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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
2章 新婚生活
20/41

7話「バルアド大戦」※挿絵あり

「そういや聞いたか? ユウト様がレイナから学問を学び始めたこと」



 夜、城を巡回する兵が隣を歩く同僚に話しかける。



「ユウト様が? やはり賢い人なんだな」

「隊長を口で弄ぶぐらいだしな。俺達なんかよりよっぽど高い階級の人間なんだろうが……」

「歯切れが悪いな」

「どんなことを学んでいるのか耳に挟んだんだが、どうやらこの国の現状について習っていたらしいんだ。別に学校に通ってなくても分かるうちの国の事情をどうして今更?」

「何か意図があるんじゃないのか? 何も知らないってわけはないだろうし」

「でもなあ……ユウト様って一ヶ月前に城を騒がせた侵入者の一人なんだろう? 今は当たり前のように受け入れてるが、どことなく怪しくないか」

「おい、口を慎め。それにユウト様がアリゼ様のことを大事に想ってるのは確かだろう。首を傾げたくなる気持ちは分かるが、変な詮索はしない方がいい」

「……ユウト様はよくわからんな。っと、噂をしたらなんとやら。アリゼ様とユウト様のお部屋だ」



 兵士は二人の部屋を通りすぎようとするが、あることに気づく。



「ん? ドアに隙間が空いてるな。光が漏れ出てるぞ」

「閉め忘れたのだろうか。中で二人きりの時間を過ごしてるだろうし、そっと閉めてやろう」

「いや、待て。様子がおかしい」

「何だって? ……本当だ。部屋が荒らされている」

「急いで他の兵を呼ぼう! 隊長にも報告だ!」

「ああ、分かった。くそ、最近は慌ただしいな。賊だ、賊が侵入したぞ――」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――事件発生より十数時間前。



「昨日は本当にすいませんでした!」



 アリゼが手を前に組んで何度も頭を下げてくる。



「気にしなくていいって。後遺症もあるわけじゃないし」

「ですが……」

「昨日も言ったはずだ。料理を作ってくれた気持ちだけで十分だって。それに初めてだったんだろ? なら、これから練習を重ねて改善していけばいいさ」



 ユウトは優しい笑みを浮かべてアリゼの頭を軽くはたいた。彼女は納得がいかない様子だが……。

 このままだとアリゼはまた何か言いそうだ。その前に別の話題を持ちだした方がいい。

 部屋の中を見回しながら口を開く。 



「まだこの部屋に住み始めてそんなに経ってないけど、一度掃除をした方がいいかもな。今後も寝泊まりするわけだし」



 別の話題を提供して意識をそらすのが目的だ。

 しかし適当に言ったわけではなくて、本当にそうした方がいいと思っての言葉だった。

 ユウトとアリゼが住むにあたってレイナが丁寧に掃除してくれたと聞くが、それとこれとは別だ。自分たちの住処なんだし、自分たちで片付けたい。家具とかも二人が使いやすいように移動させたりと、簡単なリフォームをするべきだ。



「掃除ですか?」

「ああ。なんたってここは俺達の暮らす家だからな。……まあ、一歩外に出たら城の中なんだけどさ」



 そこは気分的な問題だ。

 


「そうですよね。ここは私達の家なんですよね。なら掃除も自分たちの手でやらねばなりませんよね」



 二人の部屋という言い回しがアリゼの機嫌を良くしたらしい。

 アリゼは嬉しそうに部屋の中を眺めていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「なあ、レイナさん。俺にこの国の色んなことを教えてくれないか」



 作業していた手を止め、レイナがユウトに顔を向ける。



「別に構いませんが……突然ですね」

「これを見て、急いで学習したほうがいいかなって思って」



 掃除の最中、棚を整理するために取り出した本をレイナに見せる。



「何の変哲もないただの本ですね。しかもシリーズものの六巻目です」

「あ、そうなのかこれ。……とまあ、こんな具合にだな、この国の常識どころか、文字の読み書きも出来ない状態なんだ」



 本の背表紙にはタイトルが書かれている。しかしユウトには文字っぽい落書きがなされているようにしか見えない。

 話すことは問題ないので重要視してこなかったが、これからのことを考えたら急いで習得する必要がある。



「……それは深刻ですね。しかしユウト様は他にも覚えて頂かなければならないものが多数あります。そのため、業務を終えた後、残業という形で授業をする形となります。それでもよろしいのでしたら引き受けます」

「ならよろしく頼む。むしろ時間を取らせる形になるんだし、謝るのはこっちの方だ」

「メイドとはいついかなる時でもご主人様に仕えるために存在しています。ですので気にする必要はございません。ですが……アリゼ様と戯れる時間が少なくなってしまいます。そちらはよろしいのでしょうか?」

「昼食の時にでも言うよ。アリゼなら頑張ってくださいって応援してくれそうだし」

「ふふ、その光景が簡単に頭に浮かびますね。分かりました。夕方、授業を取り計らいましょう。なので、今は目の前の作業を全て終わらせてしまいしょう」



 頷き返して再び掃除を再開するのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 新たな言語を覚えるのはやはり中々難しい。

 元の世界でも既に五年以上学んでいる英語でさえ未だ完璧ではないのだ。そのことを考えると、こちらの世界の言語をマスターするのにはどの程度の期間を要するのだろうか……。


 本日の業務を終えた後、空いてる部屋にレイナと共に入った。そこでまずは一時間ほど言語の学習を開始。

 二時間目はこの国の現状……言うなれば社会のお勉強だ。


 勉学をするために部屋に戻るのが遅れるのは昼食時にアリゼにちゃんと伝えた。

 彼女は予想通りの反応をして見せた。夫の帰りが遅くなることにも文句ひとつ言わず、応援してくれる良い嫁だと思う。

 ただ、小声で「好都合です」とつぶやいていたのは少々気になったが……。



「そろそろ十分経ったでしょう。では二時間目を始めます」



 レイナは時折アリゼにも授業をしているようで、先生役はとてもサマになっていた。



「ユウト様はこの国の現状というのをどれくらい存じておりますか?」

「ええっと……マイアルズ王国と魔物たちの領域に挟まれてるんだよな。二つの大きな勢力に挟まれてる。ということは、この国は防衛技術に栄えているって認識で合ってるのか?」


 

 最後の一文は今までの知識を合わせて導き出したものである。



「概ね正解です。付け加えると物理的な防衛だけに留まらず、魔法と併せた防衛技術に特化しています。この城にもその一部が取り入れられています。ユウト様もそれは身をもって体験なされたはずです」

「……そうだな」



 アリゼに会うために侵入したあの日のことを思い出す。



「あの時は少数人数だったから最低レベルの警報ですみました。本来は大多数の舞台に備えているもので、さらに戦争時には常時警戒レベルが引き上げられるなどの措置を取ります」

「警戒レベルが上がるとどうなるんだ?」

「自動迎撃システムが作動します」



 サラリと怖いことを言ってのける。情勢が平和で良かったと心の底から思う。



「さて、このような防衛技術は何も王城のみに限った話ではありません。特に強固なのは魔物の棲家との境界と言われているプロメウヒ山脈に連なるように建てられたプロメウヒ砦ですね。これこそが我が国が誇る防衛技術の結集といっても過言ではありません」

「マイアルズ王国との国境では砦みたいのはないのか?」

「二つの国の境界線は広大な草原にあるんです。一番近い都市は戦力も固めてあるなど、普通の街よりは防御力が高いですが、プロメウヒ砦とは雲泥の差といってもいいでしょう」



 レイナがさらに補足してくれる。

 ウルカト王国は隣国と些細な争いごとはあっても基本は魔物達との戦いが主であった。他の国も魔物から守ってくれる国をわざわざ潰しにかかったりすることはないのだという。

 魔物に侵攻されたら全てが終わりなのだ。故にウルカト王国は対人間より対魔物を取った。その象徴たるのが難攻不落のプロメウヒ砦だという。



「二つの勢力に挟まれているといっても、実質東側……魔物の脅威しかありませんでした。しかし最近は事情が変わってきています。今はもう存在しませんが、およそ十年ほど前まで南にも小さな国がありました」



 レイナはボードに簡単な地図を書く。

 真ん中にウルカト王国があり、東には魔物の棲家がある。ご丁寧に境界線を描き、更に簡単な棒線でプロメウヒ砦を表す。

 西側にはマイアルズ王国が描かれ、国境を跨いだ草原も楕円で表される。マイアルズ王国だけで図の半分程度を示している。これだけでもかなりの大国であることが予想できる。

 ただ見慣れないのが一つある。ウルカト王国の南にある小さな国。今しがたレイナが言っていた国だろう。



「この南に位置する国の名はバルアド王国。小さいながらも資源が豊富で、豊かな国でした。ウルカト王国と似たような境遇であるため、親交も深かったのですが……」

「バルアド王国は何故潰れたんだ?」

「当時、かなりゴタゴタした問題が発生していたそうです。その問題も今となってはどういうものであったか不明です。そのせいで外側に目を向ける余裕がなかったのでしょう。マイアルズ王国が侵攻を開始し、その対処に一歩遅れました。その一歩がズルズルと尾を引きずることになります。また、西側に力を注いだため、魔族の侵入を許してしまいました。双方の攻撃により軍は敗戦を繰り返し、主要な都市は全て抑えられ、あっという間に崩壊しました」



 酷い話だ。そんなことを思いながらもあくまで他人事のように話を聞く。



「ウルカト王国もすぐに支援の軍を送りました。ですが、こちらも多大な被害を被りました。援軍のみならず、ウルカト王国そのものも多少の混乱が発生しました。あれから十年が経ち、ようやく昔の平穏を取り戻し始めた、というのが現状です」



 レイナは地図に赤い線を加える。

 これがその戦争の後の国境なのだという。



挿絵(By みてみん)



「この戦争を国の名前からとってバルアド大戦と呼んでいます。近年でもっとも大きな戦争でした」

「なるほど、この戦争が事情が変わった理由か。今まで攻めてこなかったマイアルズ王国が突如戦争をしかけた……」

「ええ、そのとおりです。元々は野心的な国でしたが、近年はナリを潜めていました。今まで溜め込んできた分を爆発させたのかどうかはわかりません。いずれにせよマイアルズ王国には注意せねばなりません」



 マイアルズ王国が脅威の一つとなっている所以がよくわかった。普段は平和の仮面をかぶっているが、弱みを見せたら最後、骨ごと食べ尽くされてしまう。

 きっとマイアルズ側にも防衛用の拠点を建てたいとは考えているはずだ。しかし、下手な動きを見せたら彼らに不審を持たれてしまう。なので満足に対策を練ることも出来ず、足踏みを踏んでいるのだろう。



「さて、このままバルアド大戦について語るのもいいですが、あくまでウルカト王国のお勉強。大戦時に起きたウルカト王国の動乱のことをお話して終わりにしましょう」



 部屋にたまった暗い空気を放出するためかレイナが明るい笑顔を見せる。

 ユウトも気を取り直して学ぶ姿勢を整えようとするが、



「大変だ! 賊が出たぞ!」



 外から慌ただしい声が聞こえてくる。

 聞き間違いじゃなければ賊という単語が出ていた。



「……何かあったようですね。授業は一旦中断です」

「ああ、今は外に出て何が起きてるか確認してみよう」



 事態が収まるまで避難しようという気はなかった。

 何故ならユウトの頭には一人の女の顔が浮かんでいたからだ。彼女の名はランスロットという。

 もしかしたら彼女が城に来ているのかもしれない。そう思うといてもたってもいられなかった。


 城中が警戒態勢に入るのをひしひしと感じる。

 たった一瞬で世界の様子は様変わりしたのだった。




図は突貫作業な上に適当なんで参考程度に見てください。

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