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推しの心臓になりたい

作者:
掲載日:2026/04/26

「推しの心臓になりたい」


 ふと口に出した言葉は、目の前に立つ男の目を大きく見開かせた。


 私、ユリア・テレタネスは悪役令嬢である。

 というのも、読んだ小説のメインキャラクターだったというだけの情報だが。


 変な夢を見ていると思えば痛覚はあり、相応の感情を持ち、苦しみもある。

 何より、夢から覚めることがない。

 明晰夢か? と思ったこともあったが、一向に覚めることのない夢を、現実と受け入れることにした。


 憑依してからは大変だった。

 周りにいる人々からの評判は最悪のくせに、妙に権力だけはあるものだから、パーティーは必須。

 冷たい目を向けられながらも令嬢としての振る舞いを、この体の記憶だけを頼りに行うのはもう辞めたい。


 そんな折、システムウィンドウが表示されるようになった。

 『こんにちは。貴方のサポートシステム・ゼロです。

 貴方の新しい生活をゼロから支援します。まずは人物照会システム……』

 何か説明があったが、私は説明書を読まずにとりあえず使う派閥だ。聞き流した。


 この生活から脱却するために、人物照会システムを使ってよさげな人を探しているが、そうもうまくはいかない。メインキャラクター? そんなものは好感度マイナスからのスタートなんだから苦労したくないね。

 当てもなくうろうろするパーティー会場にて、人だかりを見つける。

 黄金の瞳に艶やかな黒髪。あらわになった鎖骨までウルフカットの黒髪が夜のヴェールのようにしっとりと流れている。黄金の瞳は、どこに焦点を当てているのかはわからない。が、眉が困惑したようにわずかに下がっている。


 「あら、ごめんなさいね」


 困っているのであれば仕方ない。悪役面を使って散り散りにしてやろう。

 わざと人ごみに混ざり、まるで私のためのレッドカーペットがあるかのように優雅に歩いて見せた。

 公爵令嬢の権力と、悪役令嬢に関わりたくない女性たちは眉をひそめて道を開ける。

 ただし、その場を離れるつもりはないらしい。

 これは困った。私と黄金の彼が見つめあい、周りを令嬢が囲む形になっている。

 し、システムウィンドウ!


 『人物照会、成功。ノクティス・ユエ・グリーンノット……20歳。貴方との年齢差、プラス4つ。婚約者適正有り。黄金の瞳は神の血筋とされ、グリーンノット皇国の皇室メンバーの証とされる。

 また、民の願いを叶えるための神器を扱える唯一だという噂がある』

 ……願いを叶える? それってつまり、私がこの体から解放される道筋があるかもってこと?


 『可能性は否定できません』


 「テレタネス公爵令嬢、休憩所ならあちらですわよ」

 「……貴方、異国の方ね。慣れない地で人に囲まれて難儀でしたね。

 そこの令嬢がおっしゃる通り、休憩所に向かいましょう」


 困惑しつつもほっとしたような彼は、ゆっくりと頷いた。

 くすりと笑いながら令嬢たちを振り返ると、恨みを抱く表情でにらみつけていて……おぉ怖い。


 「私、この国では知らない人はいないくらいの嫌われ者なの。人避けなら任せて頂戴」


 耳打ちをすれば、彼は不思議そうにしながらも黙ってついてくる。

 皇室のメンバーだというなら、こうもほいほい付いていかないほうがいいと思うし、何より護衛はいないのか? 後ろや天井をスキャン(これもサポートシステムの恩恵)してみるも、人の気配はない。


 「君は、人の機微に聡い人なのだな」

 「悪意でしたら一層わかりましてよ」

 「不思議だ。君からは濁った気配はしない」


 うーん、なんだろう、この騙されやすそうな感じ。

 箱入り娘ならぬって感じ?

 いや、どうでもいい。私はシステムウィンドウの情報をもとに、普通の生活を手に入れるんだ。


 「僕は、ノク……いや、ナイトだ」

 「まぁ。古代語で夜を意味する言葉ね。貴方の綺麗な髪にぴったり」

 「古代語に明るいのかい? それならば、この部屋にあるあの本などどうだろう」

 「既に読みましたわ。私、読書が趣味ですの」


 この世界では、私の世界でいう英語が古代言語として遺されている。

 ここの人たちにとっては難解で、とっつきにくいとされているアルファベットも、馴染みのある私にとってはそこまで苦しくなかった。

 読書が趣味だというのも本当だが、実のところ帰る道を探しているだけでもある。

 あぁ、日本語が恋しい。


 「古代言語は令嬢が学ぶには障害が多かったろうに。

 ……そうだ、君の望みを聞こう。恩返しができる」


 ん? 雲行きが怪しくなったな。

 いやいやいけない。前の世界の癖でオタクが出てしまう。

 心の中までも令嬢にならないといけないとわかっていても、結局は私なのだ。


 「僕の目を見て……君の望む形になり、欲望を引き出そう……トゥルース・システム」


 だっさ。

 そう思う内に、彼の黄金の瞳がひときわ輝く。

 瞳孔がしぼまり、猫のようになるかと思うと、輝きは瞳からあふれ体全体を包む。

 少しずつ、少しずつ姿が変わり……完全に変容する。


 「え、え! 蛇の末裔に出てくるスルガじゃん!」

 「……ん? これが君の望む人の姿かい?」

 「声まで“そう”だ……良すぎる、って! ナニコレ?」

 「ふふっ令嬢というよりは幼い少女のようだ。披露しただけある。

 さて、本題に入ろう。君の望むことはなにかな?」


 私の、望むもの……。


 「推しの心臓になりたい」

 「ん?」

 「推しの心臓になりたい」

 「言っている、意味が……」 

 「心臓を、貫かれて、死ぬ、推しの、心臓に成り代わって、生命活動を再開させて、彼の人生を、支え続けたい」

 

 彼の目が見開かれた。

 そして、5秒程だろうか。大きく口を開けて笑い始めた。

 涙が出るほど、はしたないと窘められてもおかしくないくらいの笑い方をしてでも彼は笑った。


 「……なんでよりによってこの願いなわけ……」


 私はというと、理解は人より速かったのか、彼の異能によって欲望が引き出されたことはわかった。

 よりによって引き出された願いがオタク真っ只中だったために自己嫌悪がひどい。


 「君の願いを叶える方法はあるよ」

 「いいえ。私の本当の願いは別にあります」

 「ふむ。それは、その体と魂が別であることと関係があるのかな」

 「その目は、真実を見る目なのですね。であれば、隠しません。

 私は異世界から来た全くの別人。私はこの体から逃げたいの。変な目で見られるのはうんざり」


 にこにこと笑うノクティスは、ご機嫌そうに懐からメモ帳のようなものを取り出した。


 「これは、僕が認めた唯一にだけ与えるように言われた外交届だ。

 これがあれば、僕の国にしばらくいることができる」

 「それで?」

 「僕のそばで、情報収集をしながら、別の人生を探してみないかい?」

 「それは、良い提案で」

 「待った。条件がある。その堅い口調をやめるんだ。元の君がいい」

 「……わかった」


 契約、成立。

 その言葉とともに私と彼の手の甲が光、紋様が表れて緑の印が刻まれる。

 なにこれ。


 「これで僕たちは一蓮托生。いやぁ、探したかいがあったな」

 「え?」

 「僕は初めから君を探していた。星降る夜に、君が落ちてきたのを知っていたからね」

 「はじめから?」

 「君は元に戻りたい、僕は穏やかに皇室から抜け出したい。あわよくば君の世界に行きたい」

 「…………最低」

 「いやぁ大人しくしてはいたんだけどね。実はその言葉何千回目かな」


 ピエロだ。この男、目的を成しえるためならなんだってするぞ。

 さて、国に帰ろう。と笑顔で手を差し伸べる彼の手を、仕返しかのように振り払った。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 「こんなの! 聞いてない!」

 「いやぁ君にも異能があるんだねぇ」

 「スキャンシステムがなかったら毒で死んでました!」

 「いやぁ2人健康に生きてるって素晴らしい」

 「帰りたい!」


 ――――――――――――――――――――――――――――

 「あの。毒は入っていませんよ。貴方も真実を見通せますよね」

 「実はね。これは僕だけに効く毒なんだ」

 「嫌いなだけじゃないですか」

 ――――――――――――――――――――――――――――


 などなど。

 あれ、これ普通に国外生活楽しんでますよね?

 

 「あのですね。私、元の世界に帰りたいんですけど」

 「そう? 楽しそうに見えるけど。僕も気が変わったけどね」

 

 ノクティスの事は、嫌いじゃない。

 本当の友達のようにやいやいと言える、この世界唯一の知り合いだ。

 だけど、私だって苦しいのだ。知らない世界で、稼ぐ力もなく生きていくのは。


 「僕はね。皇帝になるよ。君を守れるように」


 いつにない真剣な顔だ。

 初めて会ったときとも違う、信念のある瞳。


 「今までは楽に生きていけばいいと思っていた。

 権力争いから下りても、皇室メンバーだから潤沢な資金はあるし、適当に暮らしていけると思った。

 でも、君に出会って、君まで危険な目に遭って、それでも側にいてくれた君を守りたくなった。

 適当に暮らすなんて、言えなくなった」

 「私は元の世界に戻れれば危険なんてないですよ」

 「君を、失いたくない……!」


 こちらまで切なくなるほど、絞り出された言葉は私の胸に刺さる。

 私の倍はありそうな手が、顔を包むようにして当てられた。

 彼の顔は床に向けられているが、ふとこちらを向くと、黄金の瞳が揺れている。


 「いっそ、君の世界でもいい。置いていかないで。

 ……君が、好きなんだ」

 「ノクティス、」


 『ぱっぱらぱーん! おめでとう、この世界で唯一の味方を手に入れたね!

 元の世界に帰る権利を与えよう! 帰る時期はいつでもいいけど、6か月以内に権利を行使しなければ、この権利は消滅します!』


 「これが、君の異能か」


 ゆらりと立ち上がると、ノクティスは濡れた瞳でこちらをねめつけた。

 なんだか、自分を構ってくれなかった猫みたいな目をしている。


 「帰るな。それか僕を連れていけ」

 「そんな無茶な」

 「いやだ、本当に嫌なんだ」

 「でも、半年が過ぎれば二度と帰れないかもしれないんですよ。

 私にだって家族がいるし、友達だっている。これから進学と就職だって考えないと」

 「だったら、この契約はそのままにしてくれ」


 契約って……そういえば、手の甲にはこの模様があるんだった。

 私たちが一蓮托生だという証。


 「いつか、手段を見つけて君に会いに行く。

 その時に答えを教えてほしい。僕は、最高の居心地を作り上げて君を迎えに行くから」

 「待ってます。応えられるかは、わからないけど」

 「必ず……会いに行く」


 私たちは、期限ギリギリの6か月後まで、何事もなかったかのように過ごし、そして、期限が来た私は元の世界へと戻っていった。

 そうして7年が過ぎ、私は社会人2年目の滑り出しとなっていた。

 帰った時には朝で、いつものように母が来て学校だと急かされた。

 定期テストも乗り越え、試験を乗り越え、就職活動を乗り越え……平凡に生きている。


 「はぁ……」


 職場が嫌で、お手洗いに駆け込んで手を洗っていた。

 私のルーティンの一つで、冷静になれないときはこうしていた。

 仕事は嫌いじゃない。だけど、なんだか職場に馴染めない。

 

 「やぁ」


 ぬっと、鏡に映る。

 私は鏡の真正面にいるはずなのに、人がこちらを見つめている。

 それも、男。

 これって、実は鏡じゃなくて覗ける感じのやつ。


 急いで外に出ようとするが、廊下に続く扉が開かない。

 何? グループ仕込み? 殺される?


 「もしかして、忘れちゃった? 僕、ノクティス。

 君はずいぶんと幼い顔をしていたんだね。今何歳?」

 「23だけど……え、もしかしてノクティスって、え?」

 「迎えに来たよ。思ったより早く皇帝になれてね。どうやら最初から僕に譲るつもりだったらしいって、君23? 年上じゃないか。時の流れが早いんだね、君の世界」

 「私、行かないよ」

 「なら、僕が行く」

 「皇帝なのに?」

 「まだ父上は健在だし、何より兄弟が継ぐだろうさ」

 「責任感なさすぎる」

 「それは前から知っているだろう。ほら、僕の手を掴んで、ひっぱるんだ」

 「…………それは、今じゃない。ここ、私の勤めている会社だもの」

 「君の世界には魔法がないんだっけ。不便だな。なら待ってるよ」


 この日は無心だった。

 いつもは苦痛な職場の時間も、なんだかやっていけた。

 一人暮らしの家に戻って閑静な部屋を見つめて……鏡を探す。


 「おかえり。早かったね」

 「仕事、疲れた」

 「お疲れ様。そんな時にごめんね、決断を迫ってさ」

 「ほんとだよ。……でも私、覚悟ができない」

 「うん。僕は、君の世界に行く覚悟はできているよ」

 「……やっぱりだめだよ。貴方は元の世界にいるべきだし」

 「なら、僕は悪役になろう」


 その時、右手が光りだした。

 この世界に戻ってから、一度も見ることがなかった紋様が、久しぶりに目に入る。


 「僕たちは二人でひとつ。あるべき場所に。トゥルース・システム」


 「……ここ、は、グリーンノット皇国?」

 「ごめんね。もう、元の世界には帰らせられないよ」

 「どうして」

 「推しの心臓になりたいって、言ってたから」


 ノクティスはおもむろに私の手を取った。

 その手を自身の胸に当て、呟いた。


 「僕の心臓は、君のものだよ。ずっと前からね」

 「私の意思は?」

 「嫌われても仕方ないと思う。でも、責任は取る。

  何もしなくていい。子どもだって望まないならそれでいい。ただ、側にいてほしい。

  ……僕と、結婚してほしい。君の安全のためにもね」


 前髪で影になった瞳がやけに怖く感じる。

 彼は私に選択肢をあげているようで、そうではない。これは脅しだ。


 「必ず、守ってね」


 私の言葉に、うっそりと微笑んだ。

 絶対に君を二度と失わないから、と。

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