」



 アリゼの言葉は全て本音だ。本当に残念そうなアリゼを見ているとこちらまで胸が痛んでくる。



「ユウトさんはこれからどうするおつもりですか?」

「まだ何も決めてない。とりあえずこの世界のことを色々と調べて、余裕ができたら元の世界に戻る方法でも考えてみるよ」

「早く戻れたらいいですね。ご両親や友人方も心配していらっしゃるでしょうし。使いのものにできる限りの援助をお願いしておきます。当分は不自由にないように致しますのでそれで許して下さい」

「許すも何も感謝の言葉しか出ないよ。これ以上望む方が欲張りってもんだ」

「ユウトさんにして頂いた事を考えればまだまだ足りないぐらいです」



 アリゼはまた笑う。

 そう、まただ。彼女は時々違う表情を覗かせるがほとんどは同じ笑顔を浮かべている。



「……これは私個人のお願いです。城下町に滞在なさっている際に私のことを見かけたら……私のことを応援して頂けますか?」

「お安い御用だ」



 またも同じ笑顔。

 彼女の笑顔には悲しさや弱さや儚さしかない。無理矢理笑っている。そんな風に感じる。



「手を貸して頂いてよろしいですか?」



 アリゼに右手を差し出す。彼女はその手を両手で包み込み、おでこを当てて祈るように呟く。



「あなたの未来に幸あれ」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ここで降りるんだ」



 リーチェの指示に従い、馬車を下りる。



「今後のことは馬車の中で話した通りだ」



 とはいってもその内容は事情聴取の際に決まったことを詳細に話されただけだ。生きていけるのなら問題はない。それに他のことを考えていたせいであまり気にならなかった。



「確かユウトだったな。一応、礼を言っておく。アリゼ様を救ってくれてありがとう」



 高圧的なリーチェが殊勝な態度を見せる。でもユウトは心ここにあらずで何の感想も持たなかった。



「なあ、リーチェ」

「感謝はしたが気安く呼んでいいとは限らないぞ」

「ちょっとぐらい大目に見てくれないか?」

「まあ、いいだろう。どうせもう会うことはないのだしな」



 これを最後に王族やその側近達との関わりはなくなる。短い付き合いだった。



「それで用件は何だ?」

「アリゼ……王女様のことなんだけどさ」



 リーチェの目つきが鋭くなったのを感じて慌てて付け足す。



「アリゼ様がいかがした」

「彼女はちゃんと笑っていると思うか?」



 ユウトの問いにリーチェはしばらく答えなかった。だんまりかと思い、諦めようとしたその直後、



「部外者である貴様ですら分かるんだ。私達が気づかぬはずないだろう」



 リーチェの方を見ると既に馬にまたがっていて、今にも駆け出しそうな体勢だった。



「短い間だったが、さらばだ。達者でな、ユウト」



 返事も待たずにリーチェは発進してしまう。

 ユウトは一人ぽつんと取り残される。



「さあて、これからどうするかな」



 意識を自分の今後に向けようとする。

 歩き出す前に、今では遠くに君臨する王宮を瞳に映す。



「……アリゼ」



 しかしユウトの心には儚き少女の面影がいつまでも残るのだった。



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