あなたに届けたい言葉(上)
何か失敗したのだろう。
道で男が肩を落とし、座り込んでいた。
そして、ふと思い出したかのように、男は懐から手紙を取り出した。
それは、旅立つ前に友人からもらった手紙だった。
◆◆◆
あなたと出会い、随分と長い月日が経ったと思っていました。
でも、実際経ったのは、ほんの少しだったのですね。
私としては、本当に多くの月日をあなたと一緒に過ごした気がします。
不思議なものです。
あなたと出会ってからの世界は、私に今までとは違う別の顔を、みせてくれるようになりました。
知っていましたか?
前は鬱陶しくてしかたがなかった朝の日差しが、あなたと出会ってからは、温かな優しいものとして感じる事ができるようになりました。
毎日の何気ない食事が、あなたと出会ってからは、とても美味しく感じることができるようになりました。
知らないでしょう?
大変で辛い仕事が、楽しくてやりがいのある仕事に変わりました。
失敗して怒られている時でさえ、怒ってくれる方に感謝できるようになりました。
分からないでしょう?
あなたに私がどんなに感謝しているかなんて。
あなたとずっとこれからも一緒にいたいと思っているかなんて。
でも、私はあなたと一緒にはいられない。
あなたにはあなたの道があり、私には私の道がある。
それを教えてくれたのは、他でもないあなたなのだから。
だから、私はあなたと一緒にはいられません。
でも、嬉しかったです。
本当に嬉しかったです。
一緒に行かないかと誘ってくれたこと。
でも、ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
私は、あなたと一緒には行けません。
それは、あなたに出会い、変わった私を否定することになる。
あなたと出会わなければよかったと思ってしまう。
私が今の私を嫌いになってしまう。
そして、それは、あなたを嫌いになってしまうことになる。
だから、それだけはできません。
本当は一緒に行きたかった。
全てを捨てて一緒に行きたかった。
ありがとう。
本当にありがとうございます。
あなたに出会うまで、世界がこんなにも綺麗なものだなんて知りませんでした。
あなたに出会うまで、世界がこんなにも温かいものだなんて知りませんでした。
それは、まるで今までの私が目を閉じて生きいてたかのように。
それは、まるで今までの私が暗闇の中を手さぐりで歩いてきたかのように。
真っ暗な闇に光を照らしたのはあなたです。
私はあなたの行動に、たくさんの勇気をもらいました。
ふふふ、あれから、私は一人でいる事を恐れなくなったんですよ。
不思議なものですね。
そうしたら、以前よりも、大切な人が増えました。
もちろん、去る人もいましたよ。
ですが、それ以上に大切な人が増えました。
あなたにもらった勇気のお蔭です。
私はあなたの行動に、たくさんの優しさをもらいました。
ふふふ、あれから、私は人に優しくする事を恐れなったんですよ。
……ごめんなさい。
嘘つきました。
やっぱり怖いです。
でも、ためらうとあなたの事を思い出します。
拒絶されてもなんでもないよと笑うあなたの笑顔を思い出します。
そして、優しくできるようになりました。
あなたにもらった優しさのお蔭です。
私はあなたの行動に、たくさんの熱い思いをもらいました。
どんな時でも譲れない熱い思いをもらいました。
ふふふ、体も心も限界で倒れる寸前でも、踏ん張れるようになったんですよ。
そして、何よりも生きている事が楽しくなりました。
あなたにもらった熱い思いのお蔭です。
だから、大丈夫です。
もう、私は大丈夫です。
お願いです。あなたはあなたの道を進んでください。
どうか、あなたの道を歩んでください。
本当にありがとう。
私はそんなあなたが大好きでした。
◆◆◆
男は手紙を最後まで読むと涙ぐんだ。
そして、立ち上がって何処かに消えていった。
その背中は座る前のしょぼくれたものではなく、やる気に満ちた背中だった。