隣国からの訪問
「お前に、隣国の王女ミレリアーゼ嬢から謁見依頼が届いておる!」
国王のそんな怒声に、第一王子ユラディアントが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あぁ。僕に会いにきてくれるんですよ! 結婚を約束した仲ですから」
婚約破棄からのあれこれを知らなかった国王がユラディアントから事情を聞き出し、公爵家に謝罪に飛んだのはその数刻後のことだった。
「うちの愚息が大変申し訳ないことをした」
謝罪にきた国王を、魔王のように迎え入れたライマーディアントは、笑みを浮かべた。
「お久しぶりです。兄上。僕の愛らしいアリーアを返してくれてありがとうございます」
「ら、ライマー!? いつ帰った!? 国境門を通った記録はないぞ!?」
「通ってませんから。あんな脆弱な結界なら、誰でも通り抜けられますよ」
そう笑ったライマーディアントに、国王は顔色を悪くし、公爵は高速で首を振り続けていた。
「け、結界を破ったのか!?」
「僕が通る時に穴を開けただけで、すぐに改修しておきましたよ。むしろ元よりも丈夫になったと思います」
「そ、それはありがたい……のか?」
混乱した国王に向かって、アリーアが口を開いた。
「陛下がこちらにいらしたということは、ユラディアント様から婚約破棄についてお聞きになったのですね」
「あ、あぁ。隣国の王女から謁見依頼が届いてな」
「ひっ」
息を呑んだ公爵に、国王が訝しげな顔をした。
「どうした?」
「な、ナンデモアリマセヌ」
息を呑んだまま言い切った公爵を無視し、ライマーディアントが口を開いた。
「兄上。どこからか噂をお聞きになったミレリアーゼ様も、あれと結婚の約束をしたという話の訂正にいらしたのではありませんか?」
「……私もそう思う。どう考えても、ユラの勘違いとしか思えぬ」
この数刻で十歳以上老け込んだ国王に、ライマーディアントは追い打ちをかけた。
「兄上があれを早く廃嫡しないからこんなことになっているのですよ。……あれも想定よりも早くアリーアを解放して、命拾いしましたね」
にっこりと笑みを深めたライマーディアントに、国王が目を細めた。
「何をする気だ?」
「何もするつもりはありませんよ。もう僕のアリーアを手に入れたので」
そう笑ったライマーディアントに、国王は頭を抱えながら言った。
「年頃がちょうどよくて、息子を王にしても支えられるくらい優秀だったからとアリーア嬢を婚約者に据えたが、お前のお気に入りと知っていたら、こんなことをしなかった」
「あんなにも可愛がっていたのに?」
「幼い弟が、自分よりも十も年下の幼子に恋をしている幼女趣味だと知っていたら、配慮したわい!」
「人を変態のように言わないでくださいよ。普通の幼子には興味ありません。アリーアだったから、幼女でも恋をしたのです」
胸を張るライマーディアントに、さらに頭を抱えた国王が、城に戻ったのは、公爵家とライマーディアントの保有する情報をある程度手に入れてからだった。
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「お久しゅうございます、国王陛下」
にっこりと笑みを浮かべたミレリアーゼの笑みには静かな怒りが浮かんでいて、国王はライマーディアントの言った予想が当たっている可能性が高いことを胃痛と共に認識した。
「お久しぶりだな、ミレリアーゼ様」
「ミレリアーゼ様! 僕との結婚の話をしにきてくださったのですね!」
喜んで顔を出した息子の頭を、国王が殴り飛ばしたくなったのも、仕方ないだろう。
「ふふふ、相変わらず面白いお方ね」
にっこりと笑う妖精姫の美貌にうっとりする文官たちと、言葉の意味を理解して顔色を悪くする外交に関わる文官たちに分かれた。妖精姫と言われるミレリアーゼの副音声はとても口が悪い。挨拶では、「お前さっさとその王子のやらかしを謝りにこんかい、クソ親が!」で、面白いお方の意味は、「おんどれ、頭沸いてんか!? ぶん殴ってやるぞ!?」がいいところだろう。
国王の後ろに控えるライマーディアントとアリーアの姿を見たミレリアーゼは、二人に向かって口を開いた。
「ライマーディアント、お久しゅうね。先日は驚かせてもらったわ」
(おい、ライマー。お前の手紙、ふざけてんじゃねーぞ。暗殺かと思ったわ)
「おや、ミレリアーゼ様に驚いてもらったとは、ますます魔術具の開発に勤しみますね」
ミレリアーゼの副音声を理解しながらも、笑顔で対応するライマーディアントに、国王や一部の文官たちが引いた表情を浮かべる中、アリーアに視線を向けたミレリアーゼが笑みを深めた。
「アリーアも、お久しゅう。長年の願いを叶えて、おめでたく思うわ。もう婚約は結んだのでしょう?」
(アリーア! お久しぶりね! 初恋のライマーと婚約したの? おめでとう! ただ、それの手綱はしっかりと握っておいてちょうだい)
「お久しぶりでございます、ミレリアーゼ様。ありがとうございます。ミレリアーゼ様の長年の願いも叶うこと、お祈りしております」
アリーアに優しい笑みを浮かべていたミレリアーゼが、ちらりとユラディアントに視線を向けて、言う。
「先日、思いがけない喜びを手に入れそうだったところで、駄犬が現れて……。話を聞いて驚いたわ」
(こないだ、初恋のユセイグ帝国の第一皇子様と踊るチャンスがあったのに、そこのくそ王子に邪魔されて、わけわかんないこと言われて断ったのに、どうなってんのこれ? あいつ、どう落とし前をつけるつもり?)
ミレリアーゼの言葉を聞いて、状況を理解した国王の顔色が一層悪くなる。そんな中、空気を読まないユラディアントが口を挟んだ。
「僕からのプロポーズを思いがけない喜びと表現してもらえるなんて……はやく式について、決めましょう」
「ユラ!!」
国王の怒声が響き、ユラディアント以外の者が何かおかしいと気がつき始めた。
「ま、まことに申し訳ございません、ミレリアーゼ様」
頭を下げた国王に、ミレリアーゼはお手本のような美しい笑みで微笑んだ。
「こちらの王子は、自国を尊んでいらっしゃるのね。勉強になりますわ」
(この王子、他国の文化の勉強もしてないの? こんなクソを外交に出すなや)
「ミレリアーゼ様……アリーアよりも優秀なあなたを王妃に迎え、共に国を盛り立てていきましょう」
ユラディアントの差し出す手を握らずに、にこにこと笑みを深めたミレリアーゼが口を開く。
「まぁ。アリーアはとても優秀ですわ。わたくしも、王妃として迎えると乞われるなら、相応に働きますわ。大切な隣国ですもの」
(おい、無能王子。アリーアは優秀だ。自分に火の粉がかからないなら、放っておくつもりだったけど、これを次の王にするとか正気か? 隣国が荒れて自国に影響が出るなら、その旨父である国王にも伝えるつもりだけど、お前らの国はそれでいいいんだな? あぁ?)
「ユラを下げろ! 自室から出すな!」
慌ててユラディアントを自室に閉じ込めた国王が、ミレリアーゼに頭を下げる。
「息子には教育を施したつもりだったが、不十分だった。ご不快な思いをさせて大変申し訳ない。次代の後継者については、しっかりと検討するつもりだ。それに、前回の交流会で息子が迷惑をかけたお詫びとして、ミレリアーゼ嬢とユセイグ帝国の第一皇子を我が国に招待したい。我が国の娘たちに人気な王宮の庭園を特別に解放しよう」
美しいと有名だが、なかなか他国に公開することを避けて希少価値を上げ、真似されないようにしている庭園を準備する。国王のその言葉にミレリアーゼはにこりと微笑んだ。
「まぁ! 庭園をお見せいただくなんて、期待に胸が躍りますわ。貴国の厚遇を楽しみにしておりますわね。皆様と楽しみたいですわ」
(おぉう、きちんと息子のやらかしの責任取れよ? あぁ? そこで何かあったら、我が国だけでなくユセイグ帝国のメンツにも関わること、理解しとけよ? あのクソはしっかりと処分しておくことだな)
そう言ったミレリアーゼはにこりと微笑んでライマーディラントに視線を向けた。
「貴国には素晴らしいものがあるのですわね。わたくしも、いつかの機会を楽しみにしておりますわ」
(あのクソ王子を王に据えるなんてことしたら、周辺国と協力して攻め入るかもだけど、ライマーならまぁまぁいいんじゃない? 本人は嫌がるだろうけど。あのクソ王子が消えて別の者、できればライマーとアリーアが、この国を率いる日、楽しみに待っとくからなぁ)
ミレリアーゼの笑みに、ライマーディアントが微笑み返す。
「貴国にも素晴らしいものが多いですね。まぁ、私にはアリーアがいればそれでいいのですが」
(余計なお世話だ。他国のことに首つっこむな。アリーアに負担がかかるような提案は害悪だと判断するぞ?)
二人がふふふ、はははと笑い合ったところで、二国の国交断絶の危機は去ったのだった。




