3、追跡、それは知性を働かせ欺瞞を欺く行為
ミス・パフは私の解答を想定していたのだろう、ゆらゆらとたわわな尻尾を揺らして即座に意見を返した。
「どうして野良犬が曜日に詳しいのかしら、覚える必要はあって?」
「邪推は止せ。私は気になる相手の台詞を、一語一句聞き漏らさないだけだ」
「あら……嫌だ、嬉しい」
何故この雌が嫌がって喜ぶのだろう。私は彼女が気になるとは言っていない。
有能な犬だとは認めているが、それは今ここで発言しておらず使用していない言葉だ。
まあ、他犬の考えを一つ一つ推測していては時間が無限にあっても足りない。そこはそれ、いい感じに納得しておこう。
私は自分の胸の中で納得したので、風に立ち向かうように毅然として臭いを追う。
ところで、何も指示をしていないが、彼女は私の後を当然のように付いて来た。
首輪が示すようにパフは飼い犬だ。
二日に一回は出会うが、出会っていない日は別の場所をぶらぶらしていると風の噂で聞く。飼われているのに自由だ、あまりにも自由奔放過ぎて、いつか車に撥ねられて天国にまで遊びに行くのではと心配にさせる。
彼女なら天国をも脱走してくるだろう、飼い主は何をしているのか。
ついでだ、私は情報を得ようと質問する。
「公園に行ったか」
「昨日なら……いいえ、一昨日だわ」
「ならば知らないか。もし立ち寄っても、あれは私ではない」
「今のところは、とりあえずわかったとだけ言っておく」
私はいつしか二丁目の端まで歩き、広い道を車が行き交う交差点の手間に立っていた。
ここは通学路だ。身の丈に合わない重たそうなランドセルを担いだ小学生が、鴨の行進のようにぞろぞろと現われる時間帯だ。
いつも思うのだが、あれだけの数の子供はどこから現われて、小学校は中で何をしているのであろうか。
下らない好奇心がどうにも抑えられない時があるが、あの日が調度そうだったのだろう。
違う生物ではあるが、楽しそうな声と食い物の香りに誘われて、何を遮るのか分からない門の間から小学校を覗いてみた。
私を知っている子供が指差して名前を呼んだが、すぐに知らない大人が来たのでいらぬ騒ぎを起こす前に退却した。いずれリベンジはしようと思う。
過去の思い出は横に置いておこう、今は私が何故に交差点まで来たかが重要だ。
私が立ち止まった場所は、交差点を越えた向かいにあるゴミ捨て場だ。どこにでも見かける光景だが、そこでの普段とは違う変化と臭いが私の歩みを止めさせた。
ゴミを漁られないように、ゴミ捨て場にはいつも漁に使えそうな丈夫な網が被せてある。網は指定のゴミ袋を覆うレースのようで、木材を括り付けた重石代わりは房飾りのようだ。その裾が控えめに捲られていた。
この状況を推理すれば、誰が漁ったのかは一目瞭然だ。
喰えないゴミをわざわざ荒らすのは食料が目的ではないからか、もしくは中に何があったか知らないかだ。
空からの来訪者である烏は利口だから除外する、狡猾な猫も無駄な努力はしない、もちろん我々犬もガラス瓶や金属缶は必要ない。食料以外を強奪するのは人間だ、我々は空のビンが幾らくびれていても深い愛着など持たない。
袋の端が引きちぎられたかのように、伸びてギザギザとした断面を朝日に浴びて風に震えていた。
それ以外の動物がゴミを漁ったようだ、しかも鋭い牙か爪を使っている。私が追っていた臭いも収集所の周辺で独特の臭いに紛れ消えていた。
「ここだ……」
計らずもパフの洗練されたジョークは、犯行場所を見事に言い当てたようだ。
犯人、この場合ならば犯犬は水曜日を生ゴミの日と間違える馬鹿だった、曜日という単語の意味すら知らないのだろう。
パフは慈しむように話しかけてきた。
「道理で、今日は生ゴミの日じゃないのを知っていたのね……」
いや、これをやったのは私が追っている犬なのだが……私はパフが冗談を言っているのか確かめようと思い、つぶらな瞳を見て推測する。
その瞳が、大丈夫よ、あなたの好きにしても私は味方だからと語っている。
そうか、で、何が大丈夫なのだ。