交流会での出来事
「美しきミレリアーゼ姫。私と一曲踊っていただけませんか?」
ユセイグ帝国の第一王子エカテリアが、ミリアーゼにそう声をかけたその姿は、絵画の一部のようで見ていた人たちが感嘆のため息を思わず落とした。
「わたくしごときでよろしいのですか? もっと他のお相手を探した方が……」
(大変光栄ですわ! ぜひわたくしと踊ってくださいまし!)
自国のマナーとして、女性側は一度遠慮を見せるという所作をしたミリアーゼに、きちんとその文化を学んだエカテリアが笑みを深めて、ミリアーゼの祖国で定型文となっている誘い言葉で答えた。
「美しきあなたを、壁の花とさせません」
「まぁ……」
頬を赤く染めたミリアーゼが、エカテリアの手を取ろうとした時、ユラディアントが二人の間に割って入った。
「さっきから聞いていれば、美しいミリアーゼ様に無礼ではありませんか! 一度断られているのになおも食い下がるなんて……嫌がっている女性に無理強いするなんてよくありませんよ!」
驚いたミリアーゼがユラディアントの方を向くと、ミリアーゼがエカテリアに向かって伸ばしていた手を強引に掴んだユラディアントが言った。
「美しきミリアーゼ様。あなたの美しさに僕はきっと相応しい。僕と踊ってくれませんか?」
握られた手を引き抜こうとミリアーゼが抗っても、所詮女性の力。ユラディアントに引きずられるように連れて行かれてしまう。
「ミリアーゼ姫!」
「エカテリア様!」
思い合う二人が引き離されたと思ったところで、エカテリアを狙っていた女性が我先にとエカテリアに集まった。
「すまない、通してくれないか? ミリアーゼ姫! 嫌がっているではないか!」
必死に追いかけるエカテリアの声は美しく、しかし、二人には届かなかった。
「美しいミリアーゼ様と踊れて、僕はとても幸運な男だよ」
「わたくしも幸運を追い求めておりますわ」
(てめぇのせいで、こっちは不幸だよ)
笑うミリアーゼの本音など聞こえないユラディアントは、ミリアーゼとのダンスを楽しむ。
「ミリアーゼ様にも喜んでもらえて嬉しいよ。そうだ、こんなにも相性がいいんだから、僕たち結婚しようよ」
「王子はとても踊りがお上手だから、婚約者の方ともきっと素敵に踊られるのでしょうね」
(踊りの練習なんてだれでもやればできるんだから、相性なんてねーよ。むしろ最悪。え、ていうか婚約者いるよね? きしょ)
ターンを回されたミリアーゼの笑顔の仮面が外れそうになったところで、ユラディアントは嬉しそうに笑う。
「僕のことが気になるんだ? 婚約者に嫉妬なんてしてかわいいね。大丈夫。君の方が婚約者よりも優秀だから。父上に言われているんだ。優秀な女性を妻にするように」
「まぁ。お父上は王子をとても大事に思っておいでですのね」
(お前くらい頭沸いてたら、優秀な婚約者くらい必要だよな? それもわからないお前は、無事にお飾りの王になれるといいな)
思いつく限りの暴言をぶつけていっても、ダメージすら喰らわないユラディアントが笑顔で言った。
「じゃあ、僕と結婚して我が国の王妃になってくれるかな?」
「まぁ。光栄なお声掛けですこと。優秀ではないわたくしにそのような大役務まりますか? きっと神々が笑われますわ」
(おいおいおいおい。ありえないだろ。お前の嫁なんて願い下げだよ。どれだけ頭沸いてんだよ、お前。民衆に笑われるぞ?)
「神々? ミリアーゼ様なら大丈夫だよ」
「まぁ……わたくしたちは信仰が交わらないのですね。きっと国王も心配なさいますわ」
(お前本当に話が通じねーな。よくこんな男を外交に出したよ。お前の国の国王もやべぇな。一回お前の頭の悪さ、国王に知らせたら?)
「宗教? それは大丈夫だよ。我が国の王妃は歴代自国の宗教を信仰しているからね。じゃあ、また、式の日取りとか相談しよう」
「きっと太陽は上ります」
(お前との結婚はお断りだっつーの)
ユラディアントに口付けを落とされた手をミリアーゼが拭き取っているところに、女性たちからやっと逃れることのできたエカテリアが到着した。
「無事か!? ミリアーゼ姫。あの男は本当に貴国の言葉の本意がわかっていないようだな……。大丈夫か? 我が国からも圧力をかけようか?」
「エカテリア様。こんなにも信仰が交わらないなんて……。きっと神のお導きがあるでしょう」
(エカテリア様。こんなにも言葉が通じないなんて思いませんでしたわ。さすがに我が国で定型文の断り文句を言ったのですから、あの王子の言葉を国王が真に受けることはないでしょうが、何かあったらお助けいただいてもよろしいですか?)
「もちろん君の助けになるよ。……残念ながら、君と踊る栄誉はいただけないようだから、またの機会に」
「神のいたずらには困ったものです。きっと花が首を下げると思いますわ」
(エカテリア様と踊るのを楽しみにしていたのに、残念ですわ。きっとまたの機会にお会いできると信じて、どれだけの時間でもお待ちしております)
本当なら、踊りながら婚約について相談する予定だったし、そうして周囲に仲睦まじさを見せつける予定だったのが、すべてユラディアントに壊され、憧れの皇子との時間を奪われたミリアーゼが怒り心頭だったのは、言うまでもない。婚約あのお断りは最後の言葉でしっかりとして帰国したミリアーゼはその一週間ほど後に、驚きの声を上げた。
「どがーん!」
「何事だ!?」
「敵襲か!?」
突然、執務をしていたミリアーゼの机が大きく揺れて割れた。護衛たちが動揺する中、後ろに守られたミリアーゼには、一枚の便箋が専用の着地台———スライムから作った、本当なら手紙の着陸の衝撃を吸収する箱———の上に落ちているのを見つけた。
「皆様。月が微笑みますわ」
(みなさま、落ち着きなさい)
そう言ったミリアーゼが護衛の後ろから出て、その手紙を指さすのを見ると、ほとんどの護衛が納得の表情を浮かべた。毒等の確認のための魔術を使い、ミリアーゼが封を開け、目を通すと、その美しい顔は般若のように恐ろしげになっていった。
「お父様と、お茶がしたいわ」
(早急に父と謁見させなさい!)
ミリアーゼの声に慌てた文官たちが執務室から飛び出し、謁見の場を整えたのだった。
「わたくし、この手紙を頂戴して、積もった雪を溶かさないとと思いますの」
(自分の汚名は自分で濯ぐ。あのクソ王子と結婚なんて不名誉、払いのけてきますわ!)




