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次の日も、辞典との根比べが続いた。
「父さんの話だと、同い年だって言われたから……だいたいアカデレコードが出来たぐらいか」
そう綾介は言いながら、その時代の年鑑を二、三冊、棚から引っ張り出す。人名事典とさほど変わりのない重量感。
(明日はきっと筋肉痛だな、こりゃ)心の中で秘かに溜息をついてみる。
お祖父様が著名な方なのでしたら、とリブが提案したのは簡単な朝食を終えた時だった。
年鑑などでそれっぽい人をピックアップして、プロフィールを洗いだす。気の遠くなるような作業だが、やらない言い訳にはならない。
「ねぇ、そういえば、ここってアカデレコードの専用端末って……」本から顔をあげて綾介が尋ねようとすると、リブは困った顔をした。
「……ないんだね、やっぱり」苦笑しながら綾介は言う。
「ごめんなさい。利用者の方の要望に答えられないなんて、館内検索システム失格ですよね……。
ここは、ネットワークから外れているんです。サイバー攻撃から防御するために」
綾介は眉をひそめた。
「そんなことをする必要が……本か?」
リブは肯いて、答える。
「アカデレコード全盛になったとはいえ、オリジナルの価値は下がりませんし。
でも、最大の理由はわたしですね」
リブの言葉に、綾介は首を傾げる。
「わたしは高性能AIシステムです。もし外部に乗っ取られでもすれば、大変な事態になりかねない。それで、ここはネットワークからあえて外してるの」
「……そうなのか」嘆息をつきながら、綾介は言った。
つまり、綾介が来るまでリブはこの図書館にひとりぼっちで待っていた、ということだ。二十年も。
「寂しく、ないの?」少し言い辛そうに尋ねると、リブはにっこりわらって首を横に振った。
「わたしは、人間を模したものであって、人間ではありませんから。時間、という感覚もあなたとは違うの」
だから、気にしないでという風にリブは微笑んだ。
岩石で出来たトンネルを抜けると、見渡す限りの荒野が目に入る。
綾介の母親探しは、完全に行き詰まっていた。気分転換のために一度、外を散歩しようと思ったのだ。
空を見上げると、物凄いスピードで雲が流れていく。綾介は入り口の岩石の側に座り、見るともなく、それを眺めていた。
(アカデレコードが使えないのが、ネックなんだよなぁ)心の中で独りごちて、溜息をつく。
なんでよりによって、原始的なやり方で探さなきゃいけないんだ。綾介はひざに顔を埋めた。
近所のパプリックライブラリーに行った方が、早く見つかるかもしれない……。
しばらく顔を埋めたままで、じっとしていた。風の音、遠くで鳴く鳥の声に耳を澄ませる。
うなじに冷たいものを感じ、綾介は顔をあげる。雨が、降りはじめている。あわてて図書館に逃げこんだ。
自動ドアの前で、水滴を払う。
「リブ、雨が降ってきちゃったよ」綾介の声に反応して、ドアが開いた。
「おかえりなさい。……大丈夫?」心配そうに聞くリブに、
「ただいま。
今日はもう、休むことをするよ」と答えた。