研鑽せし者
会場の発表を見て回っていたグレイスは、発表の準備をするシュヴァリエを見つけた。
(――あ、シュヴァリエ……火傷はもう良いのかなぁ?)
額と頬のガーゼは取れているものの、襟元からは胸に巻いた包帯が見え隠れしている。傷も癒えないまま試験会場に立つ彼の姿は見るからに痛々しいものだった。
(……今回の試験では何を研究の題材にしたんだろ?)
爆発事故に巻き込まれたシュヴァリエは、試験前の重要な時間を一ヶ月も療養に費やしてしまっていた。おそらく、試験の準備などまともにできなかったであろう。それもこれもグレイスの所為なのだ。
シュヴァリエの様子を少し離れた場所から覗き見ていると、ちょうど一人の教授が説明を求めているところだった。
「ほぉー……君のテーマは『炭鉱坑道内における爆発事故の検証』か。また随分と細かい内容だね? 説明をお願いできるかな」
「はい。今回、取り上げたのは二十年前に起きたネヴィア鉱山の炭坑爆発事故についてです。当初は坑道内に噴き出した地中ガスが原因で爆発が起きたとみられていましたが、後の調査では地中ガスの存在は確認されていません。それでは爆発の原因は何だったのか? 事故当時、坑道内では石炭の採掘作業が行われていました。この時、掘削に使っていたのが回転式削岩機で、削られた石炭の破砕塵を吸い込んだ坑夫が体調を崩すという問題が発生していました。これには防護マスクで対処していましたが、中にはマスクを通過する細かい微粒子もあったようです。実は、問題となるのはこの微粒子で、単純に人の喉や肺に沈着して健康被害を出すだけでなく、爆発事故の原因となったのではないかと思われます。石炭はもともと可燃性で、その燃焼熱も大きいのですが、これが細かい破片になると活性空気との混合率が著しく増して、短時間で激しく燃えるようになります。さらに微粒子になると、塊の状態に比べて空気と触れ合う表面積が広くなり燃焼効率は増大。石炭粉が坑道内に舞う状況において、掘削作業中に固い岩盤にでもあたれば摩擦で火花が飛び散り空気中に漂う石炭粉へ引火、燃焼速度は音速を超えて爆発的反応を引き起こします。微粒子がある一定以下の粒径を持ち、長時間空中で漂い続けられる重量で、燃焼の連鎖反応を引き起こすだけの密度を持ったとき爆発条件は揃います。それは石炭粉に限らず条件を満たすような微粒子であれば、どのようなものでも起こりうる現象なのです。例えば小麦粉などでも同様の現象が起こりえます。実験では小さな箱の中で、実際に爆発現象を起こしてみました。これがもっと大規模な空間で起こった場合、その爆発力と熱量は……」
…………………………。
――格が違う。
シュヴァリエの発表内容を聞いてグレイスは愕然としていた。
(……知らなかった。これが上位入学者の実力……? 最初から、既にこれだけの差があるなんて……)
万全の状態ではあり得ない筈だったシュヴァリエの発表は、おそらく他の発表者と比べても劣らない。それどころか、グレイスには数段勝っているようにさえ思えた。
――とても及ばない。
エミリエンヌが補欠合格者を馬鹿にしたのも肯ける。比べること自体が間違っているのだ。彼らは自分とは違う。ここアカデメイアに来るべくして来た人間だ。グレイスは自分の浅はかさを呪った。シュヴァリエは療養に手一杯で何もしていないだろうと思っていた。
だが、彼は研究の題材に粉塵の爆発現象を選ぶことで、自身にとって不利な状況を逆に利用してしまった。そんなシュヴァリエの強かさにグレイスは素直に感動を覚えていた。
(……どうしてそこまで、できるんだろう? そこまでして到達したい目標があるの?)
自分はどうだろうか?
ただ結婚から逃げるだけなら、どこへ行くのでも良かった。けれど、彼女には行きたい場所など、どこにもなかった。唯一、アカデメイアを除いて。
でも、自分は本当にその程度の理由だけでここに来たのだろうか。
ついこの間、彼に問われたことが頭を過ぎる。
『お前は、何を目標に研究している?』
答えられなかった。入学から今に至るまで、グレイスはこれといった目標を定めることができずにいた。
目標はまだない。研究なんてどうすれば良いのかわからない。
(……それでも、アカデメイアに来れば何かを見つけることができる、そう思ったんだよ)
それこそがグレイス・ド・ベルトレットがアカデメイアに入った理由。
自分自身が目指すべき目標を探しに来たのだ。
(――私もいつか、彼のように本気で目指したい目標が見つかるだろうか……)
同じ高みに至り、肩を並べて立つ。そうすれば自分の見ている世界が変わる。
そう思えたグレイスは自然と、シュヴァリエの発表の続きを一言も聞き漏らすまいと集中していた。




